『横顔の女』バックナンバー
#1「窓」 #2「台所」 #3「お裁縫」 #4「お鮨屋さん」 #5「お化粧」 #6「スキー」#7「旅」
#8「コーヒー」
#9「和室」
今、江戸時代のドラマ撮影に入っていて、毎日スタジオに通っている。
薄暗いセットの中にいると、不思議と落ち着く。夜は行燈(あんどん)の灯りのみで、女性ははかなく美しく見えたに違いない。月あかりも冴え冴えと、闇の中、虫の音も耳に麗しかっただろうなあと想像している。五感がとぎすまされる夜だったはずだ。陽のあるうちに働き、日暮れとともに休む。
私も今は5時前に起きて、朝のまだ夜露を含んだ濡れたような空気を吸う。新緑の植物の息吹に元気をもらっている。
セットの和室にいると障子の良さにも気付かされる。一日の陽の移り変わりを和紙を通して壁や襖(ふすま)の色まで変えてくれる。陰も作ってくれる。
私は蛍光灯が苦手で、どこまでも均等に白い光の中にいると落ち着かない。西洋のホテルへ行くと、ほとんどトップライトはなく、いくつか背の高いスタンドライトとデスクランプ、ベッドサイドのランプがあるのみ。これで夜がぐっと大人っぽく陰影を帯びた素敵なものとなる。平面の絵ではなく、油絵のような光と陰の何層にも重なる夜となるのだ。
和室をリフォームした際に、デザイナーさんにアドバイスいただいたのだが、障子は本物の和紙がいいということで、上野の唐紙専門店に行って、障子紙、襖紙、引手、全て自分で選んだことがある。その楽しいことといったら。自ら選んだそれらに囲まれて、和室の全てが愛しく感じる。畳、畳のヘリも選んだ。畳が日焼けして色が変わった後もなじむ色にした。和紙は光が命だ。今まで感じなかったことだが、時代劇に身を置き、実感している。
照明さんも、和紙のような特殊な紙を巻いてライティングされていて、それが顔に揺らぎを与え、陰影を与える。表情ができる。
これから和室をリフォームされる方がいらしたら、ぜひ、ご自分で選ばれたらいいと思う。日本の色の奥深さも知る。丁子色(ちょうじいろ)、鳶色(とびいろ)、灰桜色、菜種色、白磁色、灰紫色、墨色、利休鼠(ねずみ)色……。
私は夕陽に映えそうな楊梅色(やまももいろ)の淡色を襖紙に選んだ。
昔祖父が言っていた。「夜目遠目笠の内」美人に見える要素だそうだ。
うん。全てが白日の下にさらされるよりも、少し隠れている方が、想像をかき立てられるものなのだろう。
戸田菜穂