風が強く吹いている/新潮社/三浦しをん
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「TheBookNook」連載50回という節目を迎えた今回は、暑い夏にこそ読みたい、選りすぐりの小説を三作品、八木さんがセレクトしてご紹介。ページをめくるたびに新しい世界へと誘われる読書体験は、まさに心の旅そのものです。ぜひお気に入りの一冊を見つけて、この夏ならではの特別な時間をお過ごしください。
夏の景色を想像すると、どうしてこんなにも外に出たくなるのでしょうか。
駅までの道、路地裏のカフェ、見慣れた街頭、照りつける日差しに夕立の匂い、そのすべてがいつもよりほんの少し美しく思えて、私の重たい背中を押してくれるようです。
そして、本を開けば、その衝動は加速します。
列車の窓から流れる景色や、港町の潮風。
知らない誰かとの偶然の出会い。
……物語の中なら、行先も時間も景色も、すべて自分の思うまま。
気づけば、現実よりもはるかに鮮やかな夏を旅している自分に出会えます。
※ 画像はイメージです
今回は、思わず夏旅の準備をしたくなる……かもしれない物語を、三冊ご紹介させていただきます。
読み終えた瞬間、あなたも鞄に本を詰めて出かけたくなるかもしれません。
物語の中で出会えた景色を求めて。
この作品は、私が中学生の頃、友人が“震えながら読んだ”と言いながら貸してくれた思い出の一冊。
物語は、超おんぼろアパートに集まった個性豊かなメンバーが箱根駅伝に挑戦する……という絵に描いたような熱い学生たちの物語。
私の好みではなさそうと読まずにいたことを当時すごく後悔しました。
勝ち負けや記録などではない、価値観というもの。少年漫画のようなお話ですが、悔しいほど面白い。作中にある「走る」を、「書く」に読み替えると、著者の覚悟が伝わってくると感じました。
目頭が熱くなり、時にクスリと笑えて、気づいたら涙が頬を伝っている……この感情を何度も何度も繰り返しながら読み終えました。
大きな事件やどんでん返しはありません。でも、これぞ純度100%の青春小説。一緒に走った……とまでは言い
ませんが、でも、一生懸命に応援した私の気持ちに嘘はなく、全編を通じて語られる“強さ”の定義……、この本を初めて読んだその翌年から、箱根駅伝を見るのが楽しみになりました。
三浦しをん氏の描くキャラクターは本当にどの作品も魅力的で、読み終わる頃には登場人物みんなを大好きになっています。
まだ読んでいない方はぜひ、舞台でも映画でもアニメでもない、この原作を読んでいただきたいです。その理由は、きっと読めば分かるはずです。
この作品は、病弱で自分に自信のない大家さんと家族同様に暮らす下宿人たちとの、ささやかな日常を描いた物語……かと思いきや、途中から空気はガラリと一変。サスペンスフルな展開に。
さすが、凪良ゆう氏。「PMS」や裏垢、歪んだ愛情など、人が抱える小さい黒い部分を表に引きずり出す展開にはいい意味で裏切られました。
物語の中で明らかになっていく繊細かつ大胆な悪意。久しぶりの凪良ゆう作品だった私は、あまりにも無警戒で触れてしまいけっこうなダメージを負ったので、読む方は少し注意が必要かもしれません。
でも、“普通”を根本から揺るがし、解体し、再構築して行く過程で、不思議とさっぱりした気持ちになり、読み終えた今もその感覚が続いています。
何が正解で何が不正解かは最後まで分かりません。
でも、誰だって不器用で完璧になんてなれない。その心の内ではさまざまな顔を持つ。
全てを理解し合えなくてもグレーゾーンの許容さえあればそれも愛なのではないかとそっと自分の周りに今いてくれる人を抱きしめたくなるような柔らかい気持ちになりました。
そして何より、本作には、大切にしたい言葉が溢れていました。特に最後の三文はしっかり心に刻まれました。
私にだって、いろいろな顔があって、そのどれもが表で、どれも裏。
私もあなたも、すみれ荘の住人なのかもしれません。現実に疲れてしまったときにまた再読したい一冊。一歩外に出る勇気がほしいあなたに。
本作は、家族を題材とした六つの物語が入った短編集。
さまざまな形の“家族”をテーマにした物語が描かれていきます。
夫婦、親子、兄弟、近い関係ならではの愛情と憎さの振り幅……。気持ちが増幅することもあるけれど、簡単に絆は切れない関係。六つの短編にはそれぞれに胸を打たれます。
描写が丁寧で細やかなため、物語の世界がまるで現実のようにイメージしやすく助かります。夏の暑さや登場人物の過ごしている場所、見ている景色。文字として並んでいないはずの背景がすっと頭に入ってくるような感覚でした。
ここまででお気づきかもしれませんが、“家族”がテーマとは言え、ただの感動小説にはなっていないのが本作品のすごいところ。メインとなる共通テーマはあくまでも回想、もしくは思い出なのではないでしょうか。
私を含め、人にはそれぞれ悲喜交々の思い出があります。その人の外見や普段の会話からは想像できない過去や家庭の事情、その断片を表現しているようにも感じました。
どのお話もひとつの小説になるくらいに強く印象に残る物語で、嘘のような、実体験のような、あるいは知り合いの誰かが実際に体験したお話のようにも思える作品。
……この曖昧なバランスがこの作品の一番の魅力なのかもしれません。
綺麗な表紙に惹かれて図書館でなんとなく借りた一冊が、こんなにも記憶に残る一冊になるとは思いませんでした。みなさまもぜひ、この夏にこの作品と出会ってみてください。
本の世界に出かけた記憶は、不思議と現実の夏の思い出とも重なっていきます。
次の旅先を選ぶように、本棚から一冊手にとってみてください。
みなさんの夏物語がまたひとつ増えますように。
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★DRESS 連載:『ときめきセルフラブ』について★
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「ウーマナイザーに男性向けもあるって知ってた?【ときめきセルフラブ #1】」
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