わたしは愛される実験をはじめた。第9話「モテたいなら男と恋バナをすること」

わたしは愛される実験をはじめた。第9話「モテたいなら男と恋バナをすること」

【読むだけでモテる恋愛実験小説9話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが、あまえた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。


【これまでの恋愛講座】

第1話「黙って座りなさい、モテる女にしてあげるから」
第2話「モテたくない? だからあんたはパンケーキ女なのよ」
第3話「みつめるだけで男を口説き落とす方法」
第4話「この不公平な世界で女がモテるには?」
第5話「魔法のように男を釣りあげるLINEテクニック」
第6話「なぜモテる女は既読スルーを使いこなすのか?」
第7話「男に愛想をつかされないデートプランの作り方」
第8話「デートは5分遅刻する女が愛される?」
第9話「モテたいなら男と恋バナをすること」
第10話「ボディタッチを重ねても男は口説けない」
第11話「愛される女はさよならを知っている」

■第9話「モテたいなら男と恋バナをすること」

 デートは会話の積みかさね。それが気持ちいいかどうか。

「このお酒はじめて飲みました」私はカウンターをみた。「あそこにボトルがありますね。この銘柄の古都って、いい名前だと思いません?」

「おいしいですね。京都って感じしますね」

「京都っていう味ですか? 漬けものとか?」

「いやいや」オクムラさんは笑った。「名前がってことです」

 私たちは一口ずつ飲んだ。水のように旨味は舌にとけた。相手を肯定しながら、テンポよく質問を重ねる。スムーズな会話の秘訣はこれだ。

「あの茶髪の店員さん、よく働きますよね。バイトの大学生なのかな?」

「たしかに」オクムラさんはうなずいた。「あの子、グラスをおくとき、机とのすきまに小指をはさんで置くんですよ。音をださないように。すごいなあと思って」

「すごい観察するじゃないですか」

「なんとなくですよ」

「バーで働いてました?」

「そんなわけないじゃないですか。あ、でもファミマでバイトしてましたよ」

「ほんとですか」私は四角い枡にのこった日本酒をグラスに注いだ。「ファミチキめちゃくちゃ大好きでした」

「すごい売れるんですよね、あれ」オクムラさんもおなじ行動をした。

 会話はインタビューのつもりで挑むべし。

 まわりの居心地いい友人を思いだしてみればいい。みんな聞き上手だ。口を動かしてもそれは質問やリアクションのためだったりする。自分の話に時間をかけない。いかに相手の話を聞きだすか。心から受け入れること。心から共感すること。つまるところ、これはカウンセラーの〝傾聴〟という技術でもある。

 お酒の進むごとに、会話を密なものにしていった。反応しやすい身のまわりの話題から、相手の人生観にふれる深い話に誘導していく。将来の展望、密かな楽しみ、人生を変えた出会い、などなど、その場の質問でもいいし——自然と浮かぶようになれば最高——私はあらかじめ用意していた。

「世界中のだれとでも飲みにいけるとしたら、だれにします?」
「電話をかけるまえに頭のなかでリハーサルってします? それって、どうしてです?」
「最高の週末ってどんな感じです?」
「最後に人前で泣いたのっていつです? それとひとりで泣いたのも」
「いちばん大切な思い出をきかせてください」

 これは“キラークエスチョン”という技術だ。アメリカの心理学者が考えた“一時間で深い関係になるための質問”をもとにしている。どれも素にもどらないと答えられないものばかり。だからこそ相手を理解する——されたと思わせる——ことができる。

「大切な思い出ですか。難しいな、そうか」と、オクムラさんは、グラスを手に固まった。心のなかと相談中という感じだった。「ああ、ぱっと思ったのは夏休みかな。母が島根出身で。それで子どものころ、夏休みのたびに実家に遊びにいってたんです」

「いいじゃないですか」

「ええ」オクムラさんはなつかしそうな顔をした。「それで毎日汗をかいて、近所の子と遊んだりして。それこそ裏山にのぼったり、はじめてゲーム機を触ったり、ちくわでザリガニ釣ったり——そういう堀があったんですよ。こう、糸に巻きつけて何時間もたらしておくんです。日が暮れるまで水面をみつめて。うん、どうやって時間つぶしてたんでしょうね?」

「子どもって、そういうの平気なんですよね。おもしろいな」

「すいません、これ、つまらない話だと思います」

「そんなことないですよ」私は首をふった。「すごく大切な時間だったんだろうなって感じます。私、ザリガニ釣ったことないから羨ましくなりましたよ」

 私はその景色に心を傾けて、あなたのすべてを尊重しますよ、とメッセージを送った。

「夏休みか。こんな質問でもされないと思いださなかったな。いや、ひさしぶりにいいものを思いだしたって感じです。何年も、そんなこと考えたことなかったから。そっか——あれが大切な思い出になってたんだな」

「なんか」そのとき、ふと私は口をひらいた。自分でも、そんな言葉がでるとは思わなかった。「オクムラさんって、ちょっと、ゆったりした空気があるじゃないですか。その土地の空気感みたいなのがあるのかもしれませんね。ほら、自転車で田舎を旅するのが好きっていうのも、そこからきてたりして」

