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戸田菜穂連載『横顔の女』#8

戸田菜穂連載『横顔の女』#8

「コーヒー」

 コーヒーが好きだ。
朝6時くらいに起きて、ゆっくりコーヒーをいれるのが、一日の始まりの幸せ。ヤカンでお湯を沸かす。多めに沸かして、ポットやカップも温める。

 コーヒーカップはこの頃は陶器のものが、おいしく感じる。昔はコペンハーゲンのカップを大事に使っていた。まだ棚の中にあり、自然とアンティークになってきた。

 コーヒーにミルクを入れる時もあり、その場合はミルクパンで温める。本当は鍋にお湯をはり、牛乳の入ったカップを入れ、湯煎するととてもおいしいカフェオレができるらしい。何度かやってみたが、お弁当作りもしなきゃならず、忙しい朝には難しかった。

 大学のフランス語の先生が、おいしいカフェオレを作るには、牛乳をゆっくりと鍋で煮て味を濃くするのがコツですと、おっしゃっていた。カフェオレの場合は、コーヒーも濃く淹れる。

 ストレートでコーヒーを飲む場合は、まず粉をペーパーフィルターに平らに入れ、粉の表面に箸の先でうず巻きを書く。そのうず巻きの中心にお湯を少し注ぐ。ぷくーっとふくらんだら、少し蒸らしてその後、細くゆっくりとお湯を注ぐ。このスピードで、味の濃さも変わる。この淹れ方は、マスターに伝授してもらった。

 コーヒーは健康のバロメーターにもなる。風邪を引いたら味がしなくなる。もっと具合が悪い時は、飲む気もしない。

 豆の好みはコクのある深煎りのケニア、グァテマラ、ブラジル等。コーヒー豆は生きものだから、500gくらいを買って、使いきったらまた買いに行く。煎りたて、挽きたてが抜群においしい。

 学生時代、漆喰の壁に、味の出た木のカウンターやテーブルを置いた、ヤカンの蓋がカタカタ鳴っている、寡黙なマスターのいる喫茶店が好きで、文庫のカバーをはずしたのを持っては、通っていた。
 ああいう薄暗い喫茶店には死角があり、ひとりになれる。もたれた漆喰の壁のひんやりとした温度も心地いい。

 京都にはこういう店がまだ多くある。東京にもある。乃木坂のカフェ・ド・ラペ、青山のカフェ レ ジュ グルニエは、時々行く。下北沢にも神田にもまだまだ漆喰壁の喫茶店はある。

 熱海にボンネットという純喫茶がある。ここのコーヒーもおいしかったが、小ぶりのハンバーガーが絶品!! 変わらない味を守り続けてこられた80代くらいのマスターに、「このハンバーガー、三島由紀夫さんもめし上がったんですよね」とたずねると、「そうですよ」と。本当にこのお店は昭和が完璧に静止画のように残っている。

 そこのソファーに、あちらを向いて座っている紳士は、もしかして……。

戸田菜穂

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戸田菜穂

1974年生まれ、広島県出身。1990年、第15回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞しデビュー。93年放送のNHK 連続テレビ小説「ええにょぼ」で主演を務め、以降、テレビ・映画などで活躍。

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