
【読むだけでモテる恋愛実験小説8話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが、あまえた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。
【読むだけでモテる恋愛小説7話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが、あまえた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。
第1話「黙って座りなさい、モテる女にしてあげるから」
第2話「モテたくない? だからあんたはパンケーキ女なのよ」
第3話「みつめるだけで男を口説き落とす方法」
第4話「この不公平な世界で女がモテるには?」
第5話「魔法のように男を釣りあげるLINEテクニック」
第6話「なぜモテる女は既読スルーを使いこなすのか?」
第7話「男に愛想をつかされないデートプランの作り方」
第8話「デートは5分遅刻する女が愛される?」
第9話「モテたいなら男と恋バナをすること」
第10話「ボディタッチを重ねても男は口説けない」
第11話「愛される女はさよならを知っている」
第12話「パンケーキ女、ひさしぶりの合コンで撃沈」
第13話「合コンでサラダをとりわける女子がモテない理由」
男性をデートに誘うことが、これほど簡単だなんて。
私は認知恋愛学のメソッドどおりに、オクムラさんとLINEを続けた。もう気がねもなくなった。今朝は寒いですねといった日常報告から、お笑い芸人をひたすら批評するという雑談までするようになった。
けれど馴れ合いにならないように気をつけた。これは男を釣りあげる実験なのだ。オクムラさんとのやりとりに、よだれがたれそうになるたびに“LINEの目的はデートにこぎつけること”と部屋の壁にはった紙をにらんだ。
『そういえば尺八の発表会、チケットもらえたんですか?』
『実はですね。上司に孫がくるから席がなくなったっていわれたんですよ』
『ドタキャンじゃないですか。なんか嫌な感じですねそれ』
『上司命令で休日出勤の覚悟だったのにひどいすよね』
『私から部長さんにいってやりましょうか?』
『なんでですか笑』
『笑』
『まあ、お祝いの花もキャンセルできたし、土曜が空くのはいいもんですよ』
『それじゃ飲みにいきましょうか』
『いいすよ』
『再来週ですよね?』
『ですです。まあ何時からでも』
ことがすんだとき、あまりにナチュラルだったので数秒気づかなかった。自分がみごとにデートの約束をとりつけたということに。あとからぽかんと口をあけた。
これもデートは断られない関係性をつくってから気楽に誘うべし、というベニコさんの教えだった。いきなり——たとえば一通目のLINEから——食事に誘うなんていうのは、余裕のない非モテ女の行動だ。恋愛認知学に反する。
つくづく男性を誘うことを重く考えすぎていた。
ある意味雑でいいらしい。嫌われたくないあまり、馬鹿丁寧に、下手にでる必要はない。たとえば女友達とLINEを交換したとする。それぞれのペースで返信して、気がむいたら飲みにいく、くらいの感覚。飲みに誘うのに男も女もない。男を異性として意識したときから、女の求愛行動はおかしくなるらしい。
「なにかいい店知ってません?」その夜、さっそくベニコさんに電話した。
「たくさん知ってるわ」
「教えてください」
受話器のむこうでベニコさんは色っぽい息をついた。ほかにも、だれか男性のくすくす笑う声がきこえた。「つくづく、あんたはパンケーキ女よね」
「どうしてですか。お店をきいただけなのに」
「パンケーキちゃんは自分で調べるってことができないの? アホなの?」
「だからベニコさんに聞いてるんじゃないですか」
「人に聞くことを調べるとはいわないわ。デートむきのお店を調べるのがどれだけ大変か、実感しなさい。あんたはその苦労を、いままで他人に丸投げしてきたのよ」
「どうやってですか?」
返事のかわりにベニコさんと男性の楽しげな声がきこえた。内容はわからなかった。
「聞いてます?」私は声を強めた。「ベニコさん?」
「なに?」
「デートのお店を探す方法です」
「あなたの頭はホイップクリームがつまってるの? そこから考えなさいよ」
「そこから?」
「甘ったるいパンケーキ女を卒業したければね」
「わかりました」私はしぶしぶ納得した。「食べログとかで調べます」