 するとオクムラさんは意外そうな顔をした。そのあと「そうですか? 自分でも考えたことなかったですよ」と、なぜかうれしそうにした。まだわからないけど、これが相手を理解するということなのかもと思った。

 気づけば、となりの席は、背広の会社員から、熟年夫婦に変わっていた。BGMの曲もやさしく感じた。私たちの周囲だけ、そっと時間が流れているみたいだった。

 ここだと思った。

 言葉にする前に、一度、口のなかで練習した。恋愛認知学の必殺技。初デートで絶対にしなさいとベニコさんに口を酸っぱく指導された“ラブリートークメソッド”だった。

「あの」私は恥ずかしかったので日本酒を口につけた。「初恋っていつでした?」

「初恋ですか?」オクムラさんは笑った。「どうしたんです?」

「いえ、なんとなく聞いてみようかなって——ほら、昔話ついでに。幼稚園とかのじゃなくて、初めての恋っていうんですか? 純粋に好きになった人っているじゃないですか。純愛というか」

「ああ——わかります」オクムラさんはうなずいたあと壁のメニューをみあげた。私には今日の献立しかみえないけれど、そこに記憶があるのだと思った。「高校二年のときかな。好きな子がいて。受験シーズンだったから、放課後、いっしょに勉強してました」

「青春って感じですね」

 オクムラさんはくしゃくしゃと短い髪をかいた。「めっちゃ好きだったんですよ」

 私はインタビュアーというより野次馬の気分だった。「それって、むこうもですよね? だって二人で勉強してたんでしょ?」

「どうなのかな? 多分、そうじゃないかと思うんですけど」

「絶対そうですよ」

「でも、全然そういう話はしなくて」オクムラさんはグラスを手にした。けれど飲まずに表面をみつめた。「数学とか、英語とか、そういう話ばっかりで。あるとき志望校の話になったんです。そしたら全然違う大学で」

「それで?」私はつばを飲んだ。

「それきりですよ」

「はい? それきり?」

「お互い違う大学にいってから会ってません」

「え、告白しないままですか?」

「ですね」オクムラさんは笑った。「しかも、ちょっと前にFacebookで結婚した写真がまわってきて——あれはやられました」

「わあ、それってSNSあるあるですね。グサっときますよ」

「ですよね? その週末は自転車で琵琶湖を一周しましたよ。宿みたいなとこで、知らないおじさんにその話をしたら、背中をたたかれて、梅干し入りの焼酎をごちそうになって、なぜか五千円もらいました。そのお札、まだ財布に入れてるんです」

 オクムラさんは、財布からくしゃくしゃの五千円札をテーブルにおいて、その旅の話を続けた。たぶん普通に飲みにいって、行き当たりばったり話をしているだけでは聞けなかっただろう。オクムラさんの心の大事な部分にふれられた気がした。

「それであの合コンに参加したんです」オクムラさんはいった。「でもなんか、精神的に微妙な感じで、仕事も辞めようかってくらい、いろいろめんどうに思えて」

 私は日本酒といっしょに、だからあのときLINEを既読スルーしたのね、という言葉を飲みこんだ。そんな精神状態で異性に気をつかっていられないのもわかる——ちょっと繊細な人なのかも。もっと私が気楽なコミュニケーションをするべきだったのだ。それによく考えたら、いまや私の方が既読スルーしている。

「それが一番の純愛ですか?」

 オクムラさんはテーブルの五千円札を手にとった。「だと思うなあ」

「いくつになっても恋愛は難しいですね」私はいった。「どういうときに人を好きになるんですか? こう、あ、俺はこいつが好きだなって感じる瞬間っていうか」

 私は恋の話を続けた。角度をかえていろんな質問をした。初デートでは、とことん恋の話をすべし。それが恋愛認知学のラブリートークメソッドだったから。

「恋バナですか?」フランソア喫茶室で、それを教わったとき、私はまっさきに否定した。「初対面で、そんな話、恥ずかしくないですか?」

「それがほとんどの女が犯す失敗よ」ベニコさんはひとさし指をたてた。ずんぐりした体型ながら、ワンカールした黒髪ボブ、口紅、欧米風メイク。アメリカンドラマのキャリアウーマンという雰囲気だった。「いい? デートこそ恋の話をするものなの。あんたみたいな女は、恥ずかしさや嫌われるという恐れから——そもそも何をすればいいかわかってないのもあるでしょう——恋の話を一ミリもせずに初デートを終わらせてしまう

「そうですか?」

「まだピンとない?」ベニコさんは立てたシャツの襟をととのえた。

 私はうなずいた。そういう人形みたいだった。

「逆にいいましょうか。モテる女は、ナチュラルに男と恋バナができてるのよ。なのに、あんたみたいなパンケーキ女は根本的に勘違いしてるわけ。私はそんなの興味ありませんなんて、すました顔して、ぺらっぺらの乾く寸前の水たまりくらい浅いコミュニケーションしかできずに終わるの」

