僕が携帯電話を持たない理由
大人になると友達を作るのが難しい……。そんな悩みを抱える人は少なくないようです。そもそも友達とは何なのか? 友達を作りたいとき、どう作るのか? 渋谷でbar bossaを経営する林伸次さんに「友達と孤独」をテーマに寄稿いただきました。
「1年生になったら、友達100人できるかな」っていう歌、覚えていますか?
あの歌って、「君たちはこれから学校っていう場所に入るんだよ。そこは今までのような近所の同じような環境の子どもたちだけではなくて、お金持ちの子ども、商売をやっている家庭の子ども、農業をやっている家庭の子ども、とにかく君たちが知らない、いろんな子どもたちがたくさんいる場所なんだ。だからその子どもたちとも仲良くしなきゃダメだよ」っていうメッセージの歌なんだと思うんです。
■友達は多いほうが多い、という呪縛。でも確かに友達は多い方がいい
もちろんそのメッセージは「ごもっとも」ですが、あの歌のおかげで「友達はとにかくたくさんいる方がいい」という呪縛をみんな刷り込まれたはずです。
今、「呪縛」なんて言葉を使いましたが、でもやっぱり友達、多い方がいいですよね。
友達が多いと、何か困ったとき、例えば子どもがよくわからない病気にかかったとして、Facebookでその件について投稿して、「詳しい人がいたら教えてください」と書いておけば、いろんな情報が入ってきます。
同様に、何かの契約、あるいは事故といったことも、相談できる人が多ければ多いほど、いろんなトラブルを回避できます。
他にも、忘年会や新年会、BBQパーティ、お花見、ライブ、各種イベント、異業種交流会など、とにかくたくさんの人が集まるところに呼ばれることって「ビジネスのチャンス」や「自分が今まで知らなかった世界の人との出会い」といった、人生を豊かにする出会いがあります。
そうですね。どう考えても友達は多い方が人生が豊かになることは、間違いないと思います。
■経営するバーに、20年間立ち続けて
ところで、僕、渋谷でバーを経営していまして、毎日たったひとりで、今日初めて出会った人たちにも、お酒を提供しているんですね。
だいたい1カ月に500人くらい来店していただいて、年間6000人、今まで20年間営業しているので、12万人です。
もちろん常連の方、リピーターの方もたくさんいらっしゃるので、のべ数で12万人になりますが、まあ12万回「いらっしゃいませ」って言って、「お飲物はどうされますか?」とか、お客様によっては「そうですか。今日はお誕生日なんですか。おめでとうございます」みたいに会話をしてきたんです。
すごく多いですよね。上の「小学校に上がったとき」以上に、とにかくいろんな方がたくさんいらっしゃるんです。
芸能人や大企業の社長、議員、作家、ミュージシャン、もちろん普通にお勤めの方、フリーのデザイナー、ライター、カメラマン、外国人、東京の渋谷のバーという場所柄、とにかくいろんな方が来店していただけます。
そしてその方たちが、ほぼ全員、酔っぱらっているんですね。酔っぱらっていないのは僕だけなんです。
あなたは酔っぱらっているとき、バーのマスターとどんな関係性を持ちますか?
すごく親しく接しますよね。「マスター、何か美味しいお酒お願い!」って感じになりますよね。友達みたいになりますよね。
僕はバーテンダーなので、お客様には「まるで自分の家のようにリラックスした気持ちになってもらおう」と、すごく楽しい関係性に持ち込むんです。
お客様に「ああ、今日は楽しかった。あのマスター、お調子者だけど楽しいなあ。いいお店だなあ。また来たいなあ」って帰るときに思わせたいわけです。
■笑顔が偽物になりそうなときがある
そんな仕事を20年間ずっと、続けてきたんですね。
すると、僕の笑顔が変になってくるんです。飛び込み営業ばっかりやっている人で、なんか笑顔が過剰で変な人っていますよね。あんな感じになるんです。
bar bossaのお客様って、すごく品がいいですよね。同業者からそう言われることが多いです。いいお客様に恵まれているなあって毎日思うのですが、でも正直、毎月500人の方に「お飲物はどうされますか?」って笑顔で言ってると笑顔が変になるんです。
そしてそれをずっとずっと続けていると、心がすり減っていくんです。
「心がすり減る」って変な表現ですよね。でもほんと、お客様に見せている笑顔が、本物の笑顔じゃなくなってくるんです。
「うわあ、おめでとうございます!」っていう言葉を3日に1回言ってると、言葉が空回りしてくるんです。
開店して3〜4年したあたりで、そのことに気がつきまして、「お客様とは一切プライベートなお付き合いはしない」とか、「休日は妻と娘とだけで過ごす」とか、「携帯電話は持たない」といったことを決めました。
■仕事で人とつながりすぎて疲れるなら、孤独な時間が癒やしになる
携帯電話がないとLINEなどのメッセージアプリでつながれないし、SNSも朝の30分と夜、自宅に帰ってきてからの30分でチェックするだけなので、「誰かと濃密につながっている」という関係性にはなりません。
休日はPCもほとんど開けません。
そしてたまに妻が実家に帰っているときは、朝から夜まで誰とも喋らないで、本を読んだり、レコードを聴いたりして、孤独を楽しみます。
そして、毎日、何かひとつのテーマの文章を書いて、noteにアップするという作業をして、「今の自分はどういうことをしたいのか」とか「今、自分はどこに向かっているのか」といったことを確認しています。
こういう文章を毎日書くことによって、自分と対話することによって、「孤独」を感じて、そしてまた現場である、お客様が全員酔っぱらっているバーという場所に立って、「いらっしゃいませ」と平常心で言える「強い心」を保っています。
営業をしている方、毎日誰かに頭を下げている方、ずっとSNSに張り付きっぱなしで、ずっと「いいね!」の数を気にしている方、心がすり減ってきていませんか? 笑顔が空回りしていませんか?
時にはすべてをオフにして、孤独を楽しむのも必要ですよ。
Text/林伸次
1969年生まれ、徳島県出身。1997年、渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」をオープン。「cakes」で「ワイングラスのむこう側」を連載中。著書に『ちょっと困っている貴女へ バーのマスターからの47の返信』などがある。noteでも毎日コラムを発信している。
https://cakes.mu/series/1546
https://note.mu/bar_bossa
2018年1月17日公開
2019年5月8日更新
1969年生まれ、徳島県出身。渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。