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わたしの推しは、本の中【TheBookNook #52】

あなたの“推し”は誰ですか? どこにいますか? 本の登場人物を“推し”として、心に生まれる喜びや驚きを綴る「TheBookNook #52」。八木奈々さんが選ぶ三冊を通じて、物語の中に生き続ける大切な存在と出会う読書体験を紹介します。

わたしの推しは、本の中【TheBookNook #52】

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

みなさんには、会ったこともないのに、なぜだかずっと心に居続ける人はいませんか。

私にはいます。

それは有名人でも、アイドルでも、隣の席のあの子でもない、ページの中でしか会えない物語の中に住むあの人

その存在と言葉に何度も何度も会いに行き、本を閉じていてもふとした瞬間に思い出すあの人……

今、あの人は何をしているのだろう。あの人ならこんなとき、なんて言うだろう。

架空の存在のはずなのに本気で案じてしまうなんておかしな話ですが、それは恋にも似て、ときには尊敬で、ときには親友のようで……、心を支えてくれる“推し”の形は人それぞれ。けれど、彼らが心の中に居る事実と幸せはどんな推しをもっていても誰もが分かち合えるはずです。

TheBookNook52

今回は、私の中にも深く存在し続けている登場人物が“生きる”三冊をご紹介させていただきます。

あなたも物語を通して、推し活、始めてみませんか……?

1. モーリス・ドリュオン『みどりのゆび』

みどりのゆび

「ぼく、花で戦争をやめさせたよ」

本作は、フランスの作家モーリス・ドリュオン氏が1957年に発表した童話。
主人公は、親指をふるだけで緑を芽吹かせ花を咲かせてしまう奇妙な特技をもつ心優しい少年。

キリスト教が下地となっている影響もあり、かなり教訓的ではありますし、児童文学なので“いい話”でまとまってはいますが、侮ることなかれ。

大人になった今、読むことで、登場する大人たちの考えが痛いほどよくわかり、少年の純粋さになんとなく後ろめたい気持ちになります。大人になるということはピュアではいられないということ。

誰もが大なり小なり不安を抱えている現代に生きる大人たちにこそ読んでいただきたい、大人のための童話。

この作品を寓話だとか風刺だとか、そんな解釈をするよりも、“本当に少年みたいな子がやってきて、本当に世界が花で満ちて、本当に明日を楽しみにできたらなぁ……”とまっすぐに受け止めたくなる一冊でした。

自分の中の一欠片だけでも、少年のような真っ直ぐな心をもって暮らせたら……。

初版は60年前。戦争や差別が絶えない世界でこんなにきれいな物語を生み出せる人がいるのだから、きっと大丈夫。

この本を初めて読んだあの日から、私の心の中には私にしか見えない“みどりのゆび”が存在しています

心の片隅にあなたも、ぜひ。

2. 今村夏子『星の子』

星の子

「……僕は、僕の好きな人が信じるものを一緒に信じたいです」

もし、自分が好きな人が自分の常識からすると“信じがたいもの”を信じていたとしたら……。

本作は、病弱な主人公と新興宗教に傾倒していく両親、その過程で崩壊していく家族の物語。

宗教二世小説は、善悪や白黒がはっきりと描かれることが多い印象がありますが、この作品は多くのそれらとはまるで違います。

装丁の綺麗な星空と、「星の子」の文字。映画化もされている本作品ですが、どうか今村夏子さんの紡ぐ“文字”でも感じていただきたいです。

見えている星を見えないといい、見えるまでここにいようという

満天の星空を並んで眺める三人。見えた? ううん。見えた! 見えない。……自分だけが見えていないのか、自分にだけ見えているのか。見えているものは本当に同じなのか、違うけれどそれでいいのか。

信じられるから信じているのか、信じたいから信じていくのか……。頭の中で正解を探そうとするけれど、きっと、どれも違っていて、探すのを辞めました。正解でも不正解でもない、主人公にとっての宗教は家具のようなものなのかもしれません。

たとえるなら“明るい不穏”とでもいうのでしょうか。

この読み味、行間には抱え込みたい胸苦しさが詰まっています。私がこの物語を通して、誰を、何を、どういう意図で心に置いておきたいと感じたかは、あえて伏せさせていただきます。

居心地のいい場所で見たいものだけを見ていける幸せを、ひっくり返したくなる物語。あなたにとっての推しもここにいるかもしれません。

3. 恩田陸『蜜蜂と遠雷』

蜜蜂と遠雷

久しぶりに夜更かしをして、一気に読んだ本作品。

長大作にはなりますが、読み始めたら止まりませんでした。ページをめくるスピードと文字を追う目の動き、頭の中、それぞれのスピードがまるで違うのだけれど、ゆっくりと纏まっていく不思議。

物語では、ピアノコンクールで火花を散らす若者たちの白熱のたたかいが描かれていきます。

恩田陸さんは大好きで、常々天才だとは思っていましたが、今回は“言葉”だけで、一人ひとりのピアノの音の感触まで感じさせてきて、聞こえないはずの音や振動に胸が震えました。

