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「自分に似合うものを知っているんですね」

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わたしは、ほとんどいつも同じような格好をしている。そうなったきっかけは、ある女性との出会いだった――。思い入れのある服を“ドレス”と名付け、その服にまつわるエピソードを綴るリレーエッセイ「私のドレス」。第6回は、小説家 土門蘭さんのドレス。

「自分に似合うものを知っているんですね」

同じセーターを、3枚持っている。

MORRIS & SONSの、継ぎ目も模様もないシンプルな丸襟の羊毛セーターだ。色はブラック、ライトグレー、ブラウンと3色揃えている。他にグリーンやイエローもあって、そちらもいつか買うかもしれない。

このセーターは軽くてあたたかく、やわらかくゆったりしていて着心地が良い。とても気に入っていて、ここ数年の冬はほとんどこれを着回していた。数回着るとクリーニングへ出すのだけど、いつもふわふわになって返ってくるのがうれしく、またそれを何度も着る。今持っているものは少し袖口が傷んできたので、来年あたりには新しい一枚を買いたいなと思っている。

30歳を過ぎたあたりから、気に入ったら同じものをいくつも買うようになった。お金があるというわけではなく、むしろ大事なお金だからこそ気に入った「同じもの」に使うようにしている。

シャツもパンツもスカートも、かばんも靴も下着も、色違いで同じものをいくつか持っている。未開封でスタンバッている「同じもの」もある。当然のことながら、結果的にクローゼットの中は同じアイテムだらけになる。だからわたしは、ほとんどいつも同じような格好をしている。

わたしがそういうふうになったきっかけは、仕事で知り合った年上の女性との出会いだった。初対面の瞬間、目が奪われたのを覚えている。と言って、彼女がなにか変わった格好をしていたというわけではない。むしろベーシックであまり目立たない格好で、だから自分がそんな彼女に惹かれたのが不思議だった。

彼女はざっくりとアイロンをあてた白色のシャツを着て、柔らかそうな紺色のウールパンツを穿いていた。心持ちゆったりとしたデザインで、着心地が良さそうだ。もう何度も着たのだろうけれど、質が良いのかくたびれたふうではなく、服自体がくつろいだようになじんでいる。靴は黒い革のスニーカーで、年季が入っているがきれいに磨かれ、同じように足元になじんでいた。
髪型は清潔なショートカット、耳にはシンプルなシルバーのピアスが光っていて、装飾はそれだけ。

近寄って話すときに少しだけジンジャーっぽい良い匂いがして、その香りがした瞬間、「きれいな人だな」と思った。多分、恋に少し似たものに落ちたのだと思う。

でもそれと同時に、どうして自分が彼女を「素敵」だと思ったのかが知りたくなった。

失礼なことを言うようだが、彼女はものすごい美人だというわけでもないし、スタイルが抜群なわけでもない。若作りなんて一切興味なさそうで、化粧も装飾も最小限におさえていた。そういうことを一つひとつ検証した上で、もう一度考えた結果、やっぱり彼女は「きれいな人」なのだった。

彼女は自分が心地よくいられるあり方を知っている。他の人にどう見られるかよりも、まず自分が気持ち良くリラックスしていられる方法、そして自分をそうさせてくれる物を見出し、それらを大切にする術を知っている。

彼女から感じられるのは、まず自分への敬意と、そして自分が選んだ所有物への敬意だった。自分と自分の身の周りのものを丁寧に扱っている。そうして大切にされてきた、愛されてきた感じが、満ち足りた空気となって彼女を包んでいた。

「こういう人をきれいな人と言うんだな」
そして、そうする努力のことを「おしゃれ」というのかもしれない。そんなことを考えながら、わたしは彼女が選び大切に管理している、彼女の数少ない所有物を眺める。

30歳を過ぎたばかりのころのわたしは、彼女と出会ってひとつの答えを発見した気持ちになった。その答えにほっとし、背筋が伸びる。わたしもこういう人になりたい。わたしも自分を、そして自分が選んだものを大事にしたい。

20代までは、わたしのクローゼットの中はしっちゃかめっちゃかだった。

流行も取り入れて、新作もチェックして、バリエーションも増やしていきたい。本当はボーイッシュな格好が好きだけど、時にはフェミニンな格好もできるようにしておくべきだろう。もちろんスタンダードアイテムも押さえておかないといけないし、かばんや靴なんかは高くて良いものを使うべきだと聞く。「オフィス」や「パーティー」など、きちんとしたコーデもできるようになっておかないといけない。そういうふうに、いろんなことに対応できるのが「おしゃれ」だと思っていた。

