1. DRESS [ドレス]トップ
  2. 恋愛/結婚/離婚
  3. 「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」― 第10話

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」― 第10話

伊藤有紀、フリーライター。49歳と10ヶ月。10年前に夫を亡くしてから、女手ひとつで息子を育ててきた。1浪の末、息子が大学合格。ほっと安堵する以上に、子育て完了の寂しさがこみあげて。この先40年も続くかもしれない人生、ひとりで生きていける気がしない。それならと50歳を目前に控え、慌てて婚活を始めてみるが…。<第10話>

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」― 第10話

●第10話の登場人物
伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳目前にして婚活を開始)
矢野瑛子(やのえいこ/48歳・婚活マナー教室講師・婚活に向け有紀を叱咤激励してくれている)



●ここまでのあらすじ 
わたしは伊藤有紀、仕事はフリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきました。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。親友・瑛子のアドバイスで、マッチングサイトPairs(ペアーズ)に登録。でも私、何を目指して婚活をがんばればいいの? 愛せる男性? それとも経済力のある夫を探す?



第1話(https://p-dress.jp/articles/2082
第2話(https://p-dress.jp/articles/2083
第3話(https://p-dress.jp/articles/2087
第4話(https://p-dress.jp/articles/2149
第5話(https://p-dress.jp/articles/2162
第6話(https://p-dress.jp/articles/2197
第7話(https://p-dress.jp/articles/2226
第8話(https://p-dress.jp/articles/2252
第9話(https://p-dress.jp/articles/2277
第11話(https://p-dress.jp/articles/2382
第12話(https://p-dress.jp/articles/2405

■婚活って面倒なTO DOだらけでお金もかかる……

 私、どこかズレてるんだろうか?

 Pairs(ペアーズ)に登録するなり、いくつもの「いいね!」が来たこと。瑛子に言われた通り、「いいね!」をくれた男性のプロフを精査しているけれど、結婚適性より、つい面白さが気になってしまうこと。
 昨夜、LINEで正直に伝えたら瑛子に叱られて、彼女が勤める相談所の面談を受けるよう、強制的にアポを入れられてしまった。
「有紀は婚活ナメてる! 根性入れ直す! この前書いたメモ、暗記してくる! わかった!?」


 LINEにたくさん「!」を書く女は、モテないんじゃないの? あれだけの美人がまだ独身でいる理由、このあたりなんじゃない? と口をとがらせつつ、私は昼下がりの東京メトロに揺られていた。
 少し効きすぎた暖房のせいで、厚手のコートが息苦しい。

 相談所のある銀座まで、あと3駅。私はしぶしぶスマホのメモアプリを呼び出し、瑛子の指示をまとめた「婚活緊急TO DOリスト」を眺めた。実はこれ見るの、あの夜以来だったりして。ごめんよ、瑛子。せっかく応援してくれてるのにね。



【超美人で超やさしい 瑛子大先生による緊急TO DOリスト】

1)Pairs(ペアーズ)に登録する
・Facebook連携のマッチングサイトだそうな
2)結婚相談所(AとB)に相談のアポ入れ
・Aは瑛子の勤務先である大手、Bは最近評判の新興勢力。小さいけど気が利いてる
・可能な限り早い日程で!
3)銀座に本店のあるFへサイズ40のワンピースを買いに行く
・パステルカラー限定
・Fのサイズ40が入らなければ、まともな男とは再婚できないと思うこと
4)痩せる
5)痩せる
6)痩せる
7)ヘアサロンとまつエク、ネイルの予約
・女に戻んなきゃ再婚なんてできないっしょ、とのこと



 えーと、Pairsに登録したから、1はクリア。2も、相談所Aには今行くとこでしょって、え? あとどれもやってないわ。こりゃまた怒られるな。それにしても婚活って、面倒なTO DOが多いったらない。痩せろ痩せろって、瑛子ってば私のこと、そんなに太ってると思ってたのか。なら、もっと早く言ってよね。それに、相談所に登録したら、一体いくらかかるのよ。それでいて、必ず結婚できますなんて保証はないだろうし。
 お金はいくらまでなら使っていいって、自分なりにボーダーを決めておかないとなあ。貯金はなくなりましたが結婚できませんでした、なんてことになったら最悪だもの……。

