ぼくだからできる2つの「最後の仕事」【前を向いて生きるということ #9】
30代半ばの働き盛りのときに、胆管がん(ステージ4)の宣告を受けた西口洋平さん。仕事と家庭を大事にしながら、自身と同じ「子どもを持つがん患者」をサポートするWebサービス「キャンサーペアレンツ」を立ち上げました。「今、できること」と向き合い、行動する西口さんの不定期連載をお届けします。今回は第9回です。
セカンドオピニオンを実施し、生存率の低さを認識し、奇跡という言葉を聞き、そして自分は今ここで生きている。何も変わらない日常を取り戻したと思っていて、ときに幻想の世界から一気に現実に引き戻される感じがあった。ぼくの中にはがん細胞がある。けっこう厄介ながん細胞がある。手術ができないがん細胞がある。抑えることしかできないがん細胞がある。悪さをすれば3ヶ月というがん細胞がある。そう、ぼくの中には、がん細胞がある。まぎれもない事実があった。
長くはない。このときに強烈に感じたことだ。そこから考えたのは、明日死ぬとしたら、今日はどんな仕事をするのか? ということだった。もちろん、今日元気な自分が、病気によって明日死ぬことはないのだが、それを問われていると感じたぼくは「最後の仕事」について考えはじめた。
■ぼくにしかできない、最後の仕事
当時のぼくは急きょ入院し、手術し、長期にわたって休暇をくれた会社に復帰させてもらい、週1回の通院治療にも行かせてもらい、職場からの理解もあり、働く環境としては本当にありがたいものだった。そんな環境があるにも関わらず、「最後の仕事」を考えたとき、疑問が浮かんだ。はたして、これが最後の仕事であっていいのか。本当にやりたいことはなんなのか。
キャンサーペアレンツの活動に時間を使いたい。ユーザーのがん患者の方が何に悩んでいることを聞いて、とにかく良くしていきたい。サービスや社会、制度など、いろいろあるけれど、とにかく良くしたいと思った。ぼくだからこそできること。それは、当事者として当事者の先頭に立って、みんなの意見を聞き、代弁し、とにかく良くしていくことだと思った。それしかないと思った。この活動途中に、もし病に倒れたとしても、うまくいくまでは死にたくはないけれど、納得はできるかもしれないと思った。まあ、できるはずはないけれど。
■15年育ててくれた会社に恩返しもしたい
そんなことを考えながら、もう一つの想いにもぶち当たる。それは、お世話になった会社のこと。右も左もわからない新卒社員の頃から面倒を見てもらい、今に至るまでの15年間。文句も言ったし、やるせないこともあったし、悲しいこともあったし、楽しいこともあったし、悔しいこともあった。ぼくの社会人としての時間は、この会社とともにあった。キャンサーペアレンツという、ぼくの本当にやりたいことが見つかったことで、はいサヨナラと言えるだろうか。そうしてやった仕事が、本当に「最後の仕事」と言えるだろうか。
ぼくの中では2つの「最後の仕事」は決まっていたが、家族や上司に相談した。もちろん、会社(新卒で入った会社の子会社)を辞めようと考えていたので、生活費や治療費はどうするのか? という不安は出てきた。また、会社に対して何か恩返しをしたいという気持ちもあったものの、そんなことをさせてもらえるのか、そんな仕事があるのか、そもそも週2~3日のように、キャンサーペアレンツに活動の軸を移しながら働く、ということを会社は理解してくれるのか。
■やりたいことと恩返し――今向き合う2つの仕事
5月上旬のセカンドオピニオン。考えを巡らせて迎えた5月末のある日。ぼくは社長に話をした。2つの最後の仕事がしたいということを伝えた。キャンサーペアレンツの活動と、お世話になった会社への恩返し。なんの躊躇もなくOKだった。あっけないほどに。社長は、すぐに人事と調整し、制度上どのような形で進めたらよいのかを確認してくれた。
ある意味、ぼくのわがままである。ぼくのやりたいことである。それを理解してくれた、家族や会社のためにも、最後の仕事で成果を出さないといけない。というか、何も気にせず思い切ってできる。思い切ってやるしかない。ぼくの中には、相変わらずがん細胞はあるが、大きなチャレンジができることにワクワクがある。がんであろうがなんであろうが、ワクワクできるんだ。2016年6月末で子会社を退職し、7月から親会社での恩返しと、本格的にキャンサーペアレンツの活動を開始させた。
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(つづく)
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