戸田菜穂連載『横顔の女』#2
「台所」
あえてキッチンではなく、台所。
人の台所が好きだ。
祖母の家の台所から始まり、いとこの家、友達の家の台所。それぞれみんな好みが違い、大切にしている信条があり、心意気が垣間見られる場所だと思う。すっきり何も置かない人、反対に保存瓶などがずらりと並んでいる方が落ち着く人、旅先での思い出を持ち帰るのが好きな人、モロッコ風の人、カフェオレボウルがある人。
他の方の台所をじろじろ見るのは失礼だから、できたら写真集にしてほしい。くらしを楽しむ人の全国津々浦々の台所。
我が家の台所といえば、現在もっぱら小物類(キッチンばさみやスポンジなど)は白。洗剤も白い陶器に入れ替え、白いふきんは使ったらまとめてぐらぐらと煮沸。
麻や竹の天然素材、ステンレス、ガラス、アイアン……これら以外をなるべく白にする。そうするとまるで新品のノートの一ページ目に向かうような頭のすっきりさに驚く。料理が楽しくなり、今年は梅酒や梅干しも作った。
小学生の頃、調理実習で唯一なぞだったことがある。
「もう、なんでまたすぐ使うのに、ここまでシンクを磨いて、最後の一滴まで拭きとらんといけんのんよー」と。 使い終わった台所を、最後の水の一滴すら残さぬほどに、磨き上げる意味がわ からなかったのだ。
その答えが、やっと、遅いけれどやっと理解できた。
「すべては明日のために」だったのだ。 翌朝の幸福感のためだった。
夜のお皿がべとーっと残るシンクの前に立てば、朝一番からため息が出る。
機嫌がいい方がいい。家庭の幸福につながる 。子供たちは機嫌のいいお母さんが大好きだ。
そうそう、この頃のお気に入りの台所用品をひとつ。
野田琺瑯(のだほうろう)の白のボウルとバット。この白がそれはそれは美しい。ぶどうを洗えば、そのぶどうの色の美しさに見惚れるほどだ。
なぜ最近台所に立つと、ルンルンするのか考えてみた。
ふむ。わかった。
台所の風情が、何やらプロっぽいのだ。(笑)
形から入る。これ、私の中でとても大切なこと。
さっき、ピンポーンと、真っ白な麻のエプロンが届いた。
さあて、今夜はお肉でも焼いちゃおうっと!!
戸田菜穂