羊と鋼の森/文藝春秋/宮下奈都
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【TheBookNook #54】は、八木奈々さんが、“すき”という感情に正面から向き合い、読書を通してその変化する様子や広がりをじっくりと見つめ直します。ひとりの時間にページをめくり、まだ知らぬ新しい興味や価値観、自分だけの“すき”と出会ってみてください。
あなたが今、“すき”なもの、いつどんなきっかけで好きになったか覚えていますか?
ふと読んだ物語の中の登場人物の行動に「私もやってみたい……」と思わず心が動く瞬間はありますか。
編み物、ガーデニング、写真、楽器演奏……ただページをめくるだけで、紙一枚の向こうに想像もしなかった世界が広がっていきます。
活字の中だけで生きる、見たことのない道具。知らない言葉、存在しない音や香りが、紛れもなく現実世界の自身の中に染み込んできます。
今回は、そんな新しい“すき”が見つかるかもしれない物語を三作品ご紹介させていただきます。
たった一冊の物語、たった一行の言葉が、あなたの“向き”を変えてしまうかもしれません。
「比べることはできない。比べる意味もない。」
本作は、ピアノ調律師の青年の成長物語。真摯にピアノの音と向き合う主人公の周りには、常に静かな森の風景が広がっており、私たち読者も、物語冒頭の数行で、彼と同じ景色と匂いを深く感じることができます。
ここまで読書心をくすぐる書き出しはなかなかありません。
基本、構成は主人公の“成長物語”にあるのですが、たびたび現れるキーワードは“自分と切り離せないもの” “それがないと生きられないほど自分の支えになるもの”。
……主人公にとって“それ”はピアノの音でした。
物語の中で聴こえるピアノの音色は、音というよりも空気に似ていて、読みながら何度もそれを味わうように深呼吸をしました。
“才能がない”と、まるで仕方がないことのように多くのことを諦めてきた私。
数年前にこの本と出会えたときは衝撃的でした。
活字だけで描かれているとはとても思えないほど鮮やかに“音”が飛び交うこの作品。
技術や才能ではない、足りないのは“覚悟”。
一文一文がとても美しく、一文字も逃したくない、逃してはいけないと思いながら、大切な人の大切なものを抱え込むように最後のページを閉じました。
迷って迷って、答えを探る……、まさに本作は芸術であり……“森”でした。
どう頑張ればいいのかわからなくなったときに、そっと読んでいただきたいおすすめの一冊です。
「何もないんです、僕の人生は」。
本作は、アパート“スロウハイツ”で共同生活を送る6人の友人たちの群像劇。
もう、何度目かの再読です。
乾いた砂が一気に水を吸うように心に怖いほど染みる言葉の数々。
これから何が起こるのか、何が起こっていたのか、一度読んで全てを把握しているはずなのに、変わらず胸を熱くさせられます。
全てが繋がったときに訪れる感動、自身の感情の渦……。
上下巻と続く長編小説となっており、途中までは大きな展開もなくあまりにも穏やかに物語が進んでいくため、退屈に感じる方もいるかもしれません。
でも、どうか最終章までその手を止めないでいただきたいのです。最後の最後、それまでの話の印象が大きく変わり、最後まで読んだ自身を褒めたくなるはず。
何度読んでも、いや、読み返せば読み返すほど大好きになる本作品。
うまく世界観に入り込めなかった前半から一変、後半になるにつれて今までの点と点が繋がって線となり、ときに形を変え、壮大な“愛”の話になっていく……。
執着ともとれる歪んだ行動さえ、人物をじっくりと描いているお陰なのか、柔らかく物語の中に溶け込んでいきます。
作中の言葉、 「あらゆる物語のテーマは、結局 “愛”」……これにつきる物語でした。
たとえるなら、まるで長い長いラブレターのような、大切にしたい一冊。
あなたにとって、いま、必要な言葉もこの物語のどこかに置いてあるかもしれません。
「僕が大人になるまでにあと3748日もある」。
本作は、わかりやすく言うならば、郊外住宅地を舞台にして未知との遭遇を描いた物語。
……そう、その未知というのがペンギンである。
森見さんの作品だからとあらすじを確認することなく手に取った一冊でしたが、読み始めに感じた壮大なSFの物語とはまるで印象の異なる読後感を覚えました。
読みながら、表紙に書かれた作者の名前を一度確認したほど……。
“森見登美彦の新境地”と言われていた意味が良くわかります。
いつもの京都も出てこない、あの特有のふわふわ感もない、いつものちょっとスケベな大人も……出てこない。
主人公はまだ小学生のアオヤマくん。本当に小学生なのかと突っ込みたくなるほど大人びた言動と、相反する小学生過ぎる描写。
SF大賞作品なだけあり、表面上の設定はどこまでもはちゃめちゃですが、物語の軸には哲学的な部分もあり、死生観について小学生でもわかる言葉で明文化されているのには、心が震えました。
私が思う森見節は封印されていたようにも見えましたが、読み終えて振り返ると圧倒的森見ワールド。それ以上でもそれ以下でもありません。
ファンタジー作品が苦手な方にも楽しんで読んでいただける一冊だと思います。あと一歩、踏み出せないときにぜひ、あなたもアオヤマ君に会いに行ってみてください。
誰かの“すき”に触れることで、自分の中の“すき”が少し形を変えていく……。
それは物語の中でも、現実世界でもよくあることなのかもしれません。
そんな連鎖も、本を読む醍醐味のひとつだと私は思っています。
そして、本を読むという行為は、他人の心を通して自分を見つめ直す時間でもあります。次にめくるその1ページがあなたにとっての新しい始まりになりますように。
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DRESS 連載:『ときめきセルフラブ』について
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自分の“好き”を探求しながら、オトナの性をもっと楽しく、自分らしく楽しむヒントをお届けします。セルフプレジャーブランド「ウーマナイザー」監修のもと、商品ごとの魅力や楽しみ方を徹底解説も……。
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「ウーマナイザーに男性向けもあるって知ってた?【ときめきセルフラブ #1】」
いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。