戸田菜穂連載『横顔の女』#1
日々の暮らしの中で、ふと惹かれたもの、惹きつける力のあるものを、肩の力を抜いて綴ってみたいと思っています。
「窓」
この頃、窓がとても気になる。
家の居間からは、遠くに列車が見えるのだが、夜になると、高架ゆえに空を行く銀河鉄道のようで旅情を誘う。
北側の部屋からは、メタセコイアの大木の向こうに異国風の白壁と褐色の屋根瓦が見え隠れし、これも気に入っている。
景色を求めて旅もよくする。また訪れて見たいと思っているのは、南魚沼の里山十帖という旅館からの銀世界だ。雪の力で全ての音と色を消し、気を付けていないと異次元に吸い込まれそうになる。
映画や小説の中にも忘れがたい窓がある。昔見た向田邦子さんのドラマ『隣の女』。
桃井かおりさん演じる主人公の主婦が、根津甚八さん演じる一夜を共にした不倫相手の男を追ってニューヨークへ行くのだが、再会したある夜、水を飲みにキッチンへ向かう途中、夫と暮らす小さなアパートの間取りと間違え足をぶつけ、ふと窓に映る自分を見てしまう。痛いほど涙がじわっと浮かぶほどに凝視する顔が、忘れられない。
桃井さんの映画『疑惑』のラストシーンも、すごい。夫殺しの無罪を勝ち取った 球磨子(くまこ)は、特急列車に乗り込むと窓越しにぶつけられる 周囲からの冷たい視線をもろともせず、タバコをふかし、ついには不敵に笑う。そこで映画は強烈に終わる。ぜひみなさんにも観ていただきたい。女の業の深さの極みである。
さらに小説ではフローベールの『ボヴァリー夫人』。マダムボヴァリーは、優しいが凡庸な夫との結婚生活に飽き飽きし、いつも窓辺に佇んでは、きらめく恋情でこの空虚な心を満たしてくれる相手が現れるのを待つのだ。そして実のない男との恋に溺れ、周りを巻き込み自滅していく……。
窓、外の世界とつなぐもの。夢見るもの。そして破滅へと誘う力を持つもの。
窓のそばの女には物語がある。何かに心奪われた人の顔は美しい。
見る力と見られる力……ガラス一枚のそのはざまに、色香がたゆたう。
戸田菜穂