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「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第16話

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伊藤有紀、フリーライター。10年前に夫を亡くしてから、女手ひとつで息子を育ててきた。この先40年も続くかもしれない人生、ひとりで生きていける気がしない。それならと50歳を目前に控え、慌てて婚活を始めてみるが……。「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第16話をお届けします。

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」  ― 第16話

伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳を目前にして婚活を開始)
伊藤陽向(いとうひなた/19歳・まもなく大学生になる有紀のひとり息子。母の婚活には賛成しているが……)
矢野瑛子(やのえいこ/48歳・結婚相談所付属の婚活マナー教室講師・有紀の婚活を応援してくれている親友)
曽我真之(そがまさゆき/55歳・仕事で知り合った有紀の昔の彼。20年ぶりに再会を果たすも……)



●ここまでのあらすじ 
わたしは伊藤有紀、仕事はフリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきました。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。親友・瑛子のアドバイスで、マッチングサイトPairs(ペアーズ)に登録し、結婚相談所で面談を。20年ぶりに再会した昔の彼・曽我は、まだ既婚者であるとはいえ離婚も視野に!? 改めて彼との恋が始まった。もしかして再婚も? と期待が膨らむも、あの日以来彼からはなしのつぶて。「曽我なんてクズ」と言い放たれて瑛子とは決別してしまったし、これからの婚活、恋愛下手の私ひとりで乗り切れる!?

■恋に落ちると、女はLINEの奴隷に成り下がる

朝。洗面台の前に立ち、ぱしゃぱしゃと顔を洗い。タオルを使いながら私はふと手を止め、鏡に映る女の顔を眺めている。



50前の女がするダイエットは、女の顔と身体に、利益と不利益の両方をもたらす。顔と身体の輪郭がすっきりと若返る代わりに、肌はいっそう乾き、張りを失ってくすんでしまうのだ。私の場合、短期間に無理をして痩せたせいだろうか。目の下と頬に、うっすらと影が差している。
この陰りはまだかろうじて現役である女の憂いに見えるだろうか。それとも年増女のやつれ? 見る人によって酷いほど鮮明に、ジャッジは分かれるに違いない。



息子のお下がりのジャージの上からそっと触れてみる胸は、無意識に手を当てた場所よりいくらか低い位置へと山が下りていて。その差を確かめた指先が、しんと冷える気がした。
私を愛してくれる男なんて、この先、現れるんだろうか。
50になる女に、まだ商品価値は残されている? それとも──。



そろそろ7時半、か。リビングに戻って壁の時計を見上げ、手元のスマホに目をやって、私はため息をついた。曽我さん、毎朝何時に家を出てるんだろう。駅まで歩く途中。いや、ホームで電車を待ってる間に、ひとことくらいLINEをくれてもいいのに。
恋をすると女は、LINEの奴隷になり下がってしまう。あの人からLINEが来るのではないか。今にも通知のディスプレイが光るのではないかと、四六時中そればかりを気にして、心休まるときがない。



20年ぶりに会ったあの日。帰りの電車から、食事をごちそうになったお礼のLINEを送った。曽我さんからは「こちらこそありがとう。また連絡しますね」と、すぐ返信があって。それきりもう3日、何の音沙汰もないまま日が過ぎてしまった。



長い空白のときを経て、いま再び曽我さんとの恋が始まった。そう信じたのは私の錯覚だったのだろうか。「また連絡します」という言葉は、単なる社交辞令? だとすれば私は、20年ぶりの再会をしくじったことになる。曽我さんにとって「また会いたい女」になれなかったというのなら。
同じ男性を相手に私は、しなくてもよい二度目の失恋をしたのかもしれない──。



「有紀ってやっぱりバカね。何やってんの」。瑛子が嗤う声が聴こえた気がして、私は少し苛立った。沈黙したままのディスプレイを見なくて済むようスマホを裏返そうとしたそのとき、LINEの通知が現れた。曽我さん!? よく確かめもせず慌てて通知をクリックすると、メッセージはPairsでLINEのIDを交換した、リア充KYさんからだった。