映像化もされた今、もちろん受け取りやすいのは映画のほうかもしれません。でも、やはり本は想像力をかきたてられます。特にこういった芸術がテーマの作品は、自分の中にある最大限の想像力をもって読まなければいけません

……でも、それが面白い。面白いにもほどがある。

本作を読んでいる間はずっと、この本が好きだ……と感じながら読み進めていました。音楽の知識などがあまりなくても読んでいて伝わってくるものがあります。

冷静になれば、けっこうベタな設定ではあるかもしれませんが、それゆえに描くのは難しいもの。ひとつの美術館を見終えたような読後感でした。

聞こえないのに聴こえる、私の大切な推し小説です。

■“推し”を探しに……

ページをめくるたびに出会える“推し”、まだまだ本の中に書かれています。

どうぞ、あなたも新しい推しを探しに本の世界へ旅してみてください

思いもよらないまさかの一冊に、一生忘れられない素敵な出会いが隠れているかもしれません。

\八木奈々さんの過去記事はこちらから/

「わたしの一部は本でできてる。『モモ』に教わる命のこと【TheBookNook#1】」
「暑い夏には熱い物語を。【TheBookNook#2】」
「行きたい国に思いを馳せて【TheBookNook#3】」
「疲れた心と共に、本の世界へ飛び込む。【TheBookNook#4】」
「忙しない日々に、心を満たしてくれる日本の児童文学を。【TheBookNook#5】」
「秋の夜長を味方に。【TheBookNook#6】」
「タイトルと物語の温度差が凄い。掻き乱され小説。【TheBookNook #7】」
「「猫」を取り巻く純文学。【TheBookNook #8】」
「読めばきっと好きになるSFの世界(短編集)【TheBookNook#9】」
「読書で味わう食欲の秋【TheBookNook#10】」
「作家・筒井康隆に魅せられ【TheBookNook#11】」
「物語の街を辿る、読書旅行【TheBookNook #12】」
「小説を片手に祝うクリスマス【TheBookNook #13】」
「<特別号>年間200冊読む私流「読みたい本」の見つけ方【TheBookNook #14】」
「没入感がすごい……【TheBookNook #15】」
「恐ろしく素敵に騙されたい 【TheBookNook #16】」
「ご褒美チョコと一緒に味わう恋の物語【TheBookNook #17】」
「原作と映像は別腹。2024年3月に映像化される作品3選【TheBookNook #18】」
「主人公だけじゃない。印象深く残る脇役小説【TheBookNook #19】」
「現代語で親しむ私のお守り本[古典 / 名文学]【TheBookNook #20】」
「本選びのすゝめ【新潮社編】【TheBookNook #21】」
「人にやさしくできないときの処方箋を。【TheBookNook #22】」
「本選びのすゝめ【講談社編】【TheBookNook #23】」
「雨の日に酔いたい【TheBookNook #24】」
「本選びのすゝめ【幻冬舎編】【TheBookNook #25】」
「イヤミスだけじゃない。沼作家・湊かなえ。【TheBookNook #26】」
「テーマが衝撃的。最低で最高なトラウマ体験を。【TheBookNook #27】」
「読む前には戻れない……五感に染みる活字の恐怖。【TheBookNook #28】」
「映画化しても衰えない奇才/鬼才な主人公たち【TheBookNook #29】」
「本選びのすゝめ【KADOKAWA編】【TheBookNook #30】」
「心のデトックスの形は人それぞれ。【TheBookNook #31】」
「本棚に置いておくのも忌まわしい物語を想う……【TheBookNook #32】」
「<特別号>物語に寄り添う、読書グッズのすゝめ。【TheBookNook #33】」
「物語ってあたたかい…肌寒い季節に読みたいほっこり作品【TheBookNook #34】」
「まだ読んでないなんて羨ましい、記憶を消してもう一度読みたいあの一冊。【TheBookNook #36】」
「眠れない夜を、眠らない夜に。【TheBookNook #37】」
「味わい深い……“読む”チョコレート【TheBookNook #38】」
「誰のためでもない、“わたし”のために読む絵本【TheBookNook #39】」
「春になったら、会いにいきます。【TheBookNook #40】」
「大切なあの人に手渡したい、贈り本。【TheBookNook #41】」
「読んだ数だけ味わえる、再読のすゝめ。【TheBookNook #42】」
「タイトルと物語と。【TheBookNook #43】」
「あえて描かない、短編集の魅力。【TheBookNook #44】」
「真相は行間に。【TheBookNook #45】」
「雨深い一冊たち【TheBookNook #46】」
「今、韓国エッセイが刺さる理由【TheBookNook #47】」
「溶けて消えるものが好き。【TheBookNook #48】」
「こんな生き方もあるよね【TheBookNook #49】」
「物語の切符を片手に。【TheBookNook #50】」
「冷たい麦茶と、静かな物語【TheBookNook #51】」

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