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「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」― 第15話

49歳と11ヶ月。10年前に夫を亡くしてから、女手ひとつで息子を育ててきた。50歳を目前に控え、慌てて婚活を始めてみるが……。フリーライター・伊藤有紀が「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第15話をお届けします。

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」― 第15話

●第15話の登場人物
伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳を目前にして婚活を開始)
伊藤陽向(いとうひなた/19歳・まもなく大学生になる有紀のひとり息子。母の婚活には賛成しているが……)
矢野瑛子(やのえいこ/48歳・結婚相談所付属の婚活マナー教室講師・有紀の婚活を応援してくれている親友)
曽我真之(そがまさゆき/55歳・仕事で知り合った有紀の昔の彼。20年ぶりに再会を果たすも……)





●ここまでのあらすじ 
わたしは伊藤有紀、仕事はフリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきました。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。親友・瑛子のアドバイスで、マッチングサイトPairs(ペアーズ)に登録し、結婚相談所で面談を。突然20年ぶりに昔の彼に会うことになり、懸命のダイエットでなんとか小太りを解消。広尾駅前で涙の再会を果たして、彼と一緒にフレンチの名店へ。でも彼が今になってわたしを呼び出した理由って一体!?

■男は女に過日の面影を探し、女は男の今を愛して……

カトラリーは外側に置かれたものから順に使うこと。もし落としてしまっても自分では拾わない……。
昨夜ネットで復習したマナーを懸命に思い出しながら、わたしは今、フォワグラのキャベツ包みをおそるおそる口もとへ運んでいる。



広尾の駅からほど近いこのフランス料理店は、星がいくつもつく名店らしいけれど。こんな洒落た店で、20年ぶりの曽我さんと向かい合って。とてもじゃないけれど緊張しすぎて、味なんてろくにわかるはずがない。



「あ、そうだ、初めて一緒に観に行った映画、覚えてる? あのとき有紀ちゃんさ……」
楽しげにいくつでも昔話をくり出す曽我さんの、穏やかな笑顔。甘く、低く響く声。
曽我さんにとってわたしはあくまでも「懐かしい有紀ちゃん」なんだな。精一杯きれいにしてきたつもりの今日のわたしに、曽我さんの心を揺さぶるだけの、女としての魅力はない──。
緊張してたって、鈍いわたしにだって、そのくらいのことはわかってしまう。



50歳目前のわたしに、曽我さんは懸命に昔の面影を探し続けていた。その証拠にさっきから繰り返している言葉は、「変わらないね」「懐かしいな」。



ねえ曽我さん。でもね、わたしがあなたに見ているものは違うんです。昔より少し乾いた頬、あの頃よりずっとやさしく刻まれた、目尻のしわ。今、目の前にいるあなたのすべてが、どうしようもなく愛しく思えて……。
お互いの上に見ているものの違い、心の温度差。その差に気づくたび、胸がチクリと痛んだ。その痛みはわたしにとって不利な恋が、もう始まってしまった証なのだろうか。

■一度でも言葉やスタンスを誤ればきっともう会えない。必死なわたしは哀れ?

「そういえば覚えてる? ほら、有紀ちゃんの誕生日に……」
曽我さんの言葉をさえぎって、わたしは勇気をふるった。
「あの、曽我さん、どうして今になって……」



「今」に触れることなく「過去」だけを語りつづける曽我さんの話は、核心を避けてまわる不実なメリーゴーランドのようで。今日わたしを誘ってくれた真意だけは、訊かずには帰れないと思った。そこに踏み入る覚悟は、会わずにいた20年の歳月が、わたしに与えた勇気だったかもしれない。



「あ、うん。そうだよね。これだけ久しぶりに連絡を取っておいて、理由を話さないのって失礼だよな。ごめん」
大事なことになるほど、逃げ隠れしない率直さ。曽我さんこそ、ほんとに変わってない──。50歳を過ぎてもまっすぐ澄んだものを失っていないこの人を愛さずにいることなんて、わたしにはとてもできない。



「実は、さ……。情けない話なんだけどね、妻と、うまくいってないっていうか……」
「え? そうなんですか?」



わたしは驚いた、フリをした。下手な演技を、曽我さんは真に受けてくれただろうか。このときわたしは感じていた。曽我さんとやり直せるかもという期待が、胸の中ではちきれんばかりにふくらんでしまうのを。