■リア充KYさんから突然の誘い……ドキドキが収まらない

町田で飲食店を経営しているというKYさんは、最初に届いたメッセージからフランクで、洒落ていて。遊び人ぽい雰囲気に合わせて、私もちょっと背伸びしていい女を気取ったり、からかってみたり。途切れ途切れながら、楽しいやりとりが続いていたのだった。


「やあ元気? 今日急に時間できたんだけど、昼食でもどう?」


い、いきなり今日!? しかもお昼って、あと4時間ちょっとしかないじゃない──。どうしよう。どうしたらいいの? こういう場合、どう答えるのが正解?
答えを見つけられない私は、スマホを手にしたまま狭いリビングの中を右往左往した挙げ句、スリッパに決断をゆだねることにした。
右足のスリッパを蹴り上げて、床に落ちたとき裏返っていたら行かない。表向きに落ちていたら行く。さあ、どっち。
スマホを握り締めたまま目をぎゅっと閉じ、「えいっ」とスリッパを蹴り上げる。おそるおそる目を見開き確かめると、無印良品のセールで買ったグレーのスリッパは、堂々表向きに着地している。



「よし!」と声に出して迷いを払い、私はLINEに返信した。「わかりました。時間と場所を指定してください」。
スマホを置き、頭をフル回転させてこれからの段取りを考える。まずは顔にシートパックを貼り付けて、着ていく服を選んだらアイロンをかける。っていっても迷う余地ないか。曽我さんとの再会に着て行ったくすみピンクのワンピースしか、こんなときに着られる服は持っていないのだ。ボサボサの髪はホットカーラーで巻いてなんとかするとして。メイクも自分でがんばるしかないな──。



猛然と準備をはじめた私は、狭い家の中を懸命に走りまわる。いつの間に起きてきたのか、大あくびをしながら陽向(ひなた)が、そんな母を眺めていた。
「母さん何してんの。ひとり運動会?」。床に着地したまま放ってあったスリッパの片方を陽向が拾い上げ、ぶんぶん振りまわしている。それを奪い返して履き、私はきびすを返した。いまは非常事態なのだ。息子とのんきに会話している余裕などない。


「あのね、母さん忙しいの。冷蔵庫に夕べの残りのサラダあるから、あとパン焼いて適当に食べて……」
「はあ、了解です~」


何も知らない陽向が、のろのろとキッチンへ向かう。私はおとといドラッグストアで買ってきたシートパックを、棚から大急ぎで引っ張り出すのだった。



「代官山の蔦谷書店わかる? 12時半に、敷地内のIVY PLACEに席を用意しておくから。着いたら知らせて」


KYさんからのLINEに書かれている「代官山の蔦谷」「IVY PLACEに席を用意」というフレーズを目にした瞬間から、私の心臓は早鐘を打ち続けている。こんな洒落た高級なところを指定してくるなんて、やっぱりKYさんは本物のセレブに違いない。しかも、予約が取れないことで有名だと聞くIVY PLACEに、今日行って今日、席を用意できるなんて。
もしかするとこれは、曽我さんとやり直すこと以上に、すごい夢物語が始まろうとしているんじゃないだろうか。
にわかにふくらみはじめた期待と過度の緊張との間で、私は揺れに揺れるのだった。

■打ち砕かれる甘すぎた期待。アラフィフ女に突きつけられる現実

IVY PLACEの入り口にさしかかったところで、大きく深呼吸をひとつ、KYさんにLINEでメッセージを送る。「着きました。今、入り口です」。入力する指が震えている。間を置かず、すぐ返信が送られてきた。「受付で山口と待ち合わせだと言ってください。店の人が案内してくれるから」。



指示された通りに伝えると、受付の女性が感じのよい笑顔を見せ、店の一番奥の席へと案内してくれた。そこには、Pairsで見た画像の通り、艶やかに日焼けした顔をしたKYさんの姿があった。
「あの、K……、山口さん、ですよね? はじめまして。伊藤といいます」。私はぎこちなく頭を下げた。そして顔を上げた瞬間、私は見てしまったのだった。KYさんが私の全身を眺めて驚き、イヤなものでも見せられたかのように目を背け、苦々しく頭を掻いたところを。