「ベニコさん、パンケーキに恨みでもあるんですか?」

「メタファーよ」ベニコさんはいった。「そして男からのLINEがとだえる」

「それは否定できないですけど」私は唇をとがらせた。「やらしいと思われません?」

「まったく」ベニコさんは首をふった。「むしろそんな話なしに、デートを重ねるだけで男が好きになってくれて、LINEが続いて、三回目のデートで告白してくれて、なんて考えてる女の方が心配」

「そもそも、どうして恋の話がいるんです?」

 ベニコさんは直線の強い眉をよせた。むっちりした足を組みなおした。オフィスで、女上司が、できの悪い部下に、どう理解させようか考えているみたいだった。「ねえ、レモンって何色?」

「はい?」私はぽかんと口をあけた。「レモン?」

「いいから」

「はあ、黄色です」

「どれくらいの大きさ?」

 私は右手でしめした。「これくらいかな」

「イメージして」ベニコさんはいった。「頭のなかで二つにきって、その断面や、果汁のとびちるのを——それを口に入れて噛んだら、どんな感じがする?」

 私は想像した。黄色いレモンをを二つに切った。うす黄色の粒がひとつぶひとつぶ水気をふくんで噛みしめると酸味がひろがった。

「ちょっとすっぱくなってます」私は口をすぼめた。「つばがでました」

「でも考えて」ベニコさんはにやりと笑った。「本当にレモンはある?」

 私はテーブルの上をみた。フランソア喫茶室のカップがあるだけだった。「いえ」

「これってすごいことよ。この場にレモンはないのに、その話をするだけで、あなたの身体が反応した。本当にあったみたいに」

「まあ、いわれてみればそうかも」

「これは人間の脳が、イメージと現実世界を区別できないからなの——どういうことかわかる?」

「いえ」私は二秒で首をふった。

「知ってたわ」

「じゃあ聞かないでください。ていうか、いまデートにどうして恋バナがいるかって話じゃないですか。教えてくださいよ。このレモンの話と——あれ?」

 ベニコさんはそっと首をかしげた。「どうかした?」

「レモンの話をすると、舌や身体がすっぱい感じになるってことは。もしかして恋の話をすると、男の人の身体も、その恋のモードになるってことですか?」

「その通り」ベニコさんは右手をピストルの形にした。「脳の恋愛回路に火をつけるわけ」

「え、これって、すごくないですか?」

「これが恋愛認知学」ベニコさんはその銃口に息をかけた。「でも気をつけて。あくまでラブリートークメソッドでは純愛やステキな恋愛話をすること。初恋とか。まちがっても性的な話をしてはいけないわ——それでしか語れないなら別だけど」

「なんでです?」

「性欲に火がつくから」ベニコさんは右手のひらを上にむけた。指をひらひらさせて炎を表現しているらしかった。「男の脳は、恋愛のとなりに性欲の扉があるの。そうなると恋愛というより、遊びのスイッチを押すことになる。幸せな恋愛につなげにくい——悲しい恋をさけるのも恋愛認知学よ——そこは男と女の相容れない部分ね」

 私はあらゆることに気をつけてオクムラさんと恋の話をした。もちろん上手にはできなかった。それこそ恥ずかしさで顔から火がでそうだった。けれど、じきに恋の話をするとは相手を理解しようとすることで、なにもいやらしいことでないと実感できた。

 お酒のせいか、ちょっと顔が赤くなっていたかもしれない。男性と、ここまで真剣に話をしたことがあっただろうか?

 これも恋愛認知学のメソッドだけれど。恋の話をすることで、相手に恋をしてしまうというのなら。オクムラさんの心をひきつけるだけでなく、私の心も、オクムラさんにひきつけられている気がした。

■今日の恋愛認知学メモ

・会話の秘訣は、相手を肯定しながらテンポよく質問を重ねること。インタビューみたいに。

・【傾聴】カウンセラーの技術。心から共感して話をきくこと。

・反応しやすい身のまわりの話題から、相手の人生観にふれる深い話に誘導する。

・【キラークエスチョン】一時間で深い関係になるための質問。相手を理解する——されたと思わせる——ことができる。

「世界中のだれとでも飲みにいけるとしたら、だれにします?」
「電話をかけるまえに頭のなかでリハーサルってします? それって、どうしてです?」
「最高の週末ってどんな感じです?」
「最後に人前で泣いたのっていつです? それと一人で泣いたのも」
「いちばん大切な思い出をきかせてください」


・【ラブリートークメソッド】デートでは恋の話をするというメソッド。男性の脳を恋愛モードにすることができる。あくまで純愛やステキな恋愛話をすること。性的な話をしてはいけない。

第10話「ボディタッチを重ねても男は口説けない」

https://p-dress.jp/articles/6087

【読むだけでモテる恋愛実験小説10話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが、あまえた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

この記事のライター

マジシャン。日本催眠心理協会認定 心理療法士。いつも「クリームたっぷりのウインナー珈琲を飲みたいな」とか考えながらコミュニケーションについて書いてます。

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