1. DRESS [ドレス]トップ
  2. 恋愛/結婚/離婚
  3. 『35歳――希望の在処』第三話

『35歳――希望の在処』第三話

元夫が共通の女友達に「自分の意志とは無関係に話が進んで、どうしようもなくなった」ため結婚するしかなかった、と話していたのを知った葉子は……。作家・南綾子さんが描く「35歳×離婚」をテーマにした短編小説を全5回でお届けします。

『35歳――希望の在処』第三話

「Facebook、さっきからめっちゃチェックしてるよね」

 顔をあげると、遥が冷ややかな目でこちら見ていた。

「あたしの友達にもいるよー。『いいね!』がつくか逐一チェックしてるんだよね。バカみたい」

 遥はそう言い捨てると、テーブルの上につっぷした。「あー、マジで歳とりたくない。19とか、死ぬ」

 会ってたった1時間で、同じ言葉をもう5度聞いた。4月で19になるのが、よっぽど嫌らしい。

 栃木に住む涼太の姉の娘——要するに元義理の姪——が高校を卒業したら、春休みの間に預かってやるという約束をしたのは、離婚よりずっと前だった。遥はそれを1年生のときから楽しみにしていたらしく、今さら断れなかった。

 会うのは1年ぶりだった。相変わらずの派手な身なり。ややぽっちゃりしているが、涼太の姉に似て可愛らしい顔をしている。しかし、以前のようなあっけらかんとした明るさがない。

「あー、マジで歳とりたくない。泣きそう」

 まだ言っている。

 その後、マクドナルドを出て、3時間買い物に付き合った。夜に2人でラーメンを食べている間も、葉子は遥の視線を気にしつつ、Facebookをたびたびチェックしていた。

 そして涼太の今日2つ目の記事(ロボットタクシーに関するどうでもいい感想。あの女に読まれることを意識しているのだろう)に、見覚えのある名前の女がコメントしているのを見つけ、スマホを滑り落としそうになった。

 しかもその内容が、「この間の合コン、楽しかったね! またやろうね」だったから、一瞬で目の前が真っ暗になった。

 篠田真実。大学時代、一緒にマネージャーをしていた2学年下の女だ。

「どこで聞いたの? それ」

 翌日、銀座のスペイン料理屋で、困ったような顔で未知は聞いた。

 その質問に対する答えは用意してあった。「涼太から直接聞いた」

「え」と未知は目を丸くする。「意外。まだ連絡取り合ってるんだ」

 未知は同学年のマネージャー仲間だ。新卒で小さな出版社に就職したがすぐに辞め、今は派遣社員をしている。独身。彼氏ナシ。少なくとも、ここ5年は男がいるという話を聞いていない。未知が最近、同じく独身の篠田真実とつるんでいるらしいと以前に誰かから聞いたことを思い出し、すぐに食事に誘った。遥は中学時代の同級生の家に泊まりにいっている。

「その合コン、未知もいったんでしょ?」葉子はなるべくなにげない風を装って、聞いた。「どっちが誘ったの? 涼太?」
「楠木君と会ったのは、ほんと偶然なの。わたしの友達と、彼の先輩が知り合いでさ。もう、本当にびっくりしたんだから」

 未知の話しぶりを聞く限り、嘘ではないようだ。

 本当は、その夜に涼太が何を言い、どんな態度で、気に入っている女はいたのかいなかったのか、根掘り葉掘り訊ねたかった。が、プライドが邪魔をして、それ以上何も聞けなかった。しかし、未知は昔から察しがいい。葉子の表情をチラッと見て、仕方なさそうに息をはくと、言った。

「今、彼女はいないらしいよ、楠木君」
「ふうん」
「二次会で酔っぱらって、葉子の話をしてた」

 その瞬間、心臓が止まりそうになった。なんて? なんて言っていたの? 今でも引きずっているって? 戻りたいと、思っているって?

「意外な話をしてた。本当は、葉子が33歳くらいのタイミングで結婚したいと思ってたらしいよ。葉子もやりたいことがあるみたいだし、そのぐらいがちょうどいいかって思ってたんだって。それなのに葉子が29歳のときに、無理やりマンションの展示会に連れていかれて、マンションを買ってと迫られて、しかも断ったら泣かれて、そこから、自分の意志とは無関係に結婚話が進んで、どうしようもなくなっちゃったんだって。それで結婚式の2週間前に思いきって『この結婚は間違っている』と葉子に打ち明けたけど、またしても泣かれてどうにもできなくなった。だから結婚生活が始まっても、この人は俺の相手じゃないって考えが抜けなくて、仕方なく家を出ていったんだって言うの。女の子たちは、ドン引きだったよ。結婚式の2週間前にもなってそんなことを言うなんて、サイテーじゃん。でもさ、葉子の話だと、楠木君のほうがベタ惚れなのかなって思ってたから、意外な真相っていうか……彼の話は本当なの?」

『希望の在処』バックナンバー


第1話はこちらからご覧いただけます

第2話はこちらからご覧いただけます

第3話はこちらからご覧いただけます

第4話はこちらからご覧いただけます

第5話はこちらからご覧いただけます

南 綾子

1981年、愛知県生まれ。2005年「夏がおわる」で第4回「女による女のためのR‐18 文学賞」大賞を受賞。主な著作に『ほしいあいたいすきいれて』『ベイビィ、ワンモアタイム』『すべてわたしがやりました』『婚活1000本ノック...

関連するキーワード

関連記事

Latest Article