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「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第21話

伊藤有紀、フリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきた。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第21話をお届けします。

「ラス婚~女は何歳まで再婚できますか?~」 ― 第21話

●第21話の登場人物
伊藤有紀(いとうゆき/49歳・フリーライター・50歳を目前にして婚活を開始)
曽我真之(そがまさゆき/55歳・有紀の昔の彼。20年ぶりに有紀と再会を果たした曽我はどうやら妻と不仲。もしかしてやり直せるのではと一時は膨らんだ有紀の期待も、気まぐれな連絡に熱が冷めてしまい……)
矢野瑛子(やのえいこ/48歳・結婚相談所付属の婚活マナー教室講師・有紀の婚活を全面的にバックアップ)



わたしは伊藤有紀、仕事はフリーライター。10年前に夫を交通事故で亡くしてから、ひとりで息子を育ててきました。50歳も目前になって、急遽婚活を開始することに。親友・瑛子のアドバイスで、マッチングサイトPairs(ペアーズ)に登録。ふたりの男性と実際に会ってみたが、うまくいかず落ち込む。自力での再婚は無理と、瑛子が勤める婚活会話教室の母体である結婚相談所へ登録に赴いたところ、絶交していた瑛子と久しぶりに再会して和解。食事でもと数寄屋橋へ向かう途中、瑛子がみつけた婚活カップルを尾行。婚活の実態をこっそり学ばせてもらうことに──。



■銀座で婚活カップルを「尾行」することに

ほんの数分前まで、「ベトナム料理でも食べようか」なんて呑気なことを言い合っていたのに。


ただいま瑛子とわたしは、偶然見かけた婚活カップルの尾行をしている真っ最中なのである。銀座の人波を巧みにかいくぐり、颯爽とカップルのあとをつける瑛子。その背中から遅れまいと懸命に追いかけながら、なんだかわたしは楽しくて仕方がなかった。
大の大人が銀座で探偵ごっこ。しかも、見ず知らずの男女の婚活のなりゆきを覗き見てしまおうというのだから──。



小走りで瑛子に追いついたわたしが、「ね、瑛子はふたりの顔見た? 美男美女とかだった? それとも……」と問いかけたのとほぼ同時に、前方のカップルが角を左に折れた。
「んー、ちゃんとは見てな……、あ、曲がった! ははーん、さては行き先、たぶん『K』だね」訳知り顔に瑛子がにやりと笑う。


「知ってるお店?」
「うん。そこ曲がってすぐのとこにあるラフなイタリアンなんだけどさ。ちょっと洒落てて、ほとんどの席が半個室っぽく仕切られてるの。それで婚活カップルに人気らしいんだよね」瑛子はそう言いながら、尾行中のふたりを見失うまいとスピードを上げ、角を曲がった。わたしもそんな瑛子に遅れないよう、普段の倍速でついてゆく。

「たしかに個室だと話しやすいもんね」息を切らしながら頷くわたしに、瑛子が言う。
「そうだね。でもほら、はじめて会う相手と完全に個室ってのもちょっと……じゃない? その点『K』は絶妙なのよ、半個室っぽいつくりでさ」


なるほど。はじめて会う相手と、互いが心地よい時間を過ごせるかどうかって大事だものね。
婚活は一期一会。会ったその日に好感を抱き合えなければ、それっきりもうその人とは、会うことすらできないのだから──。



ほどなく「K」に着いた。瑛子につづき、急いで店に入る。席と席のあいだが木製のパーティションで仕切られていたり、壁に沿って、ピザを焼く窯を半分に割ったような2~3人用のしつらえが並んでいたり。
瑛子の話のとおり半個室風に工夫されたそれぞれの席で、婚活カップルらしき男女が話しこんでいる様子が見える。


さて、さっきのふたりは……と目を凝らすと、いた! 店の一番奥のほうで、今ちょうど席に着くところだ。瑛子をつついて「ほら、あそこ」と知らせると、瑛子がわたしたちの席を「あちらのそばに」と店の人に頼んだ。


黒シャツ姿の店の人に案内された席は、たしかに彼らの隣ではあるのだけれど。柱が邪魔になって、カップルの姿が見えない。

■婚活でも皆「恋に落ちたい」と思っている

「ちぇっ、見えないな~。でもまあいっか、肝心なのは会話だから。よーく聞いてるといいよ。
大抵男性のほうがいろいろ質問してくるはず。こう訊かれたらこう答えればいいんだなとか、ああいう返事はまずいんじゃないの? とか、上手な受け答えの仕方が自然にわかってくると思うよ」
瑛子の教えになるほどと頷いたわたしは、早速隣の席の会話に耳をすませてみた。



婚活男性(以下、男)「あの、こういう言い方がご不快じゃないといいんですが。画像よりずっとおきれいというか……。いや、なんだか照れますね(笑)」
婚活女性(以下、女)「え~、そんなことないです~。イトウさんこそ、想像してたより全然お若くて~」
「いやいや、とんでもない。もう50過ぎたおじさんですからね」
「やだ~(笑)」



「あの、さ、瑛子?」わたしは小声で瑛子に訊ねた。「女性のほう、いくつくらいだと思う? 44~45歳、くらいかな」
「だね」
「だよね。45とかでもやっぱりアレなの? 『やだ~』的な感じっているの? 婚活だと」 
「うーん」としばし考えこんだ瑛子が言った。「いやまあそれは相手を見て、かなぁ。ただ、45歳感全開でいくよりは、ね。婚活ったって相手はやっぱり、恋? したいわけだから」


