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「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第17話

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伊藤有紀、フリーライター。10年前に夫を亡くしてから、女手ひとつで息子を育ててきた。50歳を目前に控え、慌てて婚活を始めてみるが……。「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第17話をお届けします。

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第17話

伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳を目前にして婚活を開始)
伊藤陽向(いとうひなた/19歳・まもなく大学生になる有紀のひとり息子。母の婚活には賛成している)
曽我真之(そがまさゆき/55歳・仕事で知り合った有紀の昔の彼。20年ぶりに再会を果たした曽我はどうやら妻と不仲。もしかしてやり直せるのではと有紀の期待は膨らむも……)




●ここまでのあらすじ 
わたしは伊藤有紀、仕事はフリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきました。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。親友・瑛子のアドバイスで、マッチングサイトPairs(ペアーズ)に登録し、結婚相談所で面談も。20年ぶりに再会した昔の彼・曽我は、まだ既婚者であるとはいえ離婚も視野に!? 改めて彼との恋が始まったと信じた有紀だったが、その日以来曽我からは連絡がない。Pairsで繋がったKYとはリアルで会い、冷淡にあしらわれてしまった。やさしそうなバカリズム似のNHさん? それともやはり曽我さん? 私は一体誰と生きていくことになるのだろう。いや、そもそも再婚にたどり着けるのだろうか──。

■それぞれの女の人生を分かつものは一体何か

その町に住む人々の暮らし向きが、期せずしてあらわになる場所。それはクリーニング店かもしれない──。



豊かな家の主婦らしき女が、カウンターで洋服を取り出している。私はそのうしろに並んで女と店主のやりとりを眺めるうち、羨望とも淡い嫉妬ともつかぬほろ苦い感情が、胸にわだかまるのを感じていた。



艶やかな栗色の髪を品良くひとつに束ねた女は、男物と女物、数枚のセーターをカウンターに並べ、「ロイヤル仕上げでお願いしますね」とおだやかに響く声で店主に告げた。女の背中越しに垣間見えるセーターはどれも、やわらかな風合いが上質なカシミアとひと目で見て取れる。それらが物語る女の暮らしの豊かさ、ゆるぎなさは、私をたやすく惨めにさせるのだった。



おそらく生涯不自由のない生活を保証されているのであろう女と、50歳を目前に控えて先の見えない婚活に手を染めたばかりの私。同世代であるように見える女と私の人生の風向きを、こうまでくっきりと分けたものは何だったろう。
生まれ落ちた境遇? それとも姿形? 能力の多寡、あるいはそれらすべてだとでもいうのか。



つらいダイエットに耐えて着られるようになった、くすみピンクのワンピース。少し前まで華やいで見えていたはずのそれは、クリーニング店の白々と光る蛍光灯の下、今やまるで魔法でも解けたかのように安手の出自をさらしている。がさがさと乾いた音を立てる化繊のワンピースが私。甘くとろける極上のカシミアのセーター、それが彼女。彼女の人生───。



女がハイクラスコースのクリーニング代、セーター6着分¥12000ほどをこともなげに支払って店を去り、私の番になった。
私が差し出したワンピースを目にするなり、店主が先ほどの女に対するときとは打って変わった無愛想な声音で言う。
「デイリーコースでよろしいですよね。¥680になります」。そう言いながら店主はほんの0コンマ何秒か、ワンピースと私を見比べはしなかっただろうか。



陽向(ひなた)が着なくなったパーカーにデニムという格好の私は、瞬時にびくっとして身を固くする。そんなはずはないのに、婚活をしていることを見抜かれた気がして。50になろうという女が婚活をしているなんて、裸を見られたのと同じくらい恥ずべきことであるように思えて。それきり店主とは目を合わせないまま、黙って預り証を受け取り、私は店をあとにした。



リア充KYさんの一件以来、私は卑屈になりすぎている。自分でそうわかっているのに、まだ心の傷が癒えない。

■LINEで意気投合しようと、対面でダメならそれまで。ネット婚活の過酷な現実

雑誌の付録だった買い物用のエコバッグの中で、ピロンとLINEの着信音が鳴った。スマホを取り出して通知を確かめる。バカリズム似のNHさんからだ。
まっすぐで明るいものを感じさせるNHさんからのLINEは、今の私にとって一服の清涼剤ではある。けれど、と私は思う。