「あ、あの……」。どうすればよいのか身の処し方がわからず、立ち尽くしている私に、KYさんはかろうじて椅子を勧めてくれた。


「いや、まいったな。正直、こういう人が来るとは思ってなくてさ……」。もはや私と目を合わせようともしない。「おば……いや、主婦っぽい人だったんだね。っていうか主婦そのもの? 大きな子がいるんだっけ。あ、不倫願望ってやつか。女として最後にひと花、みたいな?」


「違います! 私は真面目に婚活を……」
うつむいて、震えるこぶしを握り締めたまま、それだけは言えた。「あの、失礼します」。もういい、帰ろうと立ち上がった拍子に、水を運んで来てくれた店の人にぶつかって、一張羅のワンピースがびしょびしょに濡れてしまう。「申し訳ございません! すぐにタオルを」と頭を下げる店の人に「大丈夫です」と会釈をして、私はいま来たばかりの通路を、入り口へと急いだ。


「まあいいじゃないの。それ拭いて、お茶くらい飲んでけば?」背中に聞こえるKYさんの声を無視して、私は重い木のドアを押し開け、そのまま店を出た。中庭を突っ切って蔦谷書店に駆け込み、化粧室の表示をみつけると、個室に飛び込んでドアの鍵を閉める。カバーを下ろしたトイレに腰を下ろし、バッグから取り出したタオルハンカチに顔を埋め、声を殺して泣いた。
私、何してるんだろう。何を勘違いして、こんな場違いな所にのこのこやって来たのよ。50前のおばさんのくせして。スーパーの特売品売り場がお似合いの、庶民の分際で──。

■ドジでのんびり。NHさんのLINEに救われはしたものの

どうしても漏れる嗚咽をかき消すため、3度目に「音姫」のスイッチを押したとき、ドアのフックに引っかけたトートバッグから、LINEの着信音が響いた。誰? KYさん? まさか私を探してくれてるとか?



しゃくりあげながら、手を伸ばしてスマホを取り出し、ディスプレイを確かめると、LINEの送信者はバカリズム似のNHさんだった。「お疲れさま。今頃は仕事中かは? 僕は仕事でシンガホールに来ています(^^)」。やだもう。NHさんたら、相変わらずミスタイプばっかり。「シンガホール」ってどんなホールよ。NHさんらしくドジでのんびりしたLINEのおかげで、私はようやくくすっと笑うことができた。



でももうやりとりは終わりにしよう。ネット婚活を実らせるなんて、私にはきっと無理だから。そう決めた私は、これまでやさしい言葉をたくさんくれたNHさんにせめてもの誠意をと思い、ことの経緯を簡単に説明した。


「そういうわけで、ごめんなさい。勝手ですが、メッセージのやりとりはこれでおしまいにさせてください」。LINEを送ると、まもなく返信が返ってきた。


「そうか。それは悲しかったね。傷ついたでしょう。でも僕とは普通に、ただ楽しく食事をしませんか? 容姿がどうとか関係ないよ。ただの気の合う友人として会いましょう。これまであなたとたくさんやりとりをさせてもらって、とても楽しかったからへ」。



傷ついた心にNHさんのやさしい言葉が沁みて、感激しながら読んだLINEの最後は、やっぱりミスタイプ。なんだかいい人だな。この人と話しているとほっとする──。LINE越しに、こんなにもあたたかさが伝わってくるなんて。そう思った私は、迷いを払って返信を送った。「普通に楽しくお食事、いいですね。喜んで」。



ようやく個室を出た私は、手を洗って帰路についた。「ほんと、今日はNHさんのおかげで救われたな」。このとき、心からそう感謝していた私は、後日NHさんと会うことで思い知ることになる。婚活の本当の厳しさ、難しさを──。



(第17話へつづく)



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伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

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