出会いと別れの季節こそ、立ち止まってノスタルジーに浸りたい
イラストレーター・ヤベミユキさんが街で見かけた素敵なひとを紹介する、『素敵なひとの素敵な生活』。今回は、年度末の忙しない街中で見かけた、トレンチコートの着こなしがノスタルジックなひと。出会いと別れの季節だからこそ、ゆっくり立ち止まって、ノスタルジーに浸りたい。
街を歩いていて目を引くあの人。なぜその人に惹かれるのか、そこに感じられるのは背後にあるライフスタイル。その人からイメージをふくらませて、素敵な生活を想像してみた。
■ブラウンのトーンでまとめた、ノスタルジックな着こなしが素敵なひと
気がつけば3月も半ば、年度末の忙しさに気持ちがはやる。
そんなとき、ふと街で見かけた、トレンチコートの着こなしがノスタルジックなひと。
ベージュのトレンチコートから覗く、トーンの違うベージュのブラウスは、ボウタイつきでレトロな雰囲気。
全身をブラウンのトーンでまとめているのがこなれている。
足元の冴えたブルーの差し色。スリッポンのハズしもいい。懐かしいムードを今っぽく楽しむ空気が滲んでいる。
思えば、出会いと別れの季節。
3月が終われば、あっという間に新年度。休む間もなく新しい出会いや環境が待っている。
足早に過ぎていく季節だからこそ、ノスタルジーに浸り、原点回帰するのもいいかもしれない。
■私にとってのノスタルジー
そう、たとえば。
パウダリーなリップに下まぶたを盛ったレトロなメイクを楽しんでみる。
これまで抜け感のあるメイクが主流だったから、久々に目力を意識したくなる。
レトロな雰囲気なのに使っているのは今のコスメ、というアンバランス感が楽しい。
ノスタルジーなムードはインテリアでも楽しめる。
ビンテージの洗濯かごを置いて、中にお気に入りのファブリックを入れる。
実家から持ってきたひざ掛けなら、もっといい。
慣れ親しんだ布地の質感は心が安らぐ。
好きな匂いや感触など、五感は変わらないものだ。
特に、昔好きだった旋律を聴くと心に刺さる。
(実家で謎のカセットテープなんか見つけたら、それはもうテンションが上がるだろう!)
音楽を聴きながら、当時の思い出に浸ってはどうだろう。
ところで、両親のアルバムを見たことはあるだろうか。
両親のファッションからは知らず知らずに影響を受けているもので、そこに自分のファッションの原点を見つけることがある。
闇雲にビンテージショップに通うよりも、母や祖母のクローゼットを開けたほうが、本質的に好きなものが見つかる(そして自分に似合うのだ)。
ファッションの迷子になったら、ノスタルジーの宝庫である母のアルバムを開くといい。
写真を眺めていると、母の胸に抱かれる小さな自分が目に留まる。
すべて守られていた時代があったのだな、と胸が暖かくなる。
母の横で微笑む若き日の父は、私の夫に似ている。
こんなことを言うのは恥ずかしいが、知らず知らずのうちに父の面影を感じる人を選んでいたのだ。
なんだかな……なんて思っていると、
「もう、物を探しているときは、すべてひっくり返すんじゃなくてまずは片付けるんだよ」
と、お姉さんぶった長女の声が聞こえてきた。
次女に向かって発した言葉だ。
どこかで聞き覚えのあるこの言葉は、私が長女に発したもの。
そっくりそのままコピーされている。
そしてこの言葉は、母が口すっぱく私に発していたものでもある。
考えてみれば、今の幼き毎日が娘にとってのベースとなり、ノスタルジーになるのだ。
いつか、大きくなった娘がこの日々を思い出すとき、心は温かくなるのだろうか。
毎日をもっと大切にしないとな。
そう思い、顔を上げた。
『素敵なひとの素敵な生活』のバックナンバー
#1「シンプルなTシャツに、むら染美しいスカーフ。素敵なひとの素敵な生活」
#2「初秋の着こなしが素敵な人。アメリカンスリーブのニットに襟の抜いた大きなシャツの組み合わせ」
#3「セットものをシンプルに。ツインニットを素敵に着こなすひと」
#4「秋の深まりを楽しむ着こなし。繊細で綺麗な色使いが素敵」
#5「凛とした冬の足音が聞こえる季節。衣替えは、自分のイメージを更新する絶好の機会」
#6「食べることは、生きること。自分を慈しむ、王様のような朝食を」
#7「あなたは大切な人と過ごしている時、どんな顔をしていますか?」
#8「大人だからクリスマスには浮かれてはいけない、なんて誰が決めたのだろう」
#9「ざっくりニットでゆったりとした年の瀬を。除夜の鐘に耳を傾け、新しい年に想いを馳せる」
#10「新春。取り巻くすべてを楽しみながら、新しい自分を見つけてゆく」
#11「女の子は誰だって女優。さまざまな自分を演じる楽しみ」
#12「バレンタインだから楽しみたい、ドラマチックな女性性」
#13「帽子のある生活で、“おしゃれを楽しむ心”を呼び覚ます」
#14「出会いと別れの季節こそ、立ち止まってノスタルジーに浸りたい」
#15「“今”の美しさに気づき、その瞬間を生きるということ」
#16「不要なものを手放し、今まで懸命に生きてきた自分自身を愛する」
#17「『どうせ私なんか』をやめてみる。おしゃれを楽しむ少女が教えてくれたこと」
#18「忙しない毎日。ときにはだらだらと、心ゆくまで休んでもいい」
#19「小さな思考や選択の積み重ねが、素敵な自分をつくってくれる」
#20「動いて、食べて、眠る。その繰り返しが、未来の美しさの糧になる」
#21「ときには梅雨のアンニュイな空気に浸り、雨の美しさに目を向ける」
#22「今年の夏は一度きり。目で、耳で、肌で、儚い季節をめいっぱい楽しむ」
#23「朝顔のように自然体で、自由に腕を伸ばして生きればいい」
#24「潔くなくても、不器用でもいい。愛すべき『私のスタイル』はきっとある」
イラストレーター。美容、アパレル業界を経てイラストの世界へ。前職のキャリアを活かしたファッション、美容イラストを描いています。