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年末は優しい物語で息をする。【TheBookNook #35】

TheBookNook#35は、冬の寒い時期にぴったりの優しい物語を紹介します。八木奈々さんが心を込めて、忙しい日々の中でも心を癒す作品を解説……。凪良ゆう、新堂冬樹、寺地はるなの作品が織り成す感動的なストーリーをぜひ読んで、自分へ贈る心のプレゼントを見つけてください。

年末は優しい物語で息をする。【TheBookNook #35】

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

12月も半ば。

寒さ本番とはいえ、人が集うイベントも多いこのシーズン。澄んだ空気にイルミネーション、テレビに映る街には素敵な景色があふれているはずなのに、何かに追われるように毎日を過ごしてしまってはいませんか……?

年末にかけて何かと慌ただしくなる今だからこそ、あえて誰もいない、誰も見ていない、静かな場所でひとり、物語の世界に浸ってみるのもいいかもしれません。

冬の読書する女性

今回は、限られた時間でも充分に楽しめる、読みやすくて優しい物語をご紹介させていただきます。

ぜひ、忙しさを言い訳にせずほんの数分でも自分に時間をプレゼントしてあげてください。

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1. 凪良ゆう『流浪の月』

凪良ゆう『流浪の月』

本作の発表当時は、驚きと興奮で出版社と世間をザワつかせた2020年の本屋大賞受賞作。圧倒的な筆力に心が震えました……。

心に傷を負った9歳の少女と19歳の青年が2カ月のときを共に過ごし、心を通わせた、その自由であたたかくて穏やかな時間は、やがて世間から“女児誘拐事件”と呼ばれることに。

それから15年。事件の被害者として腫れ物のように扱われてきた女性と、加害者として陽の当たらない道を生きてきた男性。この物語の中で描かれているのは、世間の“常識”の範疇にはない、被害者と加害者、男と女の関係性。

「事実と真実の間には、月と地球ほどの隔たりがある」

重たく物語のテーマがのしかかってきます。ふたりの男女がお互いを思いあうこと、その全てがこの一冊に詰まっています。

著者の紡ぐ言葉は突き放しているように思えて、あたたかく、優しく感じました。傷だらけになりながら相手を思う、言葉の通り、全身全霊をかけた“優しさ”の全てがここにはあります。

読後はふたりの幸せを願うとともに自身の幸せについても考えたくなるそんな一冊でした。個人的にはアニバーサリー仕様の装丁がお気に入りです。

2. 新堂冬樹『虹の橋からきた犬』

新堂冬樹 虹の橋からきた犬の表紙

本作は、ペットロスからの希望を描く物語。主人公は仕事人間で、「ワンコのために仕事を放棄するのか」と部下を叱責するテレビ制作会社の社長。

そんな主人公がひょんなことから隣に住む老人の犬を飼うことになり、人間として大切な何かを取り戻していきます。でもそんな日々の中で愛犬の具合が悪くなり……。

簡単に言葉にしたくない、そんな読書体験でした。

大きな事件が起きる訳でも、怒涛の展開や裏切り、どんでん返しがあるわけでもない本作品ですが、いわゆるお涙頂戴の物語ではありません。

著者の実体験を交えて描かれたこの作品は、飼い主と愛犬の関係性、心情、見た景色に感じた匂い、そのあらゆる描写が疑似体験できてしまいそうなほど詳細に、丁寧に、描かれています。

「人生を犠牲にし、人を傷つけてまで手に入れる夢など欲しくはなかった」

作中にあるこの言葉を読後に思い出し胸が痛くなりました。でもそれと同時に優しさにあふれた物語。とくに、過去に愛犬を看取った経験のある方にはぜひ、読んでいただきたい。普段あまり読まないジャンルでしたが、出会えてよかった一冊。あとがきもお見逃しなく。

3. 寺地はるな『大人は泣かないと思っていた』

寺地はるな氏の『大人は泣かないと思っていた』表紙

本作は、思い描いていた大人像と現在との乖離について考える7つの連作短編集。当たり前ですがどの登場人物にも人生があり、感情や背景、それらに対する考え方も違う。全員が“生きている”と感じる物語でした。

“らしさ”や“こうあるべき”“こうあらねばならない”という呪縛、世間の目。もっと気軽に生きられたらいいのにと思う反面、できるだけ“普通でいたい”“馴染んでいたい”と上手く生きることを望んでしまうのも大人。

ひどい、と思っていても作り笑いを崩さず穏便に済ませ、我慢して黒い塊を飲み込んでしまう。どうせ後から泣くなら震える手で小石を投じてから泣いてやろう……と、そんな気持ちになる読後感でした。

寺地さんの作品はページを閉じた後にいつも自分の深いところにある何かを手のひらで包みたくなるような気持ちになります。共感とも違うのですが、自分でも気づいていなかった深い傷を、肯定するでも否定するでもなく、ただ静かに手を添えてくれるような。

ひとつの集落を舞台にした短編集ですが、どの章にも、切り取って覚えておきたい寺地さんの紡ぐ素敵な言葉達があります。ほっとひと息つく時間が愛おしくなったら、ぜひ。

■今年もありがとう、おつかれさま、自分

誰かのためではない、自分のためだけに使う時間が一日の中にほんの少しあるだけでも、想像以上に心は満たされるもの。

この一年、充分がんばってきた自分に、「おつかれさま、今年も有難う」と声をかけたくなる読書時間をお過ごしください。

\八木奈々さんの過去記事はこちらから/

「わたしの一部は本でできてる。『モモ』に教わる命のこと【TheBookNook#1】」
「暑い夏には熱い物語を。【TheBookNook#2】」
「行きたい国に思いを馳せて【TheBookNook#3】」
「疲れた心と共に、本の世界へ飛び込む。【TheBookNook#4】」
「忙しない日々に、心を満たしてくれる日本の児童文学を。【TheBookNook#5】」
「秋の夜長を味方に。【TheBookNook#6】」
「タイトルと物語の温度差が凄い。掻き乱され小説。【TheBookNook #7】」
「「猫」を取り巻く純文学。【TheBookNook #8】」
「読めばきっと好きになるSFの世界(短編集)【TheBookNook#9】」
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「作家・筒井康隆に魅せられ【TheBookNook#11】」
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「<特別号>物語に寄り添う、読書グッズのすゝめ。【TheBookNook #33】」
「物語ってあたたかい…肌寒い季節に読みたいほっこり作品【TheBookNook #34】」

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