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そんなこと言うんだ#3 「顔むくんでるね」

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連載『そんなこと言うんだ』は、日常の中でふと耳にした言葉を毎回1つ取り上げて、その言葉を聞き流せなかった理由を大切に考えていくエッセイです。#3では、あるとき筆者が友達からかけられた「顔むくんでるね」という言葉から、「おもしろ枠」の女子たちについて考えていきます。

そんなこと言うんだ#3 「顔むくんでるね」

■「おもしろ枠」について

大学1年生の頃だったと思う。なんのことはない日常会話だ。友達から「顔むくんでるね」と言われて凍りついてしまった。

いつものように軽音サークルの部室で駄弁っている最中の、本当に何気ない一言だった。言ったほうは「松本は意外と歌がうまい」とか「この間の片岡の酔いかたはひどかった」とか、それまで会話に挙がっていた友人についての話題とまったく同じカテゴリのトピックとしか思っていないようだったけれど、筆者はそういうふうには受けとれなかった。自分でもなんで何も返せないのかわからなかった。

帰り道でじっくり考えた。そこで気づいたのは、他人から自分の容姿について言及される機会自体がそれまでほとんどなかったということだ。しかも「むくんでる」とネガティヴな言及だったので普通に傷ついてしまったし、返し方がわからなかった。

言ったほうは「むくんでるね」とか「太った?」とか「その化粧違和感ある」とか、そういう外見への言及に慣れている人だった。いや、彼女だけじゃなく世の女の人は日常的に外見で何かをジャッジされる機会が男の人よりもずっと多いかもしれない、ということをそのとき初めて真剣に考えた。

その日から気になるようになったのが、いわゆる「おもしろ枠」の女子たちのことだ。今回は彼女らのことを、またそれに付随してあの呪いの2文字のことを書く。

■悲しい反射神経

今まで属してきたいくつものコミュニティ、特に学生時代など、構成員の幼いコミュニティではよく見られたキャラクターだった。

男たちから「お前は女と思ってないから」「男としてカウントしてるわ」「マジ女捨ててるよな」などといった言葉を、俺たちグループの一員として認めてやるという"ポジティヴ"なニュアンスで言われていた彼女ら。今回筆者が指しているのはそういう人たちのことだ。

いつもと違ったメイクをすれば「女出すなよ」、恋人ができれば「彼氏できたらつまんなくなった」。言っているほうは一体自分を何だと思っているのかわからないが、言われているほうの彼女らは、そういう扱いに何らかの形で適応する術を見出している。だから、外見にネガティブな言及をされたときの反応がとびきり速い。ぞっとするほど速い。そして必ずなんらか笑いが起こるように"うまく"返す。

筆者はそういうやりとりで笑えない。引いてしまうし、勝手に代わりに傷ついてしまう。だからそういう「おもしろ枠」の女子とはほとんど仲良くなれなかった。これが本当につらかった。彼女らの反射神経から繰り出されるジョークで無責任に笑っている男たちよりはまだまともに彼女らのことを考えているつもりだという思い上がりもあったから。

でも筆者は彼女らにとっては不愉快で不可解で不気味な存在だっただろう。自分がとうに受け入れた役割に則った"いじり"に乗っかってこず、傷ついた表情(彼女らには哀れみの表情に見えただろう)で自分を見つめている筆者は想定外の存在だ。でも筆者の表情は、彼女らが本来していたはずの表情なのかもしれない。独善的な言い方は大概にしたいから歯切れが悪くなってしまうけれど、そんな感じだ。

彼女らはそういう生き方を選び取った。それ自体を否定されるいわれはまったくない。おうおうにして周りに笑顔を振りまく本当に素敵な人たちだった。多くの場合、本人に選択の余地がある話ではないだろうし、他の生き方を選んだすべての人同様に、生きるために必要なことだっただろう。女扱い(大嫌いな言葉だ)をされなかろうが、グループの一員として存在を認められはするから。あの2文字を言われるよりマシだから。

あの2文字は、あの呪いの2文字は、いともたやすく女の人生に消えない傷を作る。男はそれをあまりにも無責任に、まるで自分に関係のないことのように口走る。なぜか、本当になぜかわからないけれど、男はあまりあの2文字を言われないことになっている。外見でジャッジされるのは女の役目だから? は?

