ワンピースの女王

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「ワンピースは着る盾、着るたいまつ、着る花びら、着る風、着る塔」と、ワンピースの女王は言う――。思い入れのある服を“ドレス”と名付け、その服にまつわるエピソードを綴るリレーエッセイ「私のドレス」。第7回は、くどうれいんさんのドレス。

ワンピースの女王

「ワンピースに決まってるでしょ」

祝賀会のために着るものがない、と告げると母はそう言った。わたしには年に3回ほど、ホテルの大きな宴会場で行われる式典に出る用事があった。ひとつは、高校時代にもらった随筆賞の祝賀会(大賞を取ると殿堂入りとなってその後毎年呼ばれるのだ)。もうふたつは、俳句結社の集まり。わたしは18歳の大学1年生だった。いままでは何に出るにも制服で間に合ったが、これからは着るものを自分で考えないといけない。私服ならまだしも、パーティーに出るための洋服を選ぶことはとても難しかったし、わたしにはお金がなかった。

そんなあんたにこそぴったりなのがワンピースではないか! と母は息巻いた。わたしと同じく背が低く、脚の太い母はお嬢さん時代本当はモードな服を着たかったのだという。いろいろ試した結果、ワンピースが最もお嬢さん扱いしてもらえて上品な気持ちになったらしい。

お嬢さんに見えるように、と母はよく言う。それは背が低く顔が童顔でいまいち垢抜けない娘への叱咤激励であり、若い頃相当貧乏だった母の「育ちがよさそうに見えてほしい」という切実なる子孫への希望かもしれない。わたしもわたしで「お嬢さん」になることを望んでいた。

ディズニープリンセスがきらいでむっくりと太っていて、目つきの悪い小学生中学生時代を送っていたが、本当は『ちびまる子ちゃん』の城ヶ崎さんや笹山さんにあこがれていた。アイスクリームのうたに出てくるおとぎ話の王女や、こまったさんが大慌てしながら走り回るときにひらひらとするドレスに溜息が出た。

母に「お嬢さんに見えるように」と言われるせいですべてのかわいらしいものに反抗心が芽生えて、ショートカットでデカい眼鏡をかけてだぼだぼのパンツを履き、原色のゴツいスニーカーを履いてヘッドフォンをしていたような時代もあったが、18歳になり、大学でかわいい同級生たちを見て相当焦っていた。お嬢さんになるために、良いワンピースを買うのは悪くないかもしれない、と思った。

母の言うワンピース購入の極意は3つだった

1 パッと目立つ色のもの
2 試着を必ずする
3 三回迷う

「これだ! と思うやつが絶対あるから」と母は言った。グッドラックという顔だった。

ひとり暮らしの仙台へ帰り、ファッションビル4つをぐるぐる回った。フォーマルやパーティーものは大抵お店の奥の方、レジの近くや試着室の近くに設けられていることが多い。わたしは次から次へとワンピースドレスのコーナーでハンガーをかき分けた。ノー、ノー、ノー。これだ! と思うようなワンピースに出会うのは相当難しいことだと思い知った。

そもそもパッとする色のものがなかなか売っていない。たいていがくすみカラーか、すこしきつめの紫や紅(赤ではなく、紅というかんじの色)だ。そして、謎のレースや謎の石がついているものが多い。にせものの宝石やにせものの真珠が縫い込まれているワンピースを、なぜだかわたしはことごとく嫌いだった。ノー、ノー、ノー。かき分けるワンピースに、どれも「こういうの着る人いっぱいいるんだろうな」と思ってしまう。色がだめ、生地が安っぽい、レースが安っぽい、これは少しいいかも……8万円! だめだ。背中が開きすぎ、裾が長すぎ、柄が派手すぎる、紺色だし普通すぎるけどこれならこれで……サイズがない。

これもちがう、これもちがう、これもちがう! どうして「普通の」ワンピースがないの! 15店舗ほどハンガーの中を泳いだところでへとへとになって地下へ降りて果物屋さんで生のレモンジュースを吸いながら、ベンチに座って考えた。

そもそもわたしのワンピース観が絵本に由来しすぎているのではないか。

パッとした単色で、首元が開きすぎない、にせものの真珠や宝石はいらない、安っぽいレースもいらない、艶めかしくないはりのある生地、胸の下からふわっと広がるAライン、袖はポンッ! とパフスリーブになっている。そんなワンピース、絵本にしか存在しないのではなかろうか。思い描こうとするワンピース像は、8歳くらいの女の子が書くお姫様の絵のそれである。