「受け身な女はそれだけで罪悪」ベニコさんの声は真剣だった。「だれだって楽したいし、楽しむ側にまわりたい。そんなのあたりまえ。だからこそ楽しませる側にまわらないといけないんじゃない。それがモテる女になるってことなの。受け身な女がかわいい、なんて、努力しないことを正当化したがるパンケーキ女の幻想よ。楽しいことにアンテナをはって、人生を豊かにしようと、自分からアクションできる女。こいつといるとどんなことがおこるんだろう——なんてドキドキを男に提供できる女になりなさい」
「それがデートプランを決めるときに影響するってことですね?」
「あなたがモテるかどうかにもね」
私は受話器を耳に考えた。自分が幼く思えた。「すいません。正直ピンとこないんです。受け身な女とか、アクションできる女とか。そんなこと考えたこともなかったから。でもいわれた通り、自分でデート先を探してみようと重います」
「これだけは真実なの」数秒沈黙したあと、ベニコさんの声がやさしくなった。「人生を変えるのはリアクションじゃなくアクションよ」
私はだまった。「ていうか、さっきから声がするんですけど男の人といますよね?」
電話は切れた。
とにかくベニコさん指導のもと、受け身にならないように気をつけた。普段のやりとりやLINEはともかく、受け身体質というものは、なにかを決めたり実行するときにこそ、顔をだすらしいから。
たとえば『なにを食べたいですか?』という質問に『なんでもいいです』なんて返事をしないこと。高校生のころ、母親に、夕食のメニューをきかれて「そういうのが一番困るの」といわれたのを思いだした。
そんなのは——ベニコさんによると——相手がつきはなされた気持になる言葉だ。デートプランを考えるのは責任のともなう行為。だれだってめんどくさい。だからこそ、その苦労を引き受けなくてはならない。
お店をスマホで調べると、すぐ、その難しさを痛感することになった。そもそも候補をあげようにも、どんなワードで検索したものかわからない。フレンチ、創作居酒屋、ピザ、和食、スペイン風バル——ジャンルを決めることすら難しかった。
いままで他人にまかせっぱなしで、どれだけ楽をしていたのだろう? 過去のイベントや飲み会やデートを思いだして、自分で、お店を決めたことなんてほとんどないという事実におどろいた。せいぜい友達の集まりでたのまれて、渋々、チェーンの居酒屋に予約をしたくらい。いままでだれがお店を決めていたのだろう?
この歳になって、私は、デートに使えるお店もろくに思いつけないのか。そう考えるとちょっとくやしかった。
お化粧して時間通り待ち合わせ場所にいくと、男性が、自分の知らないステキな場所に連れていってくれて楽しませてくれて——なんて甘えた女だったのかと恥ずかしくなった。これじゃパンケーキ女じゃないか、と自分でもツッコミたくなった。
お店はどこでもいいですよ、なんて台詞は、できた女のようでいて、その実、責任をとれないパンケーキ女の言い訳だった。男性を困らせていただけ。反省した。
『食べログで、星四つのおでん屋を発見しました。この風情すごいですよ』
『むしろ冬を惜しむって感じで、鍋とかどうです?』
『Facebookで友達がすすめてたチーズたっぷりのハンバーグ食べたいんです』
私はどんどん提案をした。計画自体を楽しむようにした。オクムラさんの顔を想像して、お店の写真、アクセス、レビュー、営業時間、などから取捨選択して、だいたいの予算も考えた。新しい場所を探す感覚は、いままで味わったことのないものだった。あきらかに、いままでの“待つだけ”という感じではなかった。
「場所は決まった?」フランソア喫茶室にて、ベニコさんはいった。ずんぐりした身体に上品なブラックスーツ。ワンカールした黒髪ボブ、濃いアイメイク、海外映画のキャリアウーマンという雰囲気だった。
「錦市場の牡蠣料理屋だいやすを予約しました。日本酒を飲もうってなって」
「やるじゃない」
「でしょでしょ?」私はいった。「ついでに、もし二軒目にいくならって、近所にどんなお店があるかも調べたんです。でも、やりすぎかも。オクムラさんにはないしょにしときます。もしかして、世の男性もこんな苦労をしてるんですかね」
「かもね」
「デートの行先は、案外、LINEでぽんぽん決まっちゃいました」
「それはパンケーキちゃんが動いたからよ」ベニコさんはカップを手に微笑んだ。バカにされているのかもしれないけれど普通にうれしかった。「いつまでたってもデートプランが煮えきらないのは女が協力してない証拠。男はね、デートがはじまる前から、無意識に女を品定めしてるの。人生にアクションできる女か、流されるだけの女かを」
「私、立ちむかえてるんじゃないです? パンケーキ女卒業でしょ?」
