戸田菜穂連載『横顔の女』#5
「お化粧」
小さい頃、私はお化粧の濃い女性が苦手だった。あの頃は、目の上にベターッとブルーのアイシャドウを塗っている人もいた。幼心に、素顔に近い優しい話し方と、優しい笑顔の女の人に憧れた。
17歳でデビューして、自分もメイクしてもらうようになり、はじめは気恥ずかしくお化粧の落とし方も知らなかった。もっときれいになるかなあと思っていたから、あんまり変わらないなあと……。
お化粧は難しい。二十代の学生の頃、パウダーファンデーションをペタッと塗ると、顔が薄くなり、陰影がなくなった。母がよくファンデーションは塗らない方がいいと教えてくれていた。
フランスのヴァネッサ・パラディーみたいなセクシーな顔に憧れたり、夏目雅子さんに憧れたり、若いときは、本当に自分が見えてないものだ。憧れだけでできていた。
今は、ベースのクリームを付けただけの肌が気に入っている。目元ははっきりさせて、口紅は控えめ。チークは入れない。自然と戯れるのが好きな今、これくらいのお化粧が気分に合っている。
女性は自分の顔にいつの間にか慣れてきて、良さも欠点も含めて、こうしたら一番魅力的な顔になるとわかってくるのだろう。若い頃の試行錯誤の涙ぐましい努力は、それはそれで愛しい経験だけれど。年齢を重ねれば、お化粧する機会はたくさんあるから、学生など若い人には素肌のままでいることを楽しんでほしい。
「私はこのスタイルが好きなの」と言って、パッパッパと、朝の支度を整えたかのような女性が好きだ。例えて言えば、向田邦子さん。知的で美しく自分らしく装える人。一番似合うものを知り尽くした女性は、立ち姿も話し方も笑い方も全て清々しい。私もあんな風に、さり気なく振る舞って、知性 のある話し方ができるようになりたい。
そうそう。先日、立ち止まって振り返ってさらに見送るほど美しい人とすれ違った。髪はサラサラ、パンツにジャケット、歩く姿が 何より楽しそう。彼女に光が差しているのだ。何ひとつ飾り立てていない。メイクはナチュラル。髪も洗い立てという感じ。疲れた顔して、娘の送り迎えをしている場合じゃないと、その若い人に教えてもらった気がした。
彼女は男の人にも女の人にも大モテだと思う。近くにいたいと思わせる幸せなオーラをまとっているから。ちっとも気取らず、目が笑っている。表情が何より素敵。いつでもすぐ笑顔になる雰囲気。偉いなあと感心した。
おそらく彼女は哲学を持って生きている人。「人生楽しまなくちゃ」と。ふてくされず、「私、幸せ、ありがとう」と、毎日思える人。この心こそが、最も人を美しく見せると、最高のお化粧だと、私は確信している。
戸田菜穂