周りのかわいい同級生たちを“量産型女子大生”などと小馬鹿にしているが、量産型なのではなく単純に流行りのもので、わたしが流行りに乗れていないだけなのだと薄々わかっている。「普通の」ワンピースと言っておきながら、世間の普通のワンピースにノー! と叫ぶわたしは一体何者なのか。

「どのワンピースにもね、覇気がないのよ」と声が聞こえる。ワンピースを探しつづけているうちに、いつの間にかわたしの頭の中に女王が鎮座している。「ワンピースは着る盾、着るたいまつ、着る花びら、着る風、着る塔よ。どれもつまんないワンピースばっかり、覇気がないのよ」

「女王様、お言葉ですが」
「なによ芋っこ娘」
「覇気があるワンピースもあるにはあるのですが、高いんです」
「働きなさい!」

女王はすっかりご立腹で、わたしはもう歩き疲れてしまった。やはり普通のやつを何かひとつ買おう。ふつうの、結婚式の2次会で着るような、1万円前後の、なんか、レースとかの……。でもそれももうネットの通販とかでいい、きょうは帰ろう。歩き疲れたフロアの角の店の奥にふと目をやると、とてもきれいな深緑の生地が見えた。ちょうど、店員のお姉さんがマネキンにそれを着せようとしているところだった。

「あ」
「これだ!」

女王が絶叫した。すぐに試着をする。深緑のワンピースは上品に首元が丸く切り取られている。生地にはりがあり、でらでらと光りすぎない程度につやがある。胸元で切り返すAラインは絵本のようにきれいに広がり、ぽんっ! と膨らむ袖には同じ深緑のリボンがあしらわれていた。むくむくと自尊心が育っていく感じがした。「これよ、覇気ってのは」と女王が言う。値段は1万8千円。買いだ。わたしは忠実に守ろうとした母のワンピースの極意の「3回迷う」をあっさり破った。

はじめて自分で選んで買ったワンピースで出た祝賀会で、わたしはすこぶる可愛がられた。「上品だ」「賢く見える」「お姫様のようだ」とほめてくださるのはみな70歳を過ぎた人たちだった。「昔はこういうワンピースが多かったのに、最近はね」と口々に言われ、わたしの中にいるワンピースの女王は高齢女性である可能性があるな、と思った。

そしてなによりも、「緑のワンピースの子」と呼ばれるのはとてもうれしい。わたしは「ワンピースの子」と呼ばれるために、これからもなるべくワンピースを着ようと決め、それから年に3着はワンピースを買った。1着は生地にはりのある式典用のもの、もう1着は百貨店に買い物に行くときに着るような「きちんとした私服」用、もう1着はいつでもすぐにコンビニに出られるようなシンプルなもの。クローゼットのなかのワンピースコーナーは年々増えて、眺めるたびににんまりとする。友人からワンピースの相談を受けることが増えた。誰かがワンピースのことを考えたとき、一緒にわたしのことを思い浮かべてくれる日が来たなんて!

ある日、テレビに出ている商店街の魚屋さんのおじさんが「ハッと哲学」という持論を提唱していた。「何においてもハッとしないとだめなんだよ、恋でも仕事でも、ハッとしないと結ばれねえ」。まさにわたしがワンピースを好きなのは、ハッとするからだと思った。購入を決めるときにハッとして、願わくばそれを着るわたしに誰かがハッとしてくれたらうれしい。

着る盾、着るたいまつ、着る花びら、着る風、着る塔。ワンピースを着て、わたしは立つ。

Title design/メイメイ(@iimeimeii

『私のドレス』のバックナンバー

#1 ファッションジプシーを卒業した日(チャイ子ちゃん)

#2 “ママじゃない私”を守るためのMame Kurogouchi(小沢あや)

#3 今日もおめかしをして、我が推しに会いに行く(岡田育)

#4 すべての服がすこしずつ大きいこの世界を、1日でも多く好きでいたい(生湯葉シホ)

#5 あなたがどこに行こうと、私はここで光っているから(雨あがりの少女)

#6 「自分に似合うものを知っているんですね」(土門蘭)

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くどう れいん

岩手県出身在住。会社員をしながら随筆や短歌や俳句を書いています。
著書:『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』

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