殺人出産/講談社/村田沙耶香
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あなたには命に代えても殺したい人はいますか……? そんなきわどさのあるテーマを取り上げた作品で、トラウマになってしまいそうな読書体験はいかがでしょうか。【TheBookNook #27】では、著者の巧みな筆致で描かれる人間の闇と、そこから生まれる予想外の展開、人間性の深層に迫る三作品をご紹介します。
文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹
みなさんはこれまでの人生で、“一度読んだら忘れられない本”に、何度出会えましたか……? 世の中は、一生をかけても読み切れないほどたくさんの書籍であふれかえっています。もちろん、それだけの物語があれば、似たようなテーマや、ありきたりとも言える設定の作品も多々ありますよね。
しかしそんな中に、記憶に深く残る作品と、そうでない作品があります。
これは読み手の人生観や置かれた状況にも大きく左右されますが、“有り来たり”の中にも読む前に構えていた感情を大きく捻じ曲げてくる、衝撃的な展開の作品が存在します。
今回は、私が個人的に“このテーマでこうきたか……”と不意を突かれ、忘れられなくなってしまった3つの作品を紹介させていただきます。
テーマにそぐわず読みやすい作品をセレクトしたので、読書初心者の方もぜひ軽率に、上質なトラウマ体験を味わってみてください。
あなたには命を懸けて殺したい人はいますか……? この物語の世界では条件を満たせば殺人が合法化されます。
その条件とは子供を10人産むこと……。10人の子供を産めば、一人殺すことができるという、現代に生きる私達からすれば異様ともとれる殺人出産システムが当たり前となった世界で物語は進んでいきます。
莫大な時間を削ってでも誰かを殺めたい気持ち、少子化対策のため……? 読者という俯瞰的立場だからこそ気づけるメッセージがこの作品にはたくさんあります。
誰かにとっては都合がよくて、誰かにとっては受け入れたくない世界。これは私達の現実でも同じなのではないでしょうか。そんなことを考えながら読み進めていると、自分が今、なんの疑問ももたずに生きているこの現実の世界は本当に正しいのだろうかとハッとさせられました。
本作品は表題の「殺人出産」のほか、カップルではなくトリプルで交際する人々、性行為をしないことを前提とした夫婦、自然な死が無くなった世界、の3つの短篇で構成されています。そう、4篇すべてのテーマが衝撃的。生と死、性と史。
読者の常識や価値観、正義をあざ笑うかのように、村田沙耶香氏は物語を淡々と紡ぎます。どうしたらこんな歪んだテーマが思いつくのか。彼女の頭の中を一度でいいから覗いてみたい。
「私の趣味は人の夫を寝取ることです。」
ギョッとする一文から始まるこの作品。不倫をしている男女と、されている妻の三人の視点が、それぞれ切り替わりながら物語は進んでいきます。
不倫がテーマとはいえ、重さや不快感はさほどなく、いや、あるのはあるのだけれど、その言葉から連想される嫌悪感やドロドロ感、悲劇的なものは全くなく、恐ろしいほど読みやすい。
強いてあげるとすれば、ここまで登場人物の誰にも共感できない物語は他にないかもしれないということくらい。共感も理解も納得もできない、できないけれど、憎めない。だって私も……。
不倫が良くないということは言うまでもありませんが、道徳に外れたことをうっかりしてしまうのが人間というもの。作中にでてくる“自分はすっかり古くなってしまった鍵穴”この表現にグッときてしまった私は道徳から外れている人間なのかもしれません。正義を振りかざさない三者それぞれのモラル。敏感に感じ取ってしまうのも、近すぎる距離と愛のせいなのだろうか。
心が搔きまわされ、自分でも分からない感情の沼に沈んでいきます。不思議なもので、読んでいる間はあらゆる感情がたくさん浮かんでくるのですが、読み終えた瞬間に雑念がすっと消え、頭の中に何もなくなる感覚を味わいました。あんなにざわついていた筈なのに……。
これぞ、山田詠美。
出だしから主人公が平然と人殺しをしていくこの作品。しかも職業は弁護士。悪徳弁護士……? いえ、サイコパス弁護士。用済みになったペットボトルを捨てるように人を殺します。ある日、そんな主人公の前に斧を持った仮面の殺人鬼が現れるところから物語は進んでいきます。
そう、本作品は、簡単に人を殺す裏の顔をもつ“サイコパス弁護士”と、人の頭をかち割り脳みそを奪う“脳泥棒”のお話。サイコパス VS 殺人鬼。どちらが怪物なのか、どちらも怪物なのか……。
あまりにも残虐で、兎に角ぶっとんだ設定と個性的すぎる登場人物のおかげでスラスラと読み進められましたが、時折まぜこまれた絶妙にリアルな世界観が気持ち悪く、そこがまたこの作品の怖さを増幅させます。
設定の勝利。正直物語の途中から先が読めるのですが、それこそ作者の思うツボ。先が読めるように描かれています。もちろん、先が読める=面白くない、ではなく。彼が選んだ道が彼をどう導くのか、続きが気になるところでエンド。
気がついた頃には、悲惨な物語のその先を自身で作り上げてしまっていました。読者が一番のサイコパスなのかもしれない……。読後に残った、喉奥からくる“違和感”のようなものを、あなたならどう表現しますか……?
冒頭で「トラウマ」という表現を使いましたが、個人的に大好きな三作品です。本には「ないジャンルは存在しない」といわれるほど、さまざまなジャンルの作品があります。
読んだことのある設定だな……というだけで物語を避けずに、同じような設定のものをあえてたくさん読み漁ってみるのも面白いかもしれませんね。
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