そんなこと言うんだ #2 「あたしが一番悪い!」
連載『そんなこと言うんだ』は、日常の中でふと耳にした言葉を毎回1つ取り上げて、その言葉を聞き流せなかった理由を大切に考えていくエッセイです。#2は、とあるギャル3人組のお話。綺麗にまとまった美談ではないけれど、「友達」という関係性について改めて考えさせるエピソードです。
大学入学から1年くらいの間、イタリアンレストランでアルバイトをしていた。
店内にはカンツォーネが流れ、壁にはルネサンス期の絵画が掛けられている。本場ミラノ風の味付けを再現したドリアのほか、ボロニア風のミートソース、シシリー風のタラコソース、パルマ風のトマトソースなど、パスタも充実。付け合わせには本格的なエスカルゴのオーブン焼きや、小エビをふんだんに盛り付けたサラダを提供する。
今回のテーマは、そのレストランで働いているときに耳にした一言だ。
■地獄のテーブル
ある日、3人組の女性客が来店した。
ギャルだ。3人とも。わかりやすいギャル服を着て、派手な髪色に染めた、わかりやすいギャル。
区別のためにそれぞれの仮名を蘭、美由、綾とする。
食事は済ませてきているようで、ドリンクバー3つと、各々1品ずつデザートを注文した。ただし美由の注文した期間限定の「プリンとマンゴーの盛り合わせ」だけは在庫を切らしていたので、すみません品切れなんです、と伝えた。すると美由は舌打ちをして、不貞腐れたように再びメニューを手に取り、しぶしぶ別のデザートを注文した。
こういう態度の客はたびたび来店するので、筆者は構わず「ご注文を繰り返させていただきます」の工程に移った。そしてすべての注文を読み上げ、締めの決まり文句「以上でよろしいですか?」を言いかけたとき、蘭が割って入った。
「つかさー、美由さっきのあれ、なんなの?」
事態が飲み込めなかった。筆者も、美由もそうだ。綾だけはこの後のおおよその展開に察しがついているような表情で、気配を消すように小さくなっている。場が凍りつく。蘭は続ける。
「品切れなのは店員さん悪くなくね? 舌打ちはねーだろ」
筆者は思った。
あー、ああー……! そういう…! ちゃんとしてるタイプのギャル……!
美由1人の態度を受けて、3人ともひとまとめに考えていた自分が恥ずかしくなった。筆者は「大丈夫ですよ、お構いなく」と蘭に伝えたが、蘭は取りあわなかった。
「謝れよ美由! 店員さん気分悪いだろーが」
悪くないですよー、店員さん陽気なんですよー、みたいなことを言って和ませようとしたが、やはり蘭はぶれない。
美由はというと、予想外の仲間からの叱責に硬直しっぱなしだ。呆然としている美由を見ても、蘭の気は収まらない。
「謝れよ!」
美由は謝れない。黙り込んだまま俯いて微動だにしない。そりゃそうだ。元々の精神的な幼さに加えて、近隣のテーブルからの視線を集めている決まりの悪さもある。とてもじゃないが、ファミレスの店員に態度が悪いような子が素直に謝れるような状況じゃない。
蘭は追撃を加えたいものの、周りへの迷惑を気にして無言で美由を睨みつけ続けるモードに移り、事態は膠着状態に入った。筆者はあそこまでの気まずい沈黙は他に覚えがない。地獄だった。
■「あたしが一番悪い!」
しばしの沈黙の後、蘭が再び口を開く。
「店員さんは悪くねーだろ? この中で一番悪い奴が謝るまで、あたしこの話やめねーよ」
何かしら譲歩の言葉が出てくるかと思ったが、蘭はこういう子だ。
蘭は仁義の人だ。道理に合わないと思ったことを「人目があるから」や「本人は大丈夫だって言ってるから」といった理由で有耶無耶にしたりしない。筋の通った人だな、と感心した。でもちょっと空気がしんどすぎる。
あの、ほんとに大丈夫なんで、一旦厨房戻りますね、と声をかけると、「あ、はい、続きはこっちでやっとくんで、また」と蘭。続くんだ……と思いつつ会釈してテーブルを離れようとすると、蘭が「本当にすみません」と頭を下げた。
すると、それを見た美由が堰を切ったように泣きはじめる。
謝罪を頑なに拒否している自分の代わりにさっと頭を下げた蘭を見て、怒りに近い感情が去来して涙として表出したのだと思う。泣きながら蘭を睨んでいた。
もうこれは駄目だ。謝らないにせよ落ち込んだ様子で俯いて黙っているならまだしも、睨み合いになってしまった。こうなったらもう美由は何が起こっても謝らないだろうし、蘭が今まで以上に爆発するのが目に見える。
