コンビニ人間/文藝春秋/村田沙耶香
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「この生き方、アリかも……」と思える物語に出会えそう。【TheBookNook #49】は、“ふつう”の価値観を揺さぶり、自分らしい生き方を見つけたくなる三冊を八木奈々さんにご紹介いただきました。がんばりすぎた心をほぐし、明日を軽くする読書体験を……。
がんばりすぎてちょっと疲れた日。
周りと比べて自分が小さく思えてしまう瞬間。
“ちゃんとしなきゃ”と思うほど空回りしてしまう。
そんな経験はありませんか?
でも、世の中にはいろいろな生き方があります。
今回ご紹介するのは、真っ直ぐでなくても、不器用でも、その人なりのペースで確かに、“生きている”物語たち。
正解の形なんて本当はどこにもなくて、誰も知らなくて、“ふつう”というものがどれだけ曖昧なものなのか。
そんなことを優しく思い出させてくれるような三作品をご用意しました。
こんな生き方もあるよね、と今日まで生きた自分を抱きしめたくなる、そんな一冊に出逢えるかもしれません。
本作は、コンビニ店員であることでしか“普通”になれない女性の物語。
芥川賞受賞作にしてベストセラーのこの作品。
人とは少しばかり感覚がずれている主人公が、コンビニを通して社会に溶け込む描写がまるで目の前の光景のように生々しく繊細に描かれていきます。
彼女の目を通して見えてくる“普通”の世界は、あまりにも滑稽で、ずっと少し痛くて、でも不思議と心を掴んで離しません。読み進めているうちに自分の中の“普通”が大きく揺さぶられますが、それは決して不安ではなく、むしろ、どこか心が自由になるような感覚……。人はそれぞれ役割を与えられることで、その役割に沿った人間になる。それが本当だとしたら、ある程度の差こそあれ彼女の生き方と私の生き方はそれほど違いはないのかもしれません。
生きづらい彼女から見た“普通”の世界。傍から見れば、狂人と言わざるを得ない彼女に、なぜかじんわり共感できてしまうのはきっと、誰もが無意識にやっているようなことが形を変えて言語化されているからかもしれません。
怖いほどリアルに社会と人間が描かれており、翻訳されて世界中で読まれているのも納得。感情が欠落していて、でも別に誰にも迷惑はかけていない。
それなのに人生を強姦され干渉される……。私も彼女も誰もがただ、“普通”に生きているだけなのに。この物語を通して“変わり続けるからこそ変わらない”ということの理解が深まりました。
最後のなんとも言えない物語の終わりは、救いの手のようにも、地獄直行便のようにも感じました。主人公を「なんだこいつ」と思うか、「かっこいい、素敵だ」と思うかで感想が大きく変わりそうな一冊。あなたの目にはどう映るのでしょうか。
「愛されてたのに、愛し返さなかったのよ私たち。」
あのとき、もし別の選択をしていたら……。そんな風に今の自分をふと遠くから眺めてしまうことはありませんか。
この作品は、そんなもうひとりの自分と出会ってしまった女性の物語。ただ、よくある幻想やホラーではなく、現実にすり減っていく心の中で確かに息づく問いかけとして描かれていきます。
中学生の頃に読んだときと、令和となった今に読むのとでは、この作品の見え方が大きく変わり驚きました。
生きづらい世の中で自分を正しく愛し、ときには社会を疑ってみる目が生き方を変えるというメッセージを受け止めると、物語がさらに深まります。
フェミニズムの意識が高まってきた現代だからこそ通ずるこの物語。本編はもちろん、解説も見逃せません。
山本文緒さんのすごいところは、異世界やディストピアを作ることなく、現実世界のままホラーやファンタジーを作り出せてしまうこと。その筆力には毎度のことながら圧倒されます。
女性として、人として、どう生きれば幸せになれるのか。幸せになりたいと考えてしまうのは人間の宿命。
また年を重ねてこの物語に触れたら、きっと大きく違う感想が私のなかを巡るのでしょう。五年後に再読するのが楽しみな一冊。みなさまも、ぜひ、もうひとりの自分を想像しながら今作を味わってみてください。
努力をすれば報われる……だなんて誰がいつ言い始めたのでしょうか。
本作は“上流”でありたいと願う母親と、その思いを軽やかに裏切っていく息子との、笑えないのに笑えてしまうような皮肉と緊張の応酬の物語。
でも、これは決して他人事ではありません。
自分とは違うと思っていたはずの誰かと、ふと境界が曖昧になる瞬間。常識だと思っていた価値観が“音もなく”崩れていく感覚。そのざわめきがこの物語の核心です。
2011年にドラマ化もされた本作ですが、ぜひ林真理子さんが綴る文字の上で感じていただきたい。
作中にある「努力している人を見ると、責められているような気がする」という言葉には、それまでの物語と描かれていない背景まで思わせる生身の人間が滲み出ていて、心に直接触れられたような気持になりました。
正直、物語のラストは安易に予想できてしまうかもしれません。でも、それでもなお面白いと思わせる筆力。
登場人物は、たぶん、みんなそこそこいい人。滑稽でもあるし、愚かかもしれないけれど、どこか許せる人物描写が素晴らしく、まるで私の生きる現実世界が描かれているようで読中は心を引っ張られます。
ただ、不思議とページを閉じた後に残る余韻は曇りのないすっきりしたもの。読後は思わず、自分の立ち位置を見つめ直し、今の自分を許してあげたくなるそんな一冊でした。あなたは今、何流ですか?
今回紹介させていただいたのは、異なる“ふつう”の物語。
人として生きていく中で、与えられた知識にある“ふつう”ではなく、あなた自身の中にあったはずの“ふつう”に、もう一度、目を向けてみてください。
あなたの日常が今よりもほんの少し風通しが良くなるような一冊が見つかりますように。
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★DRESS 連載:『ときめきセルフラブ』について★
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自分の“好き”を探求しながら、オトナの性をもっと楽しく、自分らしく楽しむヒントをお届けします。セルフプレジャーブランド「ウーマナイザー」監修のもと、商品ごとの魅力や楽しみ方を徹底解説も……。
⬇︎第1回は、こちらから⬇︎
「ウーマナイザーに男性向けもあるって知ってた?【ときめきセルフラブ #1】」
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