「あんたはまだ在学中よ。バリバリ現役のパンケーキ女よ」
「わかってますけど」私は唇をとがらせた。「でもどんな場所に連れていくかで、男性を格づけする友達がいたんです。なんか、それもちょっと違うのかなって思いました」
「その友人こそ、男に観察されてるのよ。自分でなにもしない女だなって」
「こわいですね」
「とにかくデートからなにまで女性が優位なんて勘違いをすてること。モテる女が自然とそんな場所にゴールするのはいい。でも、そこからスタートしてはいけない」
フランソアの空気はあいかわらず静かだった。おたがい珈琲を飲んで、なにかを考える時間がながれた。私は“真珠の耳かざりの少女”の複製画をながめた。
「さて」ベニコさんは両手をたたいた。「あなたは気づいてないけど、デートの前から、すでに主導権をにぎってる状況よ。いわば心理的優位——ポジションがある。ここで一回目のデートの目的は?」
私はクリーム色の天井をみて思いだした。「次のデートにつなげること」
「そうね。そのためには気をつかわない関係をつくることよ。そしてこちらの目的を追求するということは、同時に、男側の目的をこばむということでもある」
「どういうことです?」
「どれだけ効率的に枕を交わすかだけを考えている男もいるってことよ」
言葉の意味を考えて、数秒後、私は顔を赤くした。それを隠すために、両手で、珈琲を飲んだ。「男の人って、まあ、そういうものじゃありません?」
「だれしも欲望はある。そのために行動する。まったく健全なことよ。問題は、それをゲームのように笑いながらこなす男なのかってこと。そんな男に時間を費やすだけ無駄。性欲に支配された彼らの精神構造を変えることはできないから」
「そんな男性います?」
「いるわ」ベニコさんはうなずいた。「存在する」
「本当に?」
「あなたが信じられないほど大勢いるし、どんな男も条件がそろえばそうなる。むしろ女の不幸の多くは、そんな存在を信じようともしないことにあるの。女は夜道を平気な顔で歩きたがる。それを心配するのは決まって彼氏の方。平気よ、危険だと、口げんかになる。男のこわさを知ってるのは男だけなのにね。いい? この世はジェントルマンばかりじゃない。ジョーカーのような男もいるってことが、いずれわかるわ。恋愛認知学を実験するかぎり、その悪と、いずれ出会うことになるはずよ」
直線の強い眉、濃いアイメイク顔。その表情はいつになく厳しかった。
「ベニコさん、どうしたんです?」
「なに?」
「ちょっと怖い顔してましたよ」
「あらそう? いけない」ベニコさんは下まつげにふれた。「私としたことが」
「なにかあったんですか?」
「パンケーキ女にしては勘がいいのかもしれないけど」ベニコさんはカップを手に珈琲を飲むと顔つきがもどった。「知る必要のないことよ——少なくともいまは」
私はだまった。ベニコさんが、むっちりした足を組みかえるのをながめた。
「まあ、そのオクムラって男は大丈夫だと思うわ」ベニコさんはフォローした。私が不安そうにしていたからかもしれない。「それで、待ち合わせの場所は?」
「お店が八時までだから。六時に、四条木屋町のマクドナルド前です」
ベニコさんは木製の手すりに肘をついて、ワンカールした前髪をつまんだ。「あなたは何時にいくつもり?」
「またせたら悪いし、念のため十五分くらい前からスタンバイしておこうかなって」
「社会人としては正解だけど、愛を実験するものとしては不正解ね」
「はい?」
「そんな忠犬ハチ公みたいに待つもんじゃないわ」
「そうですか? 遅刻はこわくないですか?」
「むしろ遅刻なさい」ベニコさんはひとさし指をたてた。「デートなんて男よりあとに到着するものよ」
・デートは断られない関係性をつくってから気楽に誘うこと。友人を飲みに誘う感じで。
・デートプランは率先して決めること。男性はデートの前から、無意識に、女を品定めしている。こいつといるとどんなことがおこるんだろう——なんてドキドキを提供できる女になるべし。受け身なパンケーキ女は卒業しよう。
・「なんでもいい」は相手がつきはなされた気持になる言葉。
・人生を変えるのはリアクションでなくアクション——すごく大事な気がする。よく考えてみようと思う。
・デートは男性よりあとに到着するって? 遅刻は嫌われる気がするんだけど。
【読むだけでモテる恋愛実験小説8話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが、あまえた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。