曽我さんが言葉少なに語った奥様との不和の実情に、わたしは控えめにあいづちを打った。「ほんとに?」「それって寂しいですよね」「でも、いつかきっと……」
曽我さんのことも、奥さまのことも、決して批判してはいけない。不幸ななりゆきに同情するやさしい傍観者。そのスタンスを貫くのが、この場合もっとも賢明に違いない。
ひとつ言葉の選択を誤れば、それきりもう曽我さんには会えない気がして、わたしは必死だった。
恋の下手なアラフィフ女がひと筋の光明にすがりつく様は、見る人が見れば哀れの極みであったかもしれない──。



「ごめん、こんな話聞かせて。迷惑じゃなかったら、また誘ってもいいかな」
別れ際、曽我さんが口にした「また」という言葉に、わたしは全身の力が抜けそうなほど安堵し、胸を撫で下ろしたのだった。

■「その男、クズじゃない!」「不倫で人生滅茶苦茶」彼女の罵声は友情を引き裂いた

帰路、待ちかねたように送られてきた瑛子からのLINEを目にしたとき、わたしはおそらくまだ酔っていた。久しぶりに口にした芳醇な赤ワインに。あるいは始まったばかりの、浅はかな恋に。



「曽我の件どうなった? LINE面倒! 電話して!!」
自宅からかけて、陽向(ひなた)に事の顛末を聞かせるわけにもいかない。最寄駅で電車を降り、歩き始めるとすぐ、私は瑛子のスマホを呼び出した。



「で? 曽我さんと会ってみてどうだったのよ。向こうはなんて言ってた?」
畳みかけるように問いただしてくる瑛子に、わたしは今日あったことを、なるべく私情を交えず、冷静に話したつもりだ。広尾に着くなり再会してしまったことから、また誘っていいかと訊かれたことまで。



「な~んだ、よかったじゃん!」
瑛子の明るい声は、わたしには意外だった。「そうはいっても相手はまだ既婚者なんでしょ?」。そんな批判じみた言葉を予想して身構えていたのに、こんなにもあっけなく祝福してくれるなんて。




肩の荷をひとつ降ろせた気がして、わたしは少しはしゃいでしまったかもしれない。
「まあこうなったのもほんと瑛子のお陰よ。ありがとね。ダイエットしろってお尻叩いてくれたし、昨日のイヤリングだってほんと嬉しかったよ。まあね、ゆっくりやっていこうと思うんだ。わたしたちこれから……」
まだ言い終わらないうちに、一転、スマホから冷ややかな罵声が響いた。



「は? 『わたしたち』? 何言ってんの? あんたバカなの?」
「え? バカって……、瑛子こそ、何?」
「うわ、信じられない。有紀ってそこまでバカだったんだ。そのさ、曽我って男。クズじゃん。考えるまでもないからよかったって言ったのよ。まだ別れてもいないくせに、独身で50前の有紀にエサちらつかせるような真似してさ。大体女房とうまくいかない、浮気のひとつもしてやれってときに、引っ張り出すのが大昔に捨てた女? チキンだわ小ズルいわ、クズの中のクズじゃん」



頭に血がのぼるという感覚を、わたしはそのとき初めて身をもって知った。
「失礼なこと……言わないで。曽我さんのこと、何も知らないくせに……」
それだけ搾り出すのが精一杯だった。瑛子はさらに言い募る。



「失礼なのは曽我でしょう? 大体ね、ちょっと痩せて女に戻ったつもりかもしれないけど、その歳から不倫始めようなんて、有紀ってば大バカもいいとこよ。あんたが思ってるほど、不倫は甘いもんじゃない。この男を愛してるせいで、人生が滅茶苦茶。そうわかってるのに別れられない。だって愛してるから。こんな地獄、有紀みたいな甘ちゃんに耐えられるはずない!!」



自分が不倫に苦しんでいるから、瑛子はわたしを止めようとしてくれている。これまでのわたしなら、そう自分をなだめてやり過ごそうとしただろう。けれど恋は狂気だ。始まってしまった恋の行く手を阻むものは、親友であろうと許すことなんてできない──。

「もういい。瑛子には関係ない」。そう言い捨ててわたしは電話を切った。

いつしか熱を帯びていた頬を、降り出した雨がひと筋、ひやりとつたって落ちる。わたしはひとり濁った夜空を見上げ、立ち尽くすのだった。




(16話につづく)



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第1話(https://p-dress.jp/articles/2082
第2話(https://p-dress.jp/articles/2083
第3話(https://p-dress.jp/articles/2087
第4話(https://p-dress.jp/articles/2149
第5話(https://p-dress.jp/articles/2162
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第17話(https://p-dress.jp/articles/2545
第18話(https://p-dress.jp/articles/2576


伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

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