【最終回】1日1万円で完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』
第17回「南のシナリオ大賞」を受賞した永合弘乃による、ちょっと奇妙な恋物語を3回にわたってお届けしています。今回は、最終話。夢にまでみた完璧なデートを重ねた美玖の行く末はいかに……。
〈まるで、夢のデート。時間を忘れてしまう〉
〈現実に戻れなくなりそう〉
これが『魅惑のタイム・トラベル』に対するネットの評判だった。なかには、ゾクッとするような官能的な口コミもある。
【ご利用料金:1日1万円。完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』】
いつもであれば、さらりとスルーするポップアップ広告。だけどこの日、サイトを訪れてしまったのは、私が恋人に不満を抱えていたからだ。
↓ 前回までのお話はこちらから ↓
▷「【前編】1日1万円で完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』」
▷「【中編】1日1万円で完璧な恋人をご提供します『魅惑のタイム・トラベル』」
◆◆◆
――最終回――
それから、3時間くらい経っただろうか。
夢のなかで完璧な恋人と何度目かの春を越したとき、次第に私は完璧な毎日が退屈だと感じるようになっていた。
コーヒーの香りで目が覚める朝も、夜景を見ながらワインで乾杯する夜も、恐ろしいくらい完璧に家事をこなす美しい彼も、慣れてしまえば“当たり前”に思えてきてしまう。
そんなとき、脳裏に浮かぶのは、勇也の姿だった。
「すっかり長居しちゃった。そろそろ現実に戻らなくちゃ」
何度も引き留めてくる彼に別れを告げ、私はヘッドホンとゴーグルを外した。
ゆっくりと目を開けると、受付の女性が、私の顔をのぞき込んでいる。
「おかえりなさいませ、お客様。『魅惑のタイム・トラベル』はいかがでしたか?」
「最高だったわ」
「それは、よかったです。料金はすでにクレジットカードから引き落とされていますので、そのままご帰宅ください」
「ありがとう」
女性からスマホを受け取り、ゆっくり起き上がろうとすると、左腕にチクリとした痛みを感じた。目をやると、私の腕は、点滴につながれている。
「えっ? これは……?」
「あぁ、ご心配なさらず。今外しますから」
女性は慣れた手つきで注射針を外すと、入店したときと同じように、深くお辞儀をした。
「この度は『魅惑のタイム・トラベル』をご利用くださり、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております」
◆◆◆
お店を出ると、照り付ける日差しに思わず目を細めた。しばらくしてから、スマホ電源をオンにする。
ロック画面の日付は、8月12日9時。
11日の昼に入店してから、どうやら翌日の朝までお店にいたようだ。
スマホには、大量のメッセージと着信が入っていて、ほとんどが勇也からだった。1日留守にしたくらいで大げさな……と思ったが、少しだけ嬉しかった。
電車に乗り込むと、真夏だというのに、なぜか乗客全員がマスクをしていた。そして、私を怪訝な顔で見つめてくる。異様な光景に不気味さを覚えながら、勇也の待つマンションへと急いだ。
「今日は勇也を驚かそうっと」
途中、お気に入りのケーキ屋に立ち寄り、ショートケーキをふたつ購入する。
「あの……すみません、お客様。クレジットカードが使えないようです」
「え? そんなはずはないと思うけど」
初めて見る新人店員の手際の悪さに苛立ちながら、現金で支払いを済ませると、私はマンションへと向かった。しかし、一向に玄関の扉は開かない。
「おかしいな……」
勇也に何度も電話したが、電話口からは「お使いになった電話番号は……」の無機質な自動音声が流れるだけだった。
――もしかして、勇也になにかあった?
とたんに不安になった。私はエントランスを飛び出すと、勇也が行きそうな場所へと向かった。スーパー、コンビニ、パチンコ屋。
だけど、勇也の姿はどこにもなかった。最後に、勇也とよく並んだタピオカ屋へと向かう。しかし、そこは無人化されたコンビニになっていた。
「なんで……。昨日つぶれたの?」
呆然と立ち尽くしていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえる。
「美玖……?」
ふりかえると、そこにはスーツ姿の勇也が立っていた。
「勇也! あぁ……よかった。何かあったのかと思った。ほら、ケーキ買ってきたから食べよう。ってか、スーツ着て、もしかして就活やる気になった?」
私の言葉に、勇也はその場に呆然と立ち尽くしたまま、しばらく黙っていた。
「……どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフ。美玖、元気だったんだね、良かった」
「元気だよ。ごめんね、家空けちゃって。少し遠出してて。勇也は何やってたの?」
「……仕事に向かうところ」
「昨日のうちに仕事決まったんだ!」
「いや、もう3年目になる。一昨年結婚したよ。子どももいる。……じゃあね」
「え? 3年? 勇也。ちょっと待ってよ!」
――結婚? 子ども……?
状況を読み込めないまま、私はその場に立ち尽くしていた。そのとき、スマホが光った。毎朝10時に届く、最新ニュースの知らせだ。
【令和3年8月12日:今日の最新ニュース】
「……レイワって、なに?」
Fin.『魅惑のタイム・トラベル』
著:永合弘乃
■「南のシナリオ大賞」受賞作品「perfect Worldへようこそ」
永合弘乃が執筆した第17回「南のシナリオ大賞」受賞作品「perfect Worldへようこそ」が、一般社団法人日本作家協会九州支部のHPにて、オーディオドラマとして公開されています。耳で聴く恋物語もぜひお楽しみください。
<オーディオドラマ>
永合弘乃:作
タイトル:Perfect Worldへようこそ
MP3 [15分47秒 / 14.4MB]
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▷「第17回南のシナリオ大賞」は永合弘乃さんが大賞受賞! 登場人物のことをもっと知りたくなる秀逸設定に唸る
https://p-dress.jp/articles/13579
恋愛ライター。LINE記事を得意とし、自立した女性へ向けた恋愛記事を多数執筆。