『横顔の女』バックナンバー
#1「窓」 #2「台所」 #3「お裁縫」 #4「お鮨屋さん」 #5「お化粧」 #6「スキー」#7「旅」
#8「コーヒー」
コーヒーが好きだ。
朝6時くらいに起きて、ゆっくりコーヒーをいれるのが、一日の始まりの幸せ。ヤカンでお湯を沸かす。多めに沸かして、ポットやカップも温める。
コーヒーカップはこの頃は陶器のものが、おいしく感じる。昔はコペンハーゲンのカップを大事に使っていた。まだ棚の中にあり、自然とアンティークになってきた。
コーヒーにミルクを入れる時もあり、その場合はミルクパンで温める。本当は鍋にお湯をはり、牛乳の入ったカップを入れ、湯煎するととてもおいしいカフェオレができるらしい。何度かやってみたが、お弁当作りもしなきゃならず、忙しい朝には難しかった。
大学のフランス語の先生が、おいしいカフェオレを作るには、牛乳をゆっくりと鍋で煮て味を濃くするのがコツですと、おっしゃっていた。カフェオレの場合は、コーヒーも濃く淹れる。
ストレートでコーヒーを飲む場合は、まず粉をペーパーフィルターに平らに入れ、粉の表面に箸の先でうず巻きを書く。そのうず巻きの中心にお湯を少し注ぐ。ぷくーっとふくらんだら、少し蒸らしてその後、細くゆっくりとお湯を注ぐ。このスピードで、味の濃さも変わる。この淹れ方は、マスターに伝授してもらった。
コーヒーは健康のバロメーターにもなる。風邪を引いたら味がしなくなる。もっと具合が悪い時は、飲む気もしない。
豆の好みはコクのある深煎りのケニア、グァテマラ、ブラジル等。コーヒー豆は生きものだから、500gくらいを買って、使いきったらまた買いに行く。煎りたて、挽きたてが抜群においしい。
学生時代、漆喰の壁に、味の出た木のカウンターやテーブルを置いた、ヤカンの蓋がカタカタ鳴っている、寡黙なマスターのいる喫茶店が好きで、文庫のカバーをはずしたのを持っては、通っていた。
ああいう薄暗い喫茶店には死角があり、ひとりになれる。もたれた漆喰の壁のひんやりとした温度も心地いい。
京都にはこういう店がまだ多くある。東京にもある。乃木坂のカフェ・ド・ラペ、青山のカフェ レ ジュ グルニエは、時々行く。下北沢にも神田にもまだまだ漆喰壁の喫茶店はある。
熱海にボンネットという純喫茶がある。ここのコーヒーもおいしかったが、小ぶりのハンバーガーが絶品!! 変わらない味を守り続けてこられた80代くらいのマスターに、「このハンバーガー、三島由紀夫さんもめし上がったんですよね」とたずねると、「そうですよ」と。本当にこのお店は昭和が完璧に静止画のように残っている。
そこのソファーに、あちらを向いて座っている紳士は、もしかして……。
戸田菜穂