みんな邪魔/幻冬舎/真梨幸子
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読書にハマるひとびとの多くは没入スキルが高いのだとか……。連載「TheBookNook」Vol.15では、よりスムーズに没入体験へと促してくれる作品をピックアップしていただきました。すきま時間でも、即、没入できる作品ばかりなので、いそがしさのためになかなか読書の時間を取れない方にもおすすめの三作になっています!
文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹
読書の楽しみのひとつは現実世界を忘れて本の世界に没入できることです。普段は仕事や家事で夜更かしもままならない毎日を送っている現代人だからこそ、たまのお休みには、活字の世界に深く没入したいとは思いませんか?
そう、つまり、“本を読んでいる私”として物語を楽しむのではなく、私という人間を忘れて登場人物に成り代わり、物語を登場人物の視点で楽しむということです。これが難しいように思えて、一度ハマると抜け出せなくなります。没入しながらの読書体験は、底なし沼なのです。
写真はイメージです。
今回は、そんな時間を忘れさせてくれる、どころか、寝食さえも忘れて夢中になれる没入感たっぷりの作品をご紹介させていただきます。次の休日、きっとあなたも本を片手にお家に引きこもりたくなるはずです。
昔の少女漫画のファンクラブ幹部6人が集う“青い6人会”。お互いをハンドルネームで呼び合う奇妙な集まりの中で起こった連続殺人事件。疑いが疑いを呼び、6人それぞれの抱えている闇があふれ出します。
先にお伝えしておきます。登場人物は皆“平凡な人間”ですが、“まともな人”はひとりもいません。ヒロインを夢見る女性たちとグロテスクな現実との落差がじわじわと心を苦しめてきます。文章の間から人間の嫌な部分がプンプンと匂う何とも言えない薄気味悪さが癖になり、怖いもの見たさにページを捲る手が止まらなくなります。
最後、“これで終わり?”と何となく呆気なさと中途半端さを覚えた後に、疑問に残っていた部分を思い返すと点と点が繋がります。誰にも共感できないはずなのに、断片的にみると他人事のように思えず、私は大丈夫……? 本当に? と自分を顧み、ゾッとしました。どうか心が元気なときに、“自分を棚に上げて”読んでみてください。単なるイヤミス(※2)を越えた作品です。
※1……文庫化の際に『みんな邪魔』に改題
※2……イヤミス:読後に嫌な気分になるミステリーの略語
砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められ、あらゆる方法で脱出を試みる男の物語。この作品は世界20数カ国後に翻訳紹介された言わずと知れた名作です。
安部公房の圧倒的な描写力が相まって、読者自身も砂の中に閉じ込められているかのような没入感を味わえます。というか、描かれた砂の感触や匂いの描写が秀逸すぎて、読んでいるだけで体に砂が纏わりつくような、口の中がザラザラしているような不快感まであるのです。
極限状態に置かれた男の心情の移り変わりが恐ろしくホラーで、文章から伝わる湿気と渇きで息が詰まりそうにもなりますが、読後には、これが真理なのかもしれない……と納得せざるを得ない状況に読者も立たされます。気がついたときにはもうどう足掻いても抜け出せなくなっているほど恐ろしい引力のある、まるで蟻地獄のような、この不条理で閉鎖的で変態的な世界観が私は堪らなく好きでした。
「砂の家」でも「砂の男」でもなく、“砂の女”というタイトルに静かな怖さも感じます。後味は悪くも面白い不思議な作品です。
あらすじからは予測できない、しっかりと作り込まれたタイムリープ系ファンタジー。ヘンテコ鼓笛隊が街を蹂躙したり、本が意思を持って空を舞ったり、象の鼻が物差しになったり。そんな意表を突く奇妙な“異世界”に苦しむ人々を救うために立ち上がった主人公。
三崎ワールド全開の“世にないもの”の設定力や、それらを縦横に活躍させるプロット、この滅茶苦茶な世界をひとつの矛盾もなく描く筆力に改めて感心しました。ジブリアニメのような個性豊かな登場人物達が、この先の見えない物語をぐんぐんと進めてくれる頼もしさも読み進める手を止めなかった理由かもしれません。冒険の発端の謎が明らかになるクライマックスの収束感がなんとも心地よく、本を読むというよりもRPGをプレイしているような感覚でした。
読後は面白さと疲れが同じくらい圧し掛かってくるので、片足を物語につけながら、さらりと流し読みするくらいが丁度いいのかもしれません。余談ですが、他の三崎作品の登場人物たちが随所に散りばめられていてクロスオーバーしているので、三崎作品を読んだことある方はぜひその角度からも楽しんでみてください。
いかがだったでしょうか。夢中になって本を読む時間は読書好きにとっては至福の時間です。でも、残念ながら私たちの時間には限りがあります。
まとまった休日がない方も多いかもしれませんが、移動中や隙間時間にも本を読むことはできます。例え一気読みできなくても、一瞬でも物語に触れる時間があればその世界に充分に浸ることができます。
今、携帯を触っている時間を少し減らして、1時間でも、30分でも、物語の世界に浸ってみませんか?
底なし沼のような魅力的な世界に。
この連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。
一冊の本から始まる「新しい物語」。
「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
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