LINEのやりとりでどれほど気が合おうと、リアルで会って互いが気に入らなければ何の意味もない。結婚相手の候補になるどころか、友人にすらなれない。
LINEで芽生えたと信じた友情や愛情があっけなく散り果てる衝撃はあまりに大きすぎて、期待が裏返った落差の大きさの分だけ、人は心に深い痛手を負う。
それなら会うまで気持ちの上で深入りしなければいいと思うのは早計で、リスクを承知で互いに踏み込み合うのでなければ、リアルで会おうというところまで、話が進むことはないのだ。

「会えるの楽しみですよ。きっと楽しい食事になると思うよ。急だけど、明後日はどうですさ? 会食の予定がキャンセルになって時間が出来ました」


おなじみのミスタッチに微笑みを誘われ、つい「はい」と返事を書きかけて手が止まった。クリーニングに出したワンピースが帰ってきてからでないと、着ていく服がないのだった。1週間は帰ってこないから、その間は会うわけにいかない。



「ちょっとバタバタしていてすみません。1週間後でもいいでしょうか?」と返信を打ちながら、それにしても、と私は思う。
リア充KYさんといい、バカリズム似NHさんといい。年収の高いセレブらしき男性は、誰もが皆、平気で急に誘ってくる。自分の都合に相手が合わせて当然だと思っている本音が、丁寧な文面であろうとなかろうと、しれっと透けて見えているのだ。



KYさんは5年ほど前、NHさんは3年前に奥様から離婚を言い出されたと、以前LINEで聞いた。手を尽くして懐柔を試みても熟年離婚を回避できなかった理由は、きっとこの辺りにあるのではないだろうか。
死別でもない限り、50代の独身男性には、そうなっただけの明快な理由がある。そこを見落とせば私も同じ轍を踏むことになるのだから、よほど慎重に相手の本質を見抜かなくてはならない。

■50男の「仕事に忙殺されて……」下手な言い訳に心が冷える

翌々日、深夜。
もう来ないものと思っていた曽我さんからのLINEが届いた。20年ぶりに再会した夜から9日目の今日、ようやく届いたLINEだった。


「仕事に忙殺されていたもので、なかなか連絡できなくてごめんなさい」


その文面を、私は冷静に読んだ。50歳をいくつか過ぎた管理職の曽我さんが、LINEのメッセージひとつできないくらい、仕事に忙殺されていた? にわかには信じがたい言い訳に、私は一層冷静になる。仮に多忙だったのが事実だとしても、男の中で恋が始まったら、激務の間隙をぬって女の心をつなぎ止めようと、LINEくらいは送ってよこすに違いない。



あの人は私を軽く見ている。暇を持て余したときだけ誘えば呼び出せる、都合のよいアラフィフ女。今、私が与えられているのは、所詮その程度の役どころなのだろう。



20年ぶりの再会で高ぶった心の荒熱は、私だってとうに冷めている。とはいえ、この歳から新たな出会いを結婚まで運ぶ自信が、正直言ってあるわけではない。
曽我さんをこれ以上増長させないよう、それでいてやりとりが途絶えない程度の返信をと思うと、文案をひねり出すのに少々手間取って、短い言葉を返したのが翌日の夜になった。



私がLINEを送った直後、曽我さんからの即レスがスマホに届く。
「有紀ちゃんも忙しそうだね。西麻布に上手い寿司を食わせる店があります。ぜひ連れていきたいんだけど、いつならOK?」



すぐ来るものと思っていた私からの返信がなかなか届かなかったせいで、曽我さんは少なからず焦っていたらしい。余裕を失って即レスを返してきた。どうやら形勢は逆転したようだ。アドバンテージを握ったのだから素直に喜べばいいと思うのに、こみ上げる虚しさはどうだろう。



窓の外、消え入りそうに細い月が、雲間にはかない光をにじませている。



同時に複数の相手との駆け引きの手綱をさばき、最善と目する相手を見極めて絞りこむ婚活という作業では、相手から恋情を引き出せない限り、結婚という結果にたどり着くことはできない。就活とはまた異なる心労に、揉まれ続けねばならないのだ。



一番駆け引きの心労が少なくて済む相手。まっすぐ素直な心の男性と寄り添って生きることこそ、幸せへの近道なんじゃないだろうか。そこまで考えたとき、真っ先に浮かんだのはNHさんのことだった。今はNHさんとの出会いに何かが待っていると信じて、一歩踏み出してみるしかない。前へ──。




(第18話につづく)




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第18話(https://p-dress.jp/articles/2576

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伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

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