セックス後に生い立ちを聞くのは、忘れられない女になりたいから
「セックスのあとに昔話を聞くのが好き。生い立ちを知り合うことは確実に関係を密にする」。こう話す雨あがりの少女さんに、ピロートークで生い立ちを聞く楽しさと、そのときに大事にしているお作法について寄稿いただきました。
「子どものころ、どんなところに住んでた? 好きな音とかあった?」
汗の引き始めた恋人の腕をなでながら、そう尋ねる。
私はセックスのあとに生い立ちを聞くのが好きだ。
■彼を深く知りたいから
さんざん体を擦りつけ合って、汚いところも恥ずかしいところも見せ合ったあとの、すべてを許し尽くされたような、まどろみの時間。私はピロートークのひとときを、相手をよく知るボーナスタイムだと思っている。男性はたいがい疲れていて会話を仕切ろうとしないし、油断していて何を聞いてもけっこう答えてくれるからだ。
「そうだなあ、田舎の山奥で生まれたから、冬はひたすら雪が降って静かだった。それが、暖かくなると、屋根に積もった雪が解けて、水が垂れてくる。その雪解けの音が好きだったな」
人は過去でできていると思う。聞いた音、嗅いだ匂い、食べたもの、見たもの、ふれたもの、言われたこと。すべてそれらの痕跡が、いま、穏やかに私の髪をなでる恋人そのものだ。
職業や属性などのプロフィールよりも、雪解けの音を聞いて喜んでいたことのほうがずっと、心の奥のやわらかい部分の痕跡のような気がする。実のところ、内容は何でもよくて、ただ私は丹念なセックスを尽くしてもふれきれなかった、恋人のもっと奥のほうに、ふれたいのだと思う。
■同じ夢を見たいから
「そういえば、実家の近くに、新しく水族館ができたんだ。暖かくなったら、ドライブがてら行ってみない?」と彼が言う。
「いいね、行こう」と返事をする。少し眠たかった。
川から聞こえる雪溶けの音。暖かい季節。いつか行く水族館。
ふたりで同じ情景を同じ文脈で共有すると、このまま同じ夢を見られそうな気がする。裸のままベッドで抱き合い、体温をわかち合っているこの状態でなら、なおのことだ。私はセックスで作りあげたふたりだけの物語に、もう少しだけ、彼を閉じこめていたいのだと思う。
■彼にとって忘れられない女になる
感情というのは、あいまいなものだ。他の感情と入り乱れたり、しばしば錯覚を起こしたりする。
私はピロートークで生い立ちを聞くことで、彼の感じる懐かしさの幾ばくかを、幸福感に変換できたらいいなと思う。そして、できることなら、その幸福感を私への愛に錯覚してもらえたらいいなと思う。
「こんなこと聞かれたの、初めてだ」と彼はよく言う。男性って特に、とりとめのない話を率先して聞いてもらう機会が少ないのかもしれない。
おかげで私は、彼の生い立ちを掘り起こし、受け止めた唯一の女性になれる。それって、私のことを話すことよりずっと、私を忘れられない理由になるんじゃないかなと思う。
■ベッドで生い立ちを聞くときの作法3つ
このあたりで、私がセックスのあと、男性の生い立ちを聞くときに大事にしていることを挙げておきたい。
1.お互いリラックスした状態で聞く
セックスのあとのベッドで、裸のまま体をなでたり、ニコニコしたり、穏やかにキスをしたり、そんな状態が話を聞き出しやすいと思う。相手の体温を感じたり、心臓の音を聞いたりすると体の力が抜けていくのは、多分女性だけじゃなくて、男性も同じ。居酒屋では話さないような、とりとめのないことを話してくれる。
2.「興味のある内容」は聞かない
「元カノとなんで別れたの?」とかは気になったとしても、警戒されるので聞かないようにしている。別にどんな回答が返ってきたってかまわないことを聞くことで、相手も安心してどうでもいいことを教えてくれるから。
本当に聞くべきことがあるなら、ちゃんと然る場所で聞いたほうがいいと思う。ここは真実や言質が介入する場所ではない。
3.匂いや音、光景、感覚を聞く
「部活やってた?」と普通に尋ねると「サッカーやってたよ、ポジションはフォワードで〜」など鉄板エピソードに流れてしまう可能性が高い。こういう話は居酒屋でも聞ける。
ピロートークならではの生い立ちを聞くなら、「通学路はどんな風景だった?」「どの季節が好きだった?」など、情景や感覚を問うほうがいい。記憶のワンシーンを呼び覚ますのは、プロフィールやエピソードよりも、匂いや音、光景や感覚だったりする。
■この時間もすぐに過去になっていくけれど
「もう伝記書けちゃいそう」と私は彼の胸にもぐる。
「いいね、カッコよく書いて」と彼は私の髪をなでる。
「じゃぁ、死ぬまで見ておかないと」と私は小声で言ってみる。
「何それ、新手のプロポーズ?」と彼は笑う。
どこに生まれ、どんな家の間取りで、部屋からはどんな景色が見えて、どんな学校で、どんな遊びをしていたのか、どんな女の子が好きで、どんな恋をしたのか。
初めてのキスの感触、長く文通していた女の子のこと、家から学校までの通学路、親が死んだときの感覚、恩師の言葉、昔の恋人の好きだった本、フラれたときの言葉、聞いていた音楽、学校の委員会、初めて行った美術館、きょうだいの性格、子どものころの夢、ゲーセンで苦労して取ったぬいぐるみ……。
人は過去でできていると思う。
恋人を作ってきた過去と、これから恋人を作っていく今。どちらも私は大切にしたい。くだらないと思われるかもしれないし、話してもらえることも全部が本当ではないかもしれないけれど。それでも、これが私の恋のやり方なのだ。
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