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「夫さん」言葉を“使わない”ことが祈りになるとき

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連載『そんなこと言うんだ』は、日常の中でふと耳にした言葉を毎回1つ取り上げて、その言葉を聞き流せなかった理由を大切に考えていくエッセイです。#11では、これまで少しずつ積み重ねられてきた言葉による呪いを、これから少しずつ解いていく方法について。

「夫さん」言葉を“使わない”ことが祈りになるとき

■言葉を“使わない”ことによる呪いの解除

もう3年前に放送された作品になるのか、『カルテット』というテレビドラマがある。

シェアハウスをしている4人の弦楽器奏者を中心に起こる物語。坂元裕二の脚本で、ラブコメディでありつつサスペンスでもあるジャンル分け不能の怪作で、放送された年には多数のドラマ賞を獲得した。

今回はその作品の話をするのだけれど、注目するのは物語の本筋とまったく関係のないごくごく些末な部分だ。「夫さん」の話だ、と言えば放送を観ていた人なら違和感を思い出すかもしれない。

松たか子が演じるヴァイオリン奏者の巻真紀は、結婚してからは専業主婦として生活していた。ところが夫が失踪し、それをきっかけに演奏活動を再開する。この夫を巡ったエピソードは今作の大きな比重を占め、当然彼への言及は多いのだけれど、番組内では一度も「ご主人」や「旦那さん」と呼ばれない。代わりに使われていたのが聞き慣れないこの「夫さん」という言葉だ。

この連載では言葉による呪いの話を何度も書いてきた。だからそろそろ言葉のハッピーな可能性に目を向けておきたいと思って、真っ先に思い浮かんだのがこの「夫さん」だった。
今回はこの「夫さん」を通して、言葉を“使わない”ことによる呪いの解除について考える。

■「この話、降りた」をやっていく

この記事で言いたいのは、「おもしろくない話はどんどん降りていこう」ということに尽きる。

『カルテット』劇中では、巻真紀本人は「夫」と呼び、それ以外のキャラクターはけっして「ご主人」「旦那さん」とは呼ばず「夫さん」で統一されていた。
「主人」は字面の通りだし、「旦那」も使用人が主人を呼ぶときに使う言葉で、こうした呼称が定着した背景には夫(父)を一家の主とする「家父長制」という家族の考え方がある。これが各ホームルームやオフィスに波及して、男性中心的な価値観が意識しようとしてもなかなか意識できないレベルまで浸透してきているのがこれまでの社会。

これは男女2人で食事をしたときに店員が男の方に伝票を渡すとか、夫婦で住む家の契約の席で不動産業者が終始夫の方を見て説明をしたとか、そういった日々の端々に現れる。
そんな振る舞いはしたことがないし、男性中心的な価値観というやつは自分にはなさそうだと思うなら、まさにその話を筆者はふたつ前の文で書いた。この世に存在しないのではなく自分が意識できていないだけかもしれないとしたら? 1回不安になってみるとその後が楽なのでおすすめだ。

坂元裕二自身がどこまで意図したことかは知る由もないけれど、『カルテット』ではこの「主人」や「旦那」という呼称を使わないことによって、家父長制的なるものごとに抵抗を示す形になっている。その言葉を使うことによって補強される価値観に加担しないという姿勢だ。

■僕の願い 飲み込み匿います

使わないことにしている言葉がいくつかある。
過去回でも注意深く言わないで済ませた“あの呪いの2文字”や「女子力」がそうだ。いずれの場合も、無反省に使ってきたからこそ使うのをやめた。その呪いの効力を、使い続けることによってどれだけ自分の周りの世の中がまずい方向に進むのかを、自分がつまらない人間になっていくのかを身に沁みて認識したからだ。
それに加え『カルテット』が代替案を提示してくれたおかげで「ご主人」「旦那さん」も使わないことにできた。本当にありがたい。まだ定着しきってはいないので「夫さん」と言うと怪訝に聞き返されることは間々あるが続けている。

ほかにも「地頭」「民度」は正体不明なものに恣意的な優劣を見出し規定する言葉遣いに感じるし、「マスゴミ」「毒親」「ツイフェミ」は議論を一気に陳腐化させるいやらしさを感じて、どれも長く使っていない。誰かにとっては必要なのかもしれないが、その輪に参加はしたくない。

加担したくない言葉の使用をやめることで、その言葉が持つ流れに乗らなくて済む。「こんなつまらない話は降りる」という意志を表明できる。

ここまでの話は個人的な制約と誓約だけれど、英語圏では性別によるhe/sheに加えて新たな選択肢「単数形のThey」を使う動きが広まっていて、1つの言語全体で「乗りたくない話から降りる」ことが起こっている。男性名詞・女性名詞の区別がある言語では以前からより抜本的な変革が進んでいるという話もある。
漢字だって「嫁」「姦」など、成り立ちがバイアスによるものは枚挙にいとまがないので、今後何かが起こる可能性は十二分にありうる。それをイメージするとわくわくする。

また、加担したくないけれど代替案が思いつかない場合には、エアクオートをつけるなり、頭に「いわゆる」を、後ろに「的なもの」を添えるなりといったやりかたで“この言葉に大賛成ではない”ことを示せる。やりかたはいくつかあるはずだ。

その言葉を使うことによって補強される価値観に加担しないという姿勢は、言葉による呪いを反転して祈りになる。喜ばしくない価値観に基づいた言葉を喉の奥にとどめて出さないことは単なる沈黙ではなく、どうかこの言葉が推し進めてきたものごとを少しでも減衰させられますように、という黙祷たりうるはず。

Photo/Nanami Miyamoto(@miyamo1073

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ヒラギノ游ゴ

ライター/編集者

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