【中編】1日1万円で完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』
第17回「南のシナリオ大賞」を受賞した永合弘乃による、ちょっと奇妙な恋物語を3回にわたってお届けしています。今回は、美玖がいよいよ“完璧な恋人”との完璧なデートを体験します……。
〈まるで、夢のデート。時間を忘れてしまう〉
〈現実に戻れなくなりそう〉
これが『魅惑のタイム・トラベル』に対するネットの評判だった。なかには、ゾクッとするような官能的な口コミもある。
【ご利用料金:1日1万円。完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』】
いつもであれば、さらりとスルーするポップアップ広告。だけどこの日、サイトを訪れてしまったのは、私が恋人に不満を抱えていたからだ。
▷【前編】1日1万円で完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』
◆◆◆
「魅惑のタイム・トラベル」は、古びた雑居ビルの中にあった。階段で3階に登ると、店の入り口には「ようこそ、魅惑のタイム・トラベルへ」と書かれた小さな看板が設置されている。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、機械的な女性の声がした。
「予約したものですが……」
生まれてはじめて訪れる世界。緊張で声が震える私に、女性は「お待ちしておりました。こちらへ」と、またもや機械的な声で奥の部屋へと案内した。
「……なにここ」
部屋に案内された途端、思わず心の声が漏れる。そこは、私が想像していたのとはまったく違う空間だったからだ。
20畳くらいの広い部屋に、オレンジ色の小さな部屋が蜂の巣のように並んでいる。200ほどあるほとんどの部屋で“在室中”のマークが点灯していた。
「お客様は、B28のAでございます。お入りになりましたら、ヘッドホンと……」
「ち、ちょっと待ってください。レンタル彼氏のお店じゃないんですか?これじゃあまるでカプセルホテルじゃない……」
「いえ、当店はレンタル彼氏サービスではございません。私どもが提供しているのは、完璧な『理想の恋人』を提供するサービスでございます」
女性は顔色ひとつ変えず、マニュアルに沿った説明をはじめる。
「お客様の脳を特殊なAI装置で読み取り、お客様だけの『完璧な恋人』をバーチャル上に創造します。ご利用は1日1万円ですが、その後は自動延長となりますのでご注意ください。ご利用中は、機密情報漏洩防止のため、スマホ等の電子機器は受付で預かります」
女性の口から飛び出す単語の半分は意味不明だったが、「完璧な恋人」の言葉に、自分のなかの好奇心がむくむくと湧きあがってゆくのを感じた。
「それでは、ごゆっくり」
女性は深々とおじぎをすると、受付に戻っていく。
おそるおそる案内された部屋に入ると、そこは一見、小綺麗なカプセルホテルだった。だけどホテルと違うのは、大きな電子機器が設置されていることだ。
私はヘッドホンとゴーグルを装着した。すると、目の前に見たことのない夢の光景が広がったのだ。
◆◆◆
場所はおそらく銀座あたり。某アイドルグループそっくりの男性が私に向かってほほえんでいる。
「美玖、今日は美術館に行こう」
彼は私の名を呼ぶと、腰に手をまわし、キスをする。驚くことに、彼の唇の柔らかい感触もしっかりある。
彼は高級車のハンドルを握り、美術館や一般の人が立ち入ることの許されない旧跡、会員制のホテルのラウンジなどに、私をいざなってくれた。
――完璧なデートだわ。
思わずうっとりするような時間が流れた。ディナーを終え、彼が甘い言葉で「僕の部屋に来ない?」と私を誘ったそのとき、どこからか声がした。
「お時間です。延長されますか? 延長は1日につき1万円になりますが」
それは、先ほどの受付の女性の声だった。このクオリティで1万円なら安いもの、私は迷わず延長した。
「かしこまりました。以降は自動延長となりますのでご注意くださいますよう……」
それからというもの、私は完璧な彼とのデートを重ねた。あるときは夜景の綺麗なバー、あるときは彼の甘いささやきに身をゆだねた。
彼の腕に抱かれているとき、何度か現実に引き戻されるように、勇也の声が聞こえた気がしたけれど、気に留めなかった。
だって、私は今、完璧な彼と現実逃避をしているのだから――。
(完結編に続く……)
※次回は2月28日20時に公開予定です。
■「南のシナリオ大賞」受賞作品「perfect Worldへようこそ」
永合弘乃が執筆した第17回「南のシナリオ大賞」受賞作品「perfect Worldへようこそ」が、一般社団法人日本作家協会九州支部のHPにて、オーディオドラマとして公開されています。耳で聴く恋物語もぜひお楽しみください。
<オーディオドラマ>
永合弘乃:作
タイトル:Perfect Worldへようこそ
MP3 [15分47秒 / 14.4MB]
↓ 受賞のお知らせはこちらから ↓
▷「第17回南のシナリオ大賞」は永合弘乃さんが大賞受賞! 登場人物のことをもっと知りたくなる秀逸設定に唸る
https://p-dress.jp/articles/13579
恋愛ライター。LINE記事を得意とし、自立した女性へ向けた恋愛記事を多数執筆。