「45歳感全開」は、恋の妨げになるのだろうか? ま、なるか。

「素敵な方なんで、あの、ぜひ交際を前向きに考えていただけないかと。もちろん結婚を前提として。いや、ごめんなさい、表現が率直すぎたら。でもあの、迷惑じゃなかったら、また誘ってもいいですか? たとえば明日とか、なんて」
「え、やだ~、わたしまだそんな。さっき会ったばかりですし~……」



なにこれ。男性のほう、押しすぎじゃない? 女性、一気に引いちゃって……っていうか、あれ、「迷惑じゃなかったら、また誘ってもいいですか?」って、最近どこかで聞いたセリフ? なにかのドラマで、だっただろうか──。



「なにあれ、バツ男の典型じゃない!」瑛子の声が大きい。
「ちょ、瑛子」わたしは咄嗟に瑛子の口をふさいだ。「しーっ! 聞こえちゃうって」
「ごめん。でもさ、あいつほんと、婚活で失敗する男の典型だよ。焦りすぎ」
「だよね」


「婚活って出会った日勝負だから、また会ってくれる、交際してくれるっていう確約をその場で取りつけたくなる気持ちはわかるけどね。あれはマズいよ。下手な男だね~」
「ね。あんなに押されちゃうと、女性のほうも『この男性ちょっといいかも?』って気分になってたとしても、うわってなって引いちゃうよね」


「それ。有紀もさ、相手の男性のこと気に入っても、最初はその気あります感丸出しにしちゃだめだよ。女性は引き気味、様子見でいてこそ、相手は『このひとをなんとかモノにしたい』って前のめりになるんだからね」
「なるほどね~。うん。覚えとく。ごめん、ちょっと化粧室……」

■婚内婚活!? そこで出くわしたのはあの彼だった

席を立ったついでにちらりと件の席に目をやると、柱の陰に、男性のうしろ姿がちらっと見えた。向かいの席に女性の姿はない。
え? 瑛子と話をしていた一瞬のうちに、女性は帰ってしまったのだろうか? だとしたら悲惨だなぁとため息をつきながら、廊下の奥にある化粧室の扉を開けると、スマホを耳にあて、喋っている女性と目があった。さっきの婚活女性だ。まちがいない。


「そうなのよ。も、最悪。なんかさ、ストーカー系? 会っていきなり結婚前提で交際してくれとか、明日また会いたいとか、ありえないっつの。速攻撤収だよ。あ~今日もムダ足。やんなっちゃう。さっさと切り上げるからさ、これから飲みいかない?」



会ったその日に押しすぎてストーカー扱いされてしまった男性が、すこしばかり気の毒になる。でも、男性と話していたときの甘ったるい高い声とは真逆の、低くてドスの効いた声でがなりたてる女性の様子を見ていると、むしろあの男性、フラれてラッキーなのかもとも思えてくるのだった。



わたしが個室を使い、出てきて手を洗っても、女性はまだ電話の相手とくすくす笑い合っている。
それにしても、この頃ちょこちょこ履くお陰で、ひさしぶりに足がパンプスに慣れた気がしていたけれど。長時間となると、やっぱりキツいな。むくみの出たふくらはぎを揉みながら女性より先に化粧室を出、テラコッタ風のタイルが敷かれた廊下を席へと向かった。

柱の陰から、先ほどの男性が所在なげに、ひとりで座っている後ろ姿が見えた。
あの男性、どんな顔してるんだろう。年齢の割に、意外とイケメンだったり? いや、それならああまでバッサリ女性から切り捨てられたりしないか。じゃあ、かなり残念な感じなのかなあ。


なんとかちらっと男性の顔を見ようと、無理な姿勢で背中をのけぞり、首をひねった瞬間、パンプスのヒールが何かにひっかかり、わたしは危うく仰向けにすっ転びかけた。


「うわっ!」思わず大声をあげてしまう。ヤバい。固い床で後頭部を強打するのだけは……と慌てて掴んだのは、誰かの腕? すんでのところでその腕にガシッと抱きとめられて、全身から冷や汗が吹き出す気がした。なんたるドジ。いい歳して恥ずかしいったらない。


「大丈夫ですか?」助け起こされ、「ありがとうございます。ちょっと、パンプスが……」と男性の顔を見上げたわたしは、素っ頓狂な声をあげるハメになった。「曽我さん!」
「あっ、有紀ちゃ……。なんで!?」あ然とする曽我さんと見つめ合ったまま、開いた口がふさがらない。


いつのまにか傍らに立っていた、先ほどの化粧室の女性が、曽我さんに向かって声を荒げた。
「ちょっと! 曽我ってなに。イトウ……じゃないわけ!? どういうことよ!」



騒ぎに気づいて駆けつけた瑛子が、仁王立ちで腕を組むと、曽我さんをにらみつけて言い放った。
「あなた曽我さん、ですよね? じゃなくてイトウさん? どういうこと? 結婚してるくせに婚活? なにこれ。ちゃんとわかるように説明してもらおうじゃないの!」


曽我さんの顔が、見る間に青ざめ、色をなくした。
「いや、あの、違うんです。これ、別にその、不倫とか浮気とか詐欺とか、そういうことじゃなくて……。僕は真剣に、その、いわば……あの、そう、婚内婚活っていうか……」


「コンナイコンカツ!?」
女3人が顔を見合わせ、呆然とその場に立ち尽くすのだった──。



(第22話につづく)




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伊藤 有紀

フリーライター。 39歳のとき、夫が急逝して、わたしは突然ミボージンになりました。以来、ひとり息子をなんとか一人前に育てあげなくてはと、仕事と子育てに多忙な日々を過ごしてきたのです。あっという間に月日は流れ、息子がようやく...

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