ファッションモデルやBAなど、外見の整った人が想起されるような仕事をしている、一般的な尺度で測って間違いなく美人に該当するであろう友達が何人かいる。けれどそのうちの何人かは、未だに小学生の頃に言われたあの2文字に苦しんでいる。自己像がいつまでもその言葉を言われた瞬間のまま更新されない。更新を妨げる楔が打ち込まれているから。

■キング牧師にがっかりした

オリエンタルラジオが褒められたことがあった。そもそも彼らの芸風は一貫して片方がもう片方を褒め称えるものなのだけれどそうではなくて、いわく「オリラジのふたりは優しい。ぜったいに女芸人を容姿のことでいじらない」と。

筆者は森三中が見ていられない。彼女らは彼女らで何らかエンパワメントとして機能している面があるのかもしれないとは思うものの、つらくなってしまう。彼女らに限らないことだけれど、あまりにも呪いの2文字を内面化してしまっているように見える女性の芸人のお笑いでは笑えない。笑っている場合ではない。笑えなくて損したとも思っていない。
そして、彼女らの芸を規定した"男芸人"たちはもっと笑えない。

オリエンタルラジオ以外にも何人か似たような評価をされた男性の芸人・芸能人を知っているけれど、筆者は彼らを"優しい"と評するのは違うと思っている。まともなだけだ。最低限の人間性を失わず、せめて自覚できる範囲ではなるべく高潔に暮らそうと意識している、そういうマイナスじゃないだけの話がプラスの話みたいに語られている現状が本当にやばい。

このオリラジの件で真っ先に思い出したのは、中学1年の英語の授業中に起こった人生最初の絶望のことだった。英語の教科書にキング牧師の写真が載っていて、それを見て何もかも信じられなくなった。

筆者はそれまでキング牧師のことは"黒人の権利のために戦った英雄"というくらいのことしか知らなかったが、まさか、まさか、黒人が黒人の権利を主張するという、あまりにも当たり前なところで社会が止まっているとは思っていなかった。
何かと言うと、筆者はそれまでキング牧師を白人だと思いこんでいたのだ。

白人であるキング牧師が、白人社会の同調圧力に負けず「いやダセえよ! 俺らがやってること恥ずかしすぎるって! いい加減やめようぜ!」って言いはじめたからこその英霊視だと思っていた。自分の生きる時代は、もうとっくにその程度の進歩はしていると思いこんでいた。けれど、被害者である黒人に声を上げさせた。嘘だろ。

社会が"この程度"だとすると、もういろいろ呑気にやってられなくなる。今まで無防備でいたいろんなことについて、本当はいつ後ろから刺されるかわからなかったんだ。今無事なのはたまたまだ。覚悟をしなくては。覚悟をしなくては。

衝撃度の大きさこそ違えど、筆者にとってオリエンタルラジオの件とキング牧師の件は脳の中の同じフォルダに入っている記憶だ。今はまだ「当たり前のこと」がありがたがられている時代なんだ、という絶望。そしてキング牧師は最期どうなった? まともでいては寿命で死ぬこともできないのか?

■反射神経がいらなくなるまでに

model/kicchan

彼女らが悲しい反射神経を捨ててよくなるまでにかかる時間は、5年や10年では済まないと思っている。

未だに彼女らの「おもしろ枠」的な振る舞いを「あいついいよな〜」と無反省に"評価"する男友達が周りにいる。彼らと一緒に暮らしている中でしんどい思いをすることはままあって、筆者が"そういうノリ"に乗らないことは承知してくれているようだけれど、筆者のいないところでは正直想像もしたくない事態になっているのだと思う。スパイの気分だ。

彼らみたいな男の人に読んでほしくて書いたのが今回の記事だけれど、彼らはこの記事を読んでもまだ何が書いてあるのかわからないかもしれない。"あの2文字"を最後まで伏せていることが滑稽にさえ思えるかもしれない。こういう記事を書くとき、何度も心が折れそうになって、そのうち何回かは本当に折れたけれど、まだ書くからまた読んでよ。いつか歯車が合うと思う。

こういうことは気づくタイミングが早いか遅いかの違いで、永遠にわからないまま終わる人なんてそうそういないって信じてる。筆者自身決して早くはなかったと思うし、何かを上から言えるような人間ではない。それに、わかっているつもりでいても至らないことももちろんあるし、そういった機微を察知できるジャンルも各々違う。一方の事柄については行き届いた配慮ができる人でも、別のジャンルの事柄については自覚なく人を害する振る舞いをしているかもしれない。各々気づく順番が早く回ってきたトピックに関して自分で自分に納得いく携わり方をしていく、というだけなんだろう。

TOP Photo/eichitano (@eichitano
ariticle Photo/ぽんず(@yuriponzuu

『そんなこと言うんだ』バックナンバー

#1「ママ、いろんなことがわかんなくなっちゃうから」

#2「お前ら、なんだし」

#3「顔むくんでるね」

#4「女呼ぼうぜ」

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ヒラギノ游ゴ

ライター/編集者

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