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読む前には戻れない……五感に染みる活字の恐怖。【TheBookNook #28】

夏のホラー小説特集。活字が紡ぐ恐怖の世界へ誘う三作品をご紹介します。幽霊、怪奇現象から人間の闇まで、多彩な恐怖を体験してみませんか。読み始めたら止まらない、五感を刺激する物語の魅力に迫ります。ぜひ、この季節だからこそ恐怖を楽しんでみてください。あくまでも、自己責任で……。

読む前には戻れない……五感に染みる活字の恐怖。【TheBookNook #28】

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

ひと口に“ホラー”といっても幽霊、ゾンビ、怪奇現象、さらには人間の心の闇や孤独など、怖いと感じるものは人それぞれ。得体のしれない何かに襲われる恐怖は、もちろん現実では味わいたくないけれど、なぜか覗いてみたくなるもの。

夜明け前の空に木々のシルエット

一度読み始めてしまったら、もう戻れない。そう分かっていてもなお、ページを捲ってしまう。今回はそんな活字が震えて見えそうなホラー小説を紹介させていただきます。

映画やドラマ、アニメにドキュメンタリー。どんな恐ろしい映像作品よりも鮮やかに、“活字”怖があなたの脳裏に映し出されることでしょう。

ぜひお部屋を涼しくしてお楽しみください。

1.貴志祐介『天使の囀り』

天使の囀りの表紙

「天使の囀りが聞こえる」と謎の言葉を残し愛する恋人が自殺……。それも一番本人が恐れていたはずの死に方で……。その後、謎の死の調査を行った人々も次々に怪死を遂げてしまう。ホラー小説でありながらミステリー要素も強めの本作品。アマゾンの生態系や神話に関する部分は衒学的に、“天使”を精査するために用いられることで、その正体がSFではなく地に足の着いたものだと認識させられます。

……そう、それがとにかく気持ち悪いのです……。

轟くそれらの描写は今思い出すだけでも鳥肌が体中を駆け巡ります。こんなにも読む手を止めたくなった作品は他にありません。人間は過去に実際に見聞きしたものや、想像できる範疇でしか脳内に描くことができないはずなのに、この作品では自身から産まれた創造とは思えないほどグロテスクな脳内映像が再生されてしまいます……。

読み進めているうちに“いやいやないだろう……”と、“あるのかも……”の境界があやふやになっていき、気づけばラスト1ページ。思わぬ角度から差し込まれる恐怖を覗いて観たい方はぜひ、自己責任で。なんにせよ、間違いなく映像化してほしくない作品No.1。何度も言いますが、グロ注意です。

2.小野不由美『残穢』

残穢の表紙

一度読み始めてしまったら、読み進めるのも、読まないのもキツイ。そう、この作品を一言で表すなら……キツイ

物語は小説家である主人公 “私”、のもとに一通の手紙が届くところから始まります。「今住んでる部屋で、奇妙な音がするんです。」……“私”と手紙の主である学生の久保さんはその真相を探っていくのですが……。

調査すればするほど深まる謎、迫りくる違和感、じわじわと浸食されていく恐怖、活字から確かに聞こえる音、ずっと整わない呼吸……。突然ワッと驚かすような直接的な怖さはあまりないので冷静に恐ろしい物語と向き合うことができます。

……とはいえ、この作品はモキュメンタリー。しっかりとボディに効いてくるので、いつもホラー作品を観たあとに引きずってしまう方、とくに一人暮らしの方は要注意。読後はそれらが実体験かの如く、映像や音が脳裏にこびりついてしまいます。

穢れは感染し拡大する。そして繋がっていく。果たして、自分が今住んでいる土地には、今立っているこの場所には、どんな人や物が在ったのか……。読んでいる間よりも読み終わった後のふとした瞬間にじわじわ手を伸ばしてくるタイプの絡みつく恐怖を味わいたい方はぜひ。こちらも自己責任でお願いします。

3.アンナ・カヴァン/山田和子訳『氷』

アンナ・カヴァン/山田和子訳『氷』の表紙

本作品は、巨大な氷に覆われて破滅に向かう世界で“少女”を追い求める男の物語……とでもいいましょうか。

楽しさはすぐ不和に……その逆もしかり。とにかく読み手の感情を一瞬たりとも安定させてくれません。主人公の幻覚らしきシーンがナチュラルに混ざってくるため、場面の移り変わりも多く序盤は少し迷子になるかもしれませんが、気づけば残り数ページ。こんなにも不穏で不安定な恐ろしい物語を、するすると読めてしまえた自分に読後は寒気を覚えました。

この作者はきっと暖かい毛布で眠ったことがないのだろう……そう思わずにはいられません。世界は常に君に刃を向けているよ、味方じゃないよ、というのを私達読者にじっくり教えてくれるのですが、不思議と絶望はしません。むしろ気持ちよささえ感じてきてしまいます。なぜでしょうか。人間誰もがもつ“孤独感のツボ”のようなところに“それら”となって刺さってくるからかもしれません。

本作品の主要人物は“私”、“少女”、“長官”の三人だけ。逃れられない世界の結末と少女の絶望が並行して描かれることに1967年の作品とは思えないほど生々しい、セカイの息吹を感じます。フランツ・カフカが好きな方にはぜひ触れていただきたい冷たい一冊です。

■夏はやっぱりホラーで恐怖の魅力と新たな発見を

夏と言えばホラー……。いったいだれがいつ言い始めたのでしょうか。涼しくなりたいからといって安易に手に取ってしまえば後悔するかもしれません……。

でも、紙面に並べられただけの活字から、こんなにも五感が刺激されるのはホラー作品ならでは。読み手である自身が勝手に作り出した恐怖の形と向き合ってみたら、新しい扉が開けるかもしれません。

DRESS編集部

いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。

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