「きっと私はよく分からないまま死んでいく」南野陽子が大切にする終わり方
現役医師で作家の南杏子(みなみ・きょうこ)による小説『いのちの停車場』が映画化。豪華キャストを迎え、5月21日に公開となる。劇中で、小児癌を患う娘の母親役を演じた南野陽子さんに、役やご自身の死生観について話を伺った。
映画『いのちの停車場』は、安楽死や尊厳死がテーマの医療ヒューマンドラマ。吉永小百合演じる医師が、都内の救命救急センターを離れ、在宅医として地元・金沢で再出発するところから物語は始まる。そこで出会うのは、余命を宣告された人々や小児癌に苦しむ女の子、そして年老いた父親……。死と直面する人々との関わり合いの中で、尊厳死や安楽死というテーマが浮き彫りにされていく。
南野陽子が演じたのは、小児癌を患う8歳の娘を持つ母親・若林祐子。幼い娘に迫る死を受け入れられず、新薬を使った治療を求めるが、当の娘は海へ行きたいと所望する……。
死をテーマとした作品に、俳優・南野陽子はどのように向き合ったのか? 作品を通じて見てきて彼女が抱える死生観について、インタビューを行った。
スタイリスト:阪本幸恵
取材・文 :大芦実穂
写真 :池田博美
編集 :小林航平
■死を意識したときから、生きることの大切さが分かる
──南野さんは『いのちの停車場』をご覧になって、どのような印象を抱きましたか?
『いのちの停車場』は、人々の死までの時間をクローズアップした作品。死を意識した瞬間から、生きることの大切さが浮かび上がってくるようなお話です。できあがった作品を観て、「生きる」に光が当てられているなと思いました。
──小児癌に冒された幼い娘を持つ母親・若林祐子という役を演じられましたが、率直な感想をお聞かせください。
私が演じた若林祐子は、幼い娘が余命を宣告され、その中で考え方が変化していくというお母さんの役。もし、自分の娘があと数カ月しか生きられないと言われたら、私の体がいけなかったんじゃないか、育て方がよくなかったんじゃないか、と自分を責めたりもする。そして、彼女のように、「新薬を試したい」と先生にお願いするんじゃないでしょうか。すがれるものにはなんだってすがりたいという気持ちは、きっと誰にでもあると思います。
一方で、娘のことをよくよく見てみると、松坂桃李さん演じる診療所の運転手・野宮聖二に、淡い恋心のようなものを抱いている。そこで、「娘はこうしている間にも成長しているんだ」ということに気が付くんですね。吉永小百合さんや松坂さんたちが演じる「まほろば診療所」の皆さんに出会うことで、お母さん自身、「命を延ばすのではなく、今生きることを大切にしよう」と、これまでの見方が変わってくるというか。
■大切なのはあたたかい気持ちを持って死ねるかどうか
──南野さん自身、死に対してどのような考えをお持ちですか?
その瞬間は分かりません。病気になれば治そうとするけれど、すっと受け入れると思う。人はいつか必ずそうなるときがくる。生きる意味もよく分からないまま生きて、よく分からないまま死んでいく気がしています。「悔いなく」「精一杯」「何かを成さなければ」と考えた若い頃もありましたが、常に頑張らなくても、後退することがあっても、息苦しくても、そのときは受け入れて呼吸さえしていれば、なにかどこかに光が見えて、そうなるときまで生かされる……。これといったエピソードのない人でも、接した誰かの心には何か宿題のような思いを残して去るんだと。静かに去りたいです。今の私の歩幅が狭いからそういう風に言うのかもしれないけれど。
私はこれまで250以上もの作品に出演してきましたが、正直「代表作」と呼ばれるようなものって10作品くらいなんですよ。ほかの作品だって代表作と同じように、それこそ“死ぬ”思いで考えて、悩んで、一生懸命やってきたけれど、成果も評価も得られず、タイミングが合わないときもある。なにげなくやったことが褒められることもあるし。人生いいときもあれば悪いときもある。晴れの日もあれば雨の日もあります。常に晴れの日を目指している方が変じゃないですか。晴れた日に「よし!」って動けるように、普段ダラダラしていてもいいのかなって。
――昔からストイックに活動をされてきたイメージがあったので、南野さんの口からそういった言葉が出るのは意外です。
私は今53歳ですが、更年期もあったりして、なんとなく今までとは違う。同じようにやっていても、うまくいかないときはうまくいかないんです。例えば、死ぬまで走り続けて、ひとつでも多く作品を残したいっていう生き方ももちろんあると思います。でも、無理をすると身体も心も人との関係もボロボロになったりすることも。私にとってそれは、自分にとって大切にしたい生き方ではないんですよね。
――では、南野さんが大切にしたい生き方とはなんでしょうか?
