やさしいあなたへ【TheBookNook #56】
【TheBookNook #56】は、やさしい気持ちになれない日にこそ読んでほしい3冊を八木奈々さんが取り上げます。秋に読みたいおすすめの作品たち。読書で気持ちを整えたいときに手に取りたい物語を、静かな視点で選んだ一篇です。
写真:後藤 祐樹
誰かにやさしくできなかった日の夜。
心のどこかで “本当はもっとやさしくしたかったのに……” と自分にため息をつくことはありませんか。
自分勝手だと分かっていながらも、人に冷たくしてしまった日ほど誰かに“大丈夫”と言ってもらいたいもの。
……大丈夫。
あなたがやさしくなれなかったのはきっと、心が少し疲れていただけ。そんな夜には、静かに傷口に寄り添ってくれる物語が、固まった心をほぐしてくれます。
今回ご紹介するのは、人にやさしくできないときに触れてほしい三作品。
ページの向こう側で、あなたの代わりにあなた自身を抱きしめるような物語をお届けします。
明日のあなたが今日よりも少しやさしく笑えますように。
1. 凪良ゆう『わたしの美しい庭』
私が本を読む人間でよかった……。読後に心からそう思えた私の大切なお守り本。
マンションの屋上にある美しい庭のような縁切神社を中心に描かれていく本作品。
世間一般の物差しで人を哀れんだり、後ろ指を指したりする人は大勢いるけれど、人には人それぞれの背景がある……。
“理解できないなら仕方ない。だったら黙って通り過ぎればいい”
作中にあるこの強く投げやりな言葉に、まるで私自身が肯定されたかのような気持ちになりました。
わかりやすい言葉では言い表せない“縁”という不確かなもの。誰もが心のどこかに握っている譲れない信念や、大事にしたい感情。
守りたいもの。この本を手にした人が皆、それぞれの心の中の庭を守れますように……という凪良ゆうさんの祈りにも近いような想いが伝わってきました。
この作品に描かれた6つの短編集は、どれも登場人物がやけに人間らしく、それぞれが自分自身のかけらのように思えてきます。
複雑な環境の中でも、世間と他人と自分のちょうどいいバランスを探して生きようとする人たち。そして、その人たちが思い描く平和に過ごせる世界……。常に見守ってくれる神社の存在。
こうして文字にすると少し重たいテーマに感じる方もいるかもしれません。ですが、どうか安心してください。これほどまでに暖かくてやさしい物語はありません。
これは、本の形をした心の処方箋です。自分を好きになれない夜に、きっとあなたを助けてくれます。
2. 重松清『その日のまえに』
誰にでも訪れる“その日”。それは、思っているよりも早く来てしまうかもしれません。
…そう、人生最後の日。亡くなってしまった人のことは、だんだんと忘れていくものといいますが、それでも必ずいつか、いや、いつだって思い出すことができます。
この作品は、そんな周りの人の命を題材にした短編集。少しずつですが、それぞれの物語が繋がっていきます。“その日”のまえから“その日”のあとまで、涙が流れるのを必死にこらえながら読みました。
あと、どれだけの日が残されているのか。自分には何ができるのか。なぜこんなにも早く“その日”が来たのか。それぞれの立場で最後となる“その日”に向き合う人々。
アルバムをめくるように経験した、いくつもの別れと、共に過ごしたやけに鮮明な思い出が、私の中にも次から次へと溢れ出しました。
死というテーマはどんな角度で描かれていても重いものですが、不思議と本作は一時も目を離すことなくあたたかい気持ちと共に読み進めることができました。
“その日”は私にもあなたにも訪れます。もっというと、私たちは“その日”に向かって生きています。“その日”がいつ来るかなんて誰にもわからないのですから、今を、毎日を、家族を、友達を、そして自分を大切にしよう。人にやさしくしようと改めて思える一冊でした。……その日のまえに。
3. ヒグチユウコ『ふたりのねこ』
捨てられた子猫とぬいぐるみのニャンコとの“家族”としての形を感じる本作品。
画家であり絵本作家でもある、ヒグチユウコさんの描く細やかな描きこみやキレイな色遣い。今にも動き出しそうなほど妙にリアルで不思議なオーラを放つ動物たち。黒い服とブーツが良く似合う猫とぬいぐるみのニャンコ。ひとりぼっちだったふたりが出会った夏の終わり。
「ふたりは確かに家族だった」。
さみしいときや辛いときはただそばにいて、一緒に涙をこぼしてくれる。
隣に居るだけで楽しくなれる。そんな“家族”。
私が数年前にヒグチユウコ展に行ったとき、ふたりの猫がハグをしている絵に感動して購入したのがこの絵本との出会いでした。本作に限らず、人にやさしくできないほど心に余裕がない日には物語の内容よりも、好きなタッチで描かれた絵本を眺めるのも悪くない選択です。
数ある絵本の中でも、ヒグチユウコさんの絵は私にとってどこか少し自分の住む世界とは離れた場所に連れて行ってくれるような感覚があります。
離れられない日常から少しの間だけ私を誘拐してくれるような……。
ぜひ、絵本は子供の読むものだと決めつけず、みなさまのその目で絵をなぞるようにゆっくりと眺めてみてください。一線一線……ゆっくりと。
最後のページを閉じたあと、今作の裏表紙にある一匹の猫と黄色に思わず、額を寄せたくなることでしょう。
■やさしくありたいと願う気持ちはやさしさのかけら
やさしさというのはいつも自分で思うよりも不確かで、ときに人を傷つけ、ときには自分自身さえも苦しめます。
けれど、誰かにやさしくありたいと願う気持ちは、たとえ届かなくても確かにやさしさのひとかけらです。
物語の中の登場人物たちは、そんなあなたを責めることはありません。
今日、少し人にやさしくなれなかったあなたも、ちゃんとやさしい人のままであるということに、気づけますように。
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