■愛なんて綺麗ごと?所詮は夫の経済力?「女の幸せ」を考えて彷徨う私

 預金通帳の残高が脳裏をよぎって、思わずふうっと深いため息がこぼれた。その瞬間。目の前の座席に座っている女性がちらっとこちらを見上げ、口もとに冷ややかな笑みを浮かべたことに、私は気づいてしまう。


 ヘアサロン帰りなんだろうか。艶やかに輝くヘアは軽い内巻きに整えられ、耳元にはパールのピアスが控えめな光を放っている。一目で高級品だとわかるキャメルのロングコート。膝の上には、エルメスのケリーバッグ。佇まいのすべてから、品のよさが薫り立つ。いい家の奥様なんだろうな。そう思った途端、なぜだろう、自分の着ているコム・デ・ギャルソンのコートが、たまらなく恥ずかしくなるのだった。


 5年ほど前。迷って迷って、でもどうしても欲しくて奮発した黒いコート。袖も裾もわざと切りっぱなしにしてほつれさせたデザインが好きで、特別な日にしか着ないと決めて、大事にしてきたのに。見るからに上品なこの人の前だと、なぜこうも惨めに思えてしまうんだろう……。


 電車が音もなく銀座駅に滑り込む。コートの襟元を掻き合わせ、ドアが開くのを待って、誰より先に私は車両から降り立った。彼女の視界から、すこしでも早く消えてしまいたかったから。それなのに、目指すC2出口がどこにあるのか、見当さえつかない。案内板を探してとまどう私の傍らを、あの女性が通りすぎていく。ぴんと背筋を伸ばして、颯爽と、物慣れた様子で。


 その場に立ち尽くして、彼女の背中を見送りながら思う。幸せってなんだろう。女の幸せって。やっぱり経済力? それも、夫の? 愛がなくちゃなんて台詞は、若い子にしか許されないものなんだろうか。50を前にした私が再婚を目指すなら、愛だなんて綺麗ごとを言っていてはだめ。少しでも経済力のある夫を見つけて、忍び寄る老後に備えること。それだけを目指すべきなの?

 けれどもし経済力だけを求めたせいで、愛してもいない男に抱かれて暮らすとしたら、それは娼婦と一体どこが違うっていうんだろう。

■女の見た目=幸福指数。人生ってそこまで単純でしょうか?

 歳をとればとるほど、女の見た目は経済力によって差がつく。高価な化粧品を使えるかどうか、ヘアサロンでまめに髪を染められるか、自分で染めるしかないか。そんな細かな生活レベルの差が、残酷なまでにくっきりと女の見た目を分けていくのだ。
 マダムと呼ばれてリスペクトの対象となる女性、うら寂しい高齢者として、通る人からそっと目を背けられる女。

 けれど女の見た目は本当にそのまま、幸福の多寡を物語る指標なのだろうか? いくつになっても綺麗でいられれば幸せ。女の人生ってそこまで単純なもの? ほんとに?


 ようやくみつけたC2出口への通路を歩きながら、誰にともなく、私は問いかけたかった。一度きりの人生を、限りある時間を悔いなく生きるには、私、どうすればいいでしょうか。愛ですか? 経済的安定ですか? 何を求めて婚活をがんばればいいんでしょうか。


 長い階段を休み休みのぼって、ようやく地上にたどり着いた。春を思わせる淡くまろやかな陽射しをあびて、私は束の間、自問から解き放たれるのだった。
 考えれば解を見出せる問いではないのなら、身をゆだねてみるだけ。さ、まずは面談。目指す相談所があるビルを目指して、私は迷いを払い、一歩を踏み出した。



(第11話につづく)


バックナンバーはこちらから
第1話(https://p-dress.jp/articles/2082
第2話(https://p-dress.jp/articles/2083
第3話(https://p-dress.jp/articles/2087
第4話(https://p-dress.jp/articles/2149
第5話(https://p-dress.jp/articles/2162
第6話(https://p-dress.jp/articles/2197
第7話(https://p-dress.jp/articles/2226
第8話(https://p-dress.jp/articles/2252
第9話(https://p-dress.jp/articles/2277
第11話(https://p-dress.jp/articles/2382
第12話(https://p-dress.jp/articles/2405
第13話(https://p-dress.jp/articles/2425
第14話(https://p-dress.jp/articles/2454
第15話(https://p-dress.jp/articles/2487
第16話(https://p-dress.jp/articles/2521
第17話(https://p-dress.jp/articles/2545
第18話(https://p-dress.jp/articles/2576

伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

関連するキーワード

関連記事

Latest Article