何秒かの地獄の睨み合いのあと、予想通り蘭が声を荒らげる。「だから、悪いのは誰なん」そこまで言いかけたところで、今まで静観を貫いていた綾がカットインした。
「ごめんなさーい!!! ずーっと何も言わずボーッとしてたあたしが一番悪い!!!」
綾は手を合わせたポーズでテーブルの上に上半身をスライディングさせて、蘭と美由の視線がぶつかりあう地点に割って入った。2人が意表を突かれて睨みあいから視線を外すと、左の蘭、右の美由に向けて起きあがりながら連続で改めて「ごめんね」「ごめんね」とかわいく手を合わせたポーズで謝罪した。この間ものの1秒。睨みあいを終わらせ、一気に話の中心に躍り出た。蘭も美由も拍子抜けして綾を見ていた。
「美由さっきみたいなとこあるけど、いつもだったらすぐ謝れるもんね? びっくりしちゃったんだよね、蘭怖いから」
終始他人のふりを決め込んでいるようにも見えた綾は、緊迫感がピークに達するこのタイミングを待っていた。
そしてあのスライディング土下座零式みたいなおどけたポーズは、熟考した末に彼女が弾き出した、この状況を軟着陸させるための最適解。わずか50cmほど、それも上半身だけだけれど、絶対に外せない決死のダイブだった。
綾は「一番悪い奴」の役割を買って出て、話の幕引きを図ったのだ。
綾の配慮を察して、美由に再度大泣きスイッチが入った。泣きじゃくりながら筆者に何か訴えているけれど、言葉になっていない。何?
「そっちはお前ががんばれ」とばかりに綾は美由を筆者に預け、蘭に向かって続ける。
「美由と蘭だったらこうなっちゃうのわかってたのに、ここまで放置してたあたしが一番悪い! ってことで! どう?」
綾が問いかけると、蘭は処理落ちした頭を無理やり叩き起こすように、しばしいろんな感情が混ざった複雑な表情になって黙りこんでしまった。
同時並行で美由が泣きながら繰り返し言っている言葉がだんだんと聞き取れるようになってきて、それが「ごめんなさい」だとわかったのは、筆者と綾と蘭、ほぼ同時だった。
蘭はハッとして美由のほうを見て、久しぶりに睨みあいでない形で目が合った。綾はまた「ごめんね」のポーズをしながら蘭を見つめている。蘭は改めて美由と綾を順に見て、少し笑って言った。
「お前ら、なんだし」
綾も筆者も笑った。美由はまだ泣いていたけど、蘭から頭を小突くように撫でられて、この一件は手打ちとなった。
■でも友達だもんな
一連の流れに触れて、筆者はこの3人のバランスの美しさにとてつもない感動を覚えた。
義を重んじるあまり、ときに苛烈になってしまう蘭。
出方を伺ってしまうきらいはあるものの、ここぞというときに機転を利かせる綾。
美由だって今回は幼いところが出てしまったけれど、その純真さがよい方向に作用して、蘭や綾の支えになっている場面があるはずだ。
祈りに近い勝手な思い込みだけど、直に彼女らと接して知覚したこの感触は確信に近かった。
彼女らに限らず、友達グループってこういうものなんだろう。
『トレインスポッティング』という映画がある。名台詞でもなんでもないのだけれど、劇中のある言葉を筆者はとても大事にしている。
主人公たちの遊び仲間にベグビーという厄介者がいて、彼が劇中で何度目かのひどいトラブルを引き起こす。今後そのトラブルについてベグビー以外の仲間たちも迷惑をこうむることになるのが想像できて、仲間たちは憂鬱だ。そんなときに、遊び仲間の1人のトミーがこう呟く。
「でも友達だもんな しょうがないよ」
口約束すらない「友達」という同盟関係に基づいて、いびつな人間同士がお互いの欠けた部分を補い合う。補い合う過程ですらもお互いのいびつな部分がぶつかって、そううまくはいかない。うまくいかないまま離れてしまうこともある。見捨てることが正解な場面もきっとあるんだろう。けれど、でも友達だからしょうがないよな、と叱り合って許し合ってを繰り返した先にもきっと、今回みたいな人間の美しさを感じられる道が続いているのだと思う。
Photo/Nanami Miyamoto(@miyamo1073)
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