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魔性の女になりたかった

女性誌の恋愛特集は片っ端から何度も読んだ。ブックオフで100円の恋愛本もよく買った。わざと、あいまいで思わせぶりな態度をとった。私はどうしても「魔性の女」になりたかった――。雨あがりの少女さんのコラム。

魔性の女になりたかった

■「魅惑的な女になる方法」を読みあさった思春期のこと

自宅の本棚の奥には女性誌が何百冊もびっしり詰められている。10代後半から20歳くらいまでに買い集めたものだ。そのころ私は「魔性の女」になりたかった。

当時、女性誌の恋愛特集は片っ端から何度も読んだ。本屋を日々徘徊し、たとえば「この冬は追われる女になる♡」みたいなことが表紙に書いてある雑誌を見つければすぐにレジに持って行ったし、ブックオフで100円の恋愛本もよく買った。今では処分してしまったものも多いが、当時の本棚にはピンクの背表紙ばかりの一角があった。それもこれも、魔性の女になりたかったからだ。

なんでそんなものになりたかったのか。きっかけは忘れてしまったのだけれど、私がもともと「天才」に憧れていたのは事実で、たとえば前夜に一通り復習しておきながら、学校では「あ、今日テストだっけ」などと忘れてたふうを装い、ちゃっかり100点を取るような、本当にいやらしい人間だったことは、言いたくないけど言っておかないといけない。

勉強で「天才」と言われることに快感を覚えた私が、思春期に突入していくなかで、恋愛でも「天才」と言われたがるのは、当然の流れだったのかもしれない。「執着せず、努力もせず、感覚的に、しなやかにこなせてしまう」というのを「天才」の定義としたとき、恋愛の天才は、たぶん「魔性」という言葉に置き換えられる。

良くも悪くもなまじっか器用で、男好きだった私は、高校生くらいから「魔性だよね」と言われることが増えてくる。とうていモテる外見とは言えない私がなぜそう言われていたかというと、夜な夜な女性誌で「モテる女はこうする!」「魅惑的な女になる方法」などを読んで勉強していたからであって、実際には魔性だからではない。

今では正直、その具体的なテクニックをほとんど覚えていないのだけれど、たしか「相手の目をじっと見つめて微笑む」とか、「メールの返信は気まぐれに」とか、そんなことだったような気がする。要は、好意をあいまいにして思わせぶりな態度をとりつつ、気まぐれで予測不能であるような感じを演出していく、ということだ。

思い返せば失礼なことだが、当時、何度も好意を伝えてくれる男の人に「なんでそんなに私を好きなの」と聞いたことがあった。彼はしばらく悩んで「いや、自分でも全然わからない。むしろ、わからないところがいいのかも」と言ってくれた。その場では「何それ」なんて、適当に返事をしたけれど、内心とても気持ちが良かったのを覚えている。わからないということが人を惑わせる。後天的に魔性になれたと感じた瞬間だった。

■惑わすより惑わされる楽しさを知る

あれから何年も時が経ち、何度もすてきな恋をして、今では「魔性」と言われることはほとんどなくなった。だけど、べつに良心が痛んで改心したとか、そういう美談ではない。今でも他人からそういう見方をされれば気分がいいし、かつて女性誌などからインストールした「魔性の女」をつい無意識に演じてしまうこともある。

ただ、少し長く生きていろんな人に出会うなかで、天才や魔性だけがカッコいいという価値観は薄れ、自分なりに等身大に物事を学んで、楽しんで、恋をする人の魅力の奥深さを知った。それと、社会で働いてみて、べつに自分は何者にもなれないし、ならなくていいんだな、と良くも悪くも諦めがついたのも大きい。

一番大きかったのは、あのとき「わからないところがいい」と言ってくれた男の人との久しぶりの再会だった。彼は私をまだ好きでいてくれたけれど、私は彼に求められる「魔性の女」でいることを、当時のようには楽しめなくなっていた。相手がどうこうというより、恋をされ、人を惑わす自分でいることにすぐに飽きてしまって、特に進展もなく終わってしまった。

今は、人を惑わすより、人に惑わされるほうが好きだ。「相手の目をじっと見つめて微笑む」とか「メールの返信は気まぐれに」とかより、恥ずかしくて好きな人と目をうまく合わせられなかったり、深夜に連絡を待ってジタバタしたりするほうが圧倒的に楽しい。

どうしても魔性の女になりたかったけれど、なれなかったし、飽きた。そんな自分のダサさを、こうして書けるのがうれしい。きっと今もどこかで魔性の女になりたいと思う女の子たちがいるだろう。私が失敗したからといって、彼女たちに対してやめたほうがいいなんて思わない。恋愛も人生も、先人が失敗したからといって、やめられるようなものではないからだ。

ダサくてもいいから、いろんなことにときめいて、惑いながら、生きていきたい。そうやって執着を手放していった先、もしかしたら、かつてのような小手先のものではない、もっと自然体の魔性の女になれるのではないか、という気もしている。

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