だから、雑誌をめくれば買わなくちゃいけないものでいっぱいだ。買い物に行くときには、「同じもの」「似たようなもの」を買うことを禁じ、持っていないものを埋めるような買い方をしていた。

そういう買い方をしていると、クローゼットは服でいっぱいのはずなのに、いつまで経っても自分が不足だらけの人間のように思え、着るものがないように思えてくる。買っても買っても満たされなくて、それがとても苦痛だった。

彼女と出会ったときに、そうじゃなくていいんだと直感的にわかった。だからわたしはほっとした。もう無理しなくていいんだと思って。時代やシチュエーションや周りの目線ではなく、自分の気持ちだけに焦点を合わせればいい。

次に会ったときも、その次に会ったときも、彼女は同じようなシャツを着て(まったく同じものももちろん着ていた)、同じようなパンツを穿いていた。靴はたまに違うのも見たけど、ほとんど黒のスニーカー。そして、耳にはやっぱりシルバーのピアス。
「○○さんって、おしゃれですね」
わたしが言うと、彼女はちょっと照れくさそうに笑った。
「同じものばっかり着てしまうんです。すごく気に入ってるから」
そう言ってもらえている洋服たちは、彼女に着られてなんだか誇らしそうだった。

わたしが着たい服って何だろう?
彼女と出会って、そんなことを考えるようになった。足りないものを補うことばかりしていた20代の頃には、考えもしなかったことだ。でも、一度ちゃんと考えると答えはかなりはっきりしていた。

シンプルなもの、手触りが良いもの、着ていてリラックスできるもの。
え、それだけだったんだ? と思う。あんなにごちゃごちゃと考えていたのに、わたしが服に求めているのはこれだけだった。なあんだ、と思った。肩から力が脱けて、またほっとした。大切なものなんてちょっとしかないんだ。ただそれが何かわからなかったから、わたしはずっと不安だったんだ。

その答えを手に入れてはじめて買ったのが、先述したMORRIS & SONSのセーターだ。

シンプルで、手触りがよくて、着ているとリラックスできる。つくりも軟弱ではないから、気兼ねなく洗えるだろう。その服を着ているわたしは、なんとなく満ち足りているように見えた。

試着室で着たそのセーターに、わたしは「もう、これで十分だ」と思った。買い物をしていてそんなことを思ったのは、そのときが初めてだったかもしれない。

それからわたしの買い物の仕方は変わった。

まず、本当に気に入ったものしか買わなくなった。「こういうのは持ってないから」とか「必要かもしれないから」などと、自分の気持ち以外の都合で服を手に入れなくなった。するとわかってくるのが、世の中には「本当に気に入ったもの」なんてそうそうないのだということだ。それからは、本当に気に入ったら同じものを2着買うようになった。同じお金で2番目に気に入ったものを買うよりも、一番気に入ったものを2枚買うほうが、自分にとって効率も満足度も高いことに気がついたのだった。

こうしてわたしは、彼女の言う「同じものばっかり着てしまう」人になった。

先日、久しぶりに彼女と仕事で一緒になったとき、やっぱり白シャツに紺色のパンツを穿いていた。耳にはシルバーではなくゴールドのピアスがついていて、足元は黒の革ではなく茶色いスウェードの靴だったけれど、以前と同じような格好の彼女にまた再会できて、わたしは内心とても喜んでいた。

何日間か取材で同行することが続いた最終日、帰り際に彼女が近寄ってきて、
「前から思っていたけど、いつも着ているこのセーターいいですね」
と褒めてくれた。すっと軽く袖のあたりを撫で、「手触りが気持ちいい」と微笑む。
わたしは自分が憧れている人にそんなことを言われてびっくりして、
「同じものばっかり着てしまうんです。気に入るとずっと着てしまって」
と、なぜか言い訳をした。その瞬間、「あっ」と思う。あのときの彼女と同じことを言っている。

彼女は一瞬目を丸くしたようだったが、すぐにうなずいて笑った。
「素敵だと思います。土門さんは、自分に似合うものを知っているんですね」

そう言ってもらえたわたしのセーターは、やっぱりなんだか誇らしそうだった。


Title design/メイメイ(@iimeimeii

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#4 すべての服がすこしずつ大きいこの世界を、1日でも多く好きでいたい(生湯葉シホ)

#5 あなたがどこに行こうと、私はここで光っているから(雨あがりの少女)

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土門 蘭

1985年広島生。京都在住。小説・短歌等の文芸作品を執筆する傍ら、インタビュー記事のライティングやコピーライティングなどを行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(京都文鳥社、共著)、ルポ『経営者の孤独。』...

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