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「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第1話

伊藤有紀、フリーライター。49歳と10ヶ月。10年前に夫を亡くしてから、女手ひとつで息子を育ててきた。1浪の末、息子が大学合格。ほっと安堵する以上に、子育て完了の寂しさをかみしめる有紀。それならと50歳を目前に控え、慌てて婚活を始めてみることに。有紀にとって人生ラストの婚活=`ラス婚’がいよいよはじまる──。

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第1話

●第1話の登場人物
伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳目前にして婚活を開始!?) 
伊藤陽向(いとうひなた/19歳・有紀のひとり息子。一浪の末、大学に合格)
矢野瑛子(やのえいこ/48歳・婚活マナー教室講師・有紀の親友)


■合格発表日は子育て卒業記念日 ほっとして、でもせつなくて





「5、4、3、2……、いくよ? いい?」
ダイニングテーブルの上に、開いたデスクトップパソコンが置かれている。キーボードの上、「Enter」のキーにそっと載せた、陽向(ひなた)の指先がふるえていた。いまから半年ほど前。
2月下旬の、ある朝のお話。もう10時だというのに、薄墨で描いたようなグレーの雲が空を覆っていて、暗い。


 それにしても、ほんと小心者なんだから。誰に似たのかしら? 椅子に腰かけた息子の肩ごしに、わたしもこわごわ、ディスプレイをのぞき込む。最近仕事も忙しかったところへ陽向の受験が重なって、最後にヘアサロンへ行ったのがいつだか、どうにも思い出せない。伸び放題のショートボブを頭頂部でエイッとゴムで結わえたヘアは、ボサボサのおくれ毛が「ホームレスのひとみたい」だそうで、陽向から、ずいぶん評判が悪い。ゴムが伸びていて、動く度にずり落ちそうになるジャージのパンツを引き上げながら、わたしは陽向を急かした。


「い、いいわよ、もちろん。ていうか、早くクリックしなさい。アクセス集中したら、結果見れないじゃない」

 平気な風を装ってみても、ダダダダ……と常ならぬ速度で心臓が早鐘を打つ。陽向の番号がありますように。神様、仏様、天国のパパ、どうかお願い。今年こそ。

「せーの!」と小さく叫びながら、陽向がキーをクリックする。
 DNAが「小心」という2文字の配列からできている母と子は、恐怖のあまりぎゅっと閉じた両目を、そーっと見開いた。
「合格おめでとうございます」の文字列を見届けた次の瞬間、たちまち視界がにじみ始める。あった……。11555。いい子、GO GO。見間違うはずのない、5ケタの番号。GOできたじゃない、志望校に。ひとより1年余分にかかったけど、ついに。
「合格」の表示を見つめたまま、泣いているのだか笑っているのだかわからない息子の頭をくしゃくしゃと撫でまわしながら、わたしは感じていた。これまでがんじがらめに自分を縛っていたものが、音もなく溶けて、消え去るのを。
 終わった。いまこの瞬間、終わったのだ。長かった大学受験が。いや、子育てが。そして、母親として生きてきた、わたしの人生が。



 待ち詫びていたはずのそのときは、いざ迎えてみると、やけに唐突に感じられ、せつなくて。
「おめでとう」とくり返しているくせに、わたしはうまく笑えなかった。
「お祝い、何食べたい? そうだ、フレンチでも行っちゃう?」なんてはしゃいだフリをしながら、心の中では懸命に抗っていた。ここからはもう、息子に自分は必要ないであろうことの寂しさ、これからどう生きていけばよいのか、わからない不安に。


「どうする、オレ?」なんてCMがあったっけ。カード会社か何かの? と記憶の糸をたどりながら、窓の外へ視線を移す。道向かいのお宅の庭先から、名も知らぬ鳥が、ふいに飛び去った。
 ほんとだわ。どうする? わたし。これからまだ40年も続くのかもしれない、長い長い人生を。

(第2話につづく)


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第2話(https://p-dress.jp/articles/2083
第3話(https://p-dress.jp/articles/2087
第4話(https://p-dress.jp/articles/2149
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伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

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