対岸の彼女/文藝春秋/角田光代
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年齢や経験とともに味わいを変える物語たち。【TheBookNook #42】では、再読することで見つかる新たな気づき、心を救う小さな成長──そんな再読の魅力を、3冊の名作と共にていねい綴ります。
みなさんは、日常のふとした瞬間に一冊の本が頭をよぎることはありませんか?
天気や景色、食べ物、色、通り過ぎた人の声や駅の広告。目や耳に飛び込んできたなんでもない瞬間に思い出す過去に触れた、あの物語。
大人になってからそんな瞬間が増え、まるで物語の中の登場人物に呼び出されたような気持ちになり、急いで家の本棚を探した経験が私は何度もあります。
そして過去に読んだ物語が、ときに180度色を変えて今の私に届くことも珍しくはありません。もちろんそのどちらが正解、不正解ということはなく。
ただ、年齢を重ね、生きる世界が広がることで得た新しい見方や考え方で救われる記憶があり、そんな自身の小さな成長が、自分自身を救ってくれることもあるのです。
そう、味がしなくなる物語なんてこの世に一作もないのですから。
今回は、学生時代は年間300冊、今でも年間200冊以上欠かさずに読んでいる私が、実際に今月再読した3つの作品を紹介させていただきます。
この機会に、一度読んだだけでは気づけない、物語の“もう一つの魅力”を奥深くまで味わい直してみませんか……?
「私って、いったいいつまで私のまんまなんだろう。」
中学生の頃、未熟な私の心にピン止めされた一冊。主婦と社長、女性として全くの対岸にいるような暮らしをしながら出会ったふたりの主人公。正反対の存在だからこそ惹かれ合う女性の友情と亀裂を描いた本作品。
人と深く交わっても、分かり合いきれなくて自然と疎遠になる。そういうものだと割り切りながらもちゃんと傷ついているふたりの姿が、少しの疲労感を覚えるほど生々しく描かれていきます。
結婚、いじめ、姑問題、教育、会社……取り扱う話題は少し重たさを感じますが、読み進めていくうちにタイトルにある“対岸”の本当の意味がハマり、目に映る文字が絵となり目の前に展開されていくように感じました。
大人になり再読し、当時分からなかったピースが埋まり、ラストは自然と涙が止まりませんでした。
大人になって自らいろいろなことを選べるようになっても、まだ私たちは“選べる”ことに気づいてません。
再読したことで、もう一度出会えた物語の中の彼女たちが、これからどうなるのか今はただ楽しみで仕方ありません。
文庫本にある森絵都さんの解説は必読です。対人関係に悩める全ての女性に届けたい一冊でした。
つい先月、映画化もされたこの作品。私が初めて読んだのは4年前のことです。今回、図書館の返却棚でたまたま見つけ、映画化の表紙に惹かれ再読。
本作は東日本大震災後に飼い主を亡くした一匹の犬のその後を描いた七作の連作短編集。東北から九州まで大変な距離を移動する犬と、その犬を助け共に暮らした人々。
あのハチ公を彷彿とさせます。
ハートフルな物語かと思いきや、衝撃的な結末を迎えるので、活字だけで描かれているとは思えないほど、その“犬”のぬくもりや目線を感じてしまいました。
傷つき辛い想いを抱える人々が、救ったはずの犬に、救われる……。
そのどれもが読者に向けられたメッセージのようにも思え、一つひとつの言葉をこぼさないように大切に読みたくなるそんな物語でした。
再読しながら、“あれ、これ、もしかして……”と不吉な予感がしていたのですが、最終話で表題の“少年と犬”に触れ、初めて読んだときには流れなかった涙が私の頬を繰り返し伝いました。
犬をはじめ、動物の賢さは、ときに人間の想像をはるかに超えてきます。人が己を見捨てても、そこにあるままで肯定してくれる。
ただそこにいるだけで、いや、もうそこにいなくても。きっと私はまたすぐに会いたくなってこの本を開いてしまうでしょう。
「月は一年に三.八センチずつ、地球から離れていってるんですよ」。
この作品は、科学と人間ドラマが織りなす珠玉の短編集。死に場所を探す男と運転手との不思議な出会いを描く表題作のほか、ままならない人生に科学の光がそっと寄り添う今作でしか味わえない6編が収録されています。
“科学”と聞くと現実的で無機質で、どこか難しく冷たいイメージもありますが、実際には浪漫に溢れていて、優しくて、そこはとても温かかったり熱かったり人間味があるのです。
作中には、人生の答えのひとつとも言えるような“言葉”が多く、何度読んでも心を平常に保つのが難しくなります。
今読むべきじゃなかったと同時に、今読んで良かった……。毎回そう思える不思議な一冊。
とくに私は、個人的に天文学が大好きなのですが、本作品は全体を通して月の話、粒子と宇宙、天文学、地層学など、かなり専門的な知識が組み込まれていながらも堅苦しさや難しさは一切なく、知識がなくても楽しむことができます。
正直、短編集でここまで全ての物語を好きだと思える一冊はあまり出会えません。
因みに読後、“今の私”の心に残ったのは「エイリアン食堂」という短編でした。少し疲れた夜に読み返したくなるこの作品。枕もとのお守りに、ぜひ。
私は基本的に同じ本を何度も読みます。
一度読んだだけで、面白い/面白くないなどと決めてしまうことが、いかにもったいないことか私は知っているから……。
今のあなたにとって面白く感じられなかった物語が、数年後にはお気に入りの物語に変わることや、新たな発見があるかもしれません。
味がしなくなる物語はありません。自分を好きになれる再読時間。ぜひ何度でも味わってみてください。
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