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「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第13話

10年前に夫を亡くしてから、女手ひとつで息子を育ててきた。ようやく息子が大学に合格。ほっと安堵する以上に、子育て完了の寂しさがこみあげて。50歳を目前に控え、慌てて婚活を始めてみるが……。「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第13話をお届けします。

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第13話

●第13話の登場人物
伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳を目前にして婚活を開始)
伊藤陽向(いとうひなた/19歳・有紀のひとり息子。まもなく大学生に。母の婚活には賛成だが……)
矢野瑛子(やのえいこ/48歳・結婚相談所付属の婚活マナー教室講師・婚活に向け有紀を叱咤激励してくれている)
曽我真之(そがまさゆき/55歳・仕事で知り合った有紀の昔の彼。20年ぶりに有紀に連絡を)



●ここまでのあらすじ 
わたしは伊藤有紀、仕事はフリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきました。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。親友・瑛子のアドバイスで、マッチングサイトPairs(ペアーズ)に登録。銀座にある結婚相談所で面談を受けた帰り、20年ぶりに昔の彼から連絡を受けて再会の約束をしたものの、こんなに太ったままじゃ、彼に会うなんて無理──。

■一番大好きだった昔の彼に、今はただ会いたくて

女って、一生の間に何度くらい恋をするものなのだろう。

一番大好きになった人と結婚してはいけない。二番目に好きになった人と結婚するほうがいい。願わくば、こちらが相手を想うより、相手のほうから多く想われて結婚すると、末永く幸せでいられる。昔誰かにそう教わったけれど、あれって本当なんだろうか?



男と女って結局はシーソーゲーム。どちらかが好きになりすぎると、もう一方は好かれる側という役まわりに安住してしまう。
妻が夫に惚れこみすぎれば、夫は惚れられていることに甘えきって尊大になり、やがて妻を顧みなくなる。だから、結婚相手には二番目に好きな人、自分にぞっこん惚れ込んでくれている男を選ぶべきなのだと。たしかそういう理屈だったはずだけれど。



これまでの人生をふり返ってみて、一番好きになった人は、と、ついスマホを眺めてしまう。一番好きになったのは、たぶん曽我真之。結婚することのなかった、あの人なのだろうな──。



もう20年も会っていなかった曽我さんから、食事でも、と突然のメールが届いて。瑛子から言われたとおりに返信を書いて送った。
「ご連絡ありがとうございます。せっかくのお誘いですが、今、少し仕事が立て込んでおります。2週間後でしたらお会いできますが、それでもよろしいでしょうか?」



今さら連絡をくれるなんて、どういうこと? 簡単に心を許してよいものか迷うぶんだけ、儀礼的で固い返信になった。曽我さんから再度送られてきたメールには、こう綴られていた。
「返信ありがとう。嬉しいです。2週間後、了解! 何か食べたいものはありますか? 旨い店、探しておきますね」



何事にも拙いせいで、気持ちを上手く伝えられたためしがなかったけれど。あの頃の私は、曽我さんの何もかもが好きでならなかった。くるんと柔らかく丸みを帯びたくせのある髪も、笑うとうんとやさしく垂れ目になるところも。気持ち低く響く甘い声も、仕事の話をするときの鋭い視線も、すべてが。



あっさり他の女性と結婚されてしまうなんて、ひどい振られ方をしたのに。生きていく自信も失いそうなほど、惨めで、つらかったはずなのに。
20年という長いときの経過が、あの頃私を濁らせたはずの雑念を、すべて洗い流してくれたのだろうか。



今はただ会いたいと思う。どれほど好きだったかと思う。だから私、どうしても痩せなくちゃ。Lサイズのおばさんのままじゃ、とてもじゃないけど曽我さんに会えない……。

開いたドアの向こう、自室の壁にかけられたくすみピンクのワンピースをみつめて、私は決意を新たにするのだった。

■母として生きられただけで、もう十分私は幸せなんだろうか?

ガチャ。玄関の鍵が外れる音に気づいて、慌てて階段を駆け降りる。陽向(ひなた)が帰ってきたらしい。


「おかえり。外、寒かった?」
「いやもうだいぶ……」と屈んでスニーカーを脱ぎながら、陽向が不思議そうに私の顔を見上げている。

「何? 母さんの顔、なんかついてる?」
「あ、いや、うん。なんでもない。飯できたら呼んで。それまでちょっと部屋にいるから」


なんだろう。陽向ったら変なの。今夜夕食を抜く覚悟の私は、「よし」と声に出して気合を入れ、陽向のための夕食の準備に取りかかるのだった。




その日の夜、10時。空腹のせいで湯船に浸かるとめまいがしそうな気がしたので、風呂はシャワーだけにして早々に切り上げた。普段ならこの時間からもうひと仕事がんばるところなのだけれど、お腹がすきすぎて、どうにも仕事が手につかない。夕食を抜く、なんて簡単に言うけれど、こんなに苦しいものだったなんて。



「ああもう無理~」。仕事机にしているテーブルに突っ伏すと、つい泣き言が漏れた。
ほどなく、箱か何か抱えた陽向が顔を覗かせる。


「ほらほら、うまいクッキーいかがスか~?」
「やめてよ、陽向。母さんダイエットしてんだから」と睨むと、めずらしく真顔になった陽向の声もとがる。



「ダイエットってさ、それ婚活とかのために始めたんだろ? でも飯抜きとか、やりすぎだよ。若い子じゃないんだからさ。馬鹿じゃないの?」
「何よ、馬鹿って。陽向だって言ってたでしょ? 痩せなきゃ婚活、無理だって」
「言ったよ、言ったけどさ。でも、なんていうの。ほんとは外見とかじゃなくてさ、母さんのいいとこ、ちゃんとわかってくれるヤツじゃなきゃ、話になんないっていうか……」
「陽向……」



男の子が母を思ってくれるやさしさは、いつだってふとした間隙を突いて、胸の一番奥深いところに、まるで矢のように刺さる。その度味わう胸の疼きは、恋の痛みにたぶん似ていて。だから母親は息子に、永遠に恋をし続けるしかない──。



「ごめんね、心配かけて。でもさ、ほら母さん太りすぎで、身体に悪いでしょ? だからね、健康のためにもちょっと絞ったほうがいいから。夕食抜くなんて今夜だけ。明日からはちゃんと食べるから、心配しないで」
「そか。ならいいんだけどさ。ま、無理すんなよ」
小さく笑って、陽向が去っていった。



一緒に生きてきた歳月が積み重なるほど、わが子への愛しさもまた、果てしなく降り積もる。女としての未来なんてなくたっていい。母として生きられた幸運だけで、一生ぶんの幸せにもう充分浴したのではないのか、私は。

■アラフィフ婚活に時間なし!すべてのミッションを全力で同時進行せよ!

そんな思いにとらわれかけた瞬間、スマホにLINEの通知が表示される。瑛子からだ。アプリを立ち上げメッセージを読むなり、私は吹き出した。


「ダイエット、サボるな。曽我DAYまであと13日!」

文章を書くのが好きじゃないからって、なんてミニマムな。大体「曽我DAY」って、と笑っていると、さらに次のメッセージが届いた。

「アラフィフ婚活に時間なし! 曽我さんもPairsも、全力で同時進行!」


はいはい、わかりました。「OK!」と「ありがとう」、スタンプを2個送り瑛子に返事をして、私はPairsのアプリを立ち上げた。「いいね!」をくれた男性のうち、私からも3人に「いいね!」を返してみよう。62kg、Lサイズのおばさんでごめんねと、まだ見ぬ彼らに、心の中でそっと詫びながら──。



(第14話につづく)

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伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

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