遅かれ早かれ人は死んでしまうじゃないですか。大切なのは、あたたかい気持ちをもって死ねるかってことだと思っていて。私は「いい人生」は「人間関係」で決まる気がしています。友達でも親でもパートナーでも上司でも、しっかり向き合える人がたったひとりでもいれば、その人の人生は上出来だったと言えるんじゃないでしょうか。私には幸い、そんな風に思える人がいると思っています。
──これまで、身近な人を亡くしたことで、なにか心境の変化などもあったのでしょうか。
私の母は、今から10年前に68歳で亡くなっています。一般的に見たら、68歳という年齢は若い方。「いい人生だったかな」「私は親孝行できたかな」と、いろんな感情はわきますが、いい終わり方だったんじゃないかと思っています。母は心臓の病気で、何度か手術をしていました。その日も手術があって、手術室へと送るときに、母はストレッチャーの上でピースをしたんです。結局、そのまま帰らぬ人となったのですが、彼女は最期までいろんな人を信用したまま死んでいったような気がします。こういう仕事柄、医療関係の方にお会いする機会も多く、何度か母に「東京へ来て治療したら?」と勧めてはいたのですが、母は「この病院にずっとお世話になっているし、大好きな先生や看護婦さんもいっぱいいるから、ここで治す」と言って動きませんでした。本人が信頼できる場所で、感謝したまま亡くなったので、母にとってはこれがよかったんじゃないかなと思うんです。劇中で、娘を松坂桃李さんが演じる野呂聖二(まほろば診療所の運転手で医大卒業生)に預けるシーンがあるのですが、この母の最期を見たからこそ、私はこの作品の中でも「どうぞ、好きな人のところへいってらっしゃい」と自然に娘を送り出せたのかもしれないですね。
──南野さんのご実家では、遺影用アルバムがあって、そこにそれぞれ遺影に使いたい写真を入れているそうですが。
そうです。母が亡くなったときも、葬儀会社の人に「お写真どうしますか?」と言われて、「ちょっと待って!」って、2階に駆け上がって。家族の遺影用アルバムを開いたら、母の写真が更新されていたので、その写真を選びました。迷いなく選べたし、本人も気に入っている写真だからいいですよね。家族旅行などで写真を撮るときは、あえてアップの画角で遺影になりそうな写真を撮ります(笑)。縁起でもないって言われるかもしれないけど、私も数年ごとに更新しているし、80歳半ばの父も、ちゃんと長生きしてくれています。
■頑張らなくてもいい、夢もなくていい。ただ、自分の感性を大切に
──すごいですね(笑)。これまでお話を聞いていて、とても達観した考えをお持ちだなと思いました。こういった考えに至るきっかけはあったのでしょうか?
物心ついたときから、今と同じように考えていたと思います。世の中にはいろいろな人がいて、自分の考える範疇では理解できない人でも「こういう人もいるんだな」と、認められれば自分も生きやすくなるかなって。
私がアイドルの頃は、いわゆる聖子ちゃんカット全盛期。みんなミニスカートを履いて元気いっぱい。「私歌えます!」「できます!」っていう子たちがオーディションに集まってくる。でも私は、レコード会社のオーディションに行っても、「恥ずかしいから歌えません……」って。じゃあ一体なにしに来たんだって話なんですけど(笑)。でもそこで少女の矛盾ともとれる混沌とした思いを大切にしてくれるスタッフの人たちに出会えたんです。モヤっとした「自分そのもの」でいても、人はみんなモヤっとした思いや経験があるから、理解してくれる人もなかにはいるんです。私もそういう人でいたい。いろんな人がいて、それぞれいろんな感性を持っていて、それぞれのペースで一生懸命。堂々としていて良いと思います。そのときの私はオドオドしていたけれど(笑)。
そうは言っても上手にできる、はみ出さない人たちの中では浮いてしまって苦しくなったり傷ついたりしました。平成時代は「周囲との隔たりを作らないように人の望むような私にならなくちゃ、そして目立たないように静かにしておこう」って思っていたときがほとんどです。
でも50歳くらいになって「長く生きても残り30年だな……」と考えると、やっぱり自分らしく生きていいんじゃない?って思えるようになりました。本来の自分は、「なぜ? なに?」が多いタイプなんです。よく言えば赤毛のアンタイプ。いろんなことに「なんでですか?」と疑問を持ってきたし、空想や想像の世界を楽しむ子どもだったから、人とうまく接することができずにいて……それを隠していたこともあったけど、今はそのままの自分でいいんです。人に評価されてもされなくても自分らしくいられるのなら。
それに、もっと言ってしまえば無理に夢なんて持たなくたっていいですよ。よく若い人に「夢を見なさい!」とかって言いますけど、学生のうちなんてまだまだ知らないことがいっぱいある。職業だって、その頃には知らない職業だらけですよね。なんとなく日々を過ごしているうちに出会ったもので見つけていけばいいと思います。
■お墓はいらない。いろいろ断捨離しています
──南野さんのお話しを聞いて救われる方も大勢いると思います。最後に、南野さん自身の、理想の“いのちのしまい方”をお伺いできますか?
先ほど、家族で遺影用の写真を用意している、とお話をしましたが、私自身は遺影すらいらないと思っています。子どもがいるわけじゃないし、私のモノが残っても困るだけ。身軽にいたいので、いろいろ断捨離しています。お墓だって管理できないから、暖かい場所に遺骨を撒いてほしいな〜とか。最近は樹木葬なんかも注目されていますし、これからも葬儀の形はどんどん変わっていきそうですよね。
私の場合は、夫が最期まで面倒を見てくれるんじゃないでしょうか。若い頃は、「旦那さんを看取ってから、その次に私が死ぬわ」なんて思っていましたけど、今は「私が先に逝くからね!」ってしょっちゅう夫には伝えていますよ(笑)。
未来はどうなるか分からないから、今を生きるというのがまずは大前提。でもその今を生きるのも、頑張りすぎずにしんどいときは寝ていようとか、お笑い番組観ながらスナックつまもうとか、そういう日があってもいい。体を壊したら元も子もないので、ゆるく70点くらいで。
■作品情報
映画『いのちの停車場』
5月21日(金)より全国公開
主演:吉永小百合、松坂桃李、広瀬すず、南野陽子、柳葉敏郎、小池栄子、伊勢谷友介、みなみらんぼう、泉谷しげる、森口瑤子、中山忍、松金よね子、小林綾子、菅原大吉、国広富之、西村まさ彦、石田ゆり子、田中泯、西田敏行
製作総指揮:岡田裕介
原作:南 杏子「いのちの停車場」(幻冬舎文庫)
監督:成島 出
脚本:平松恵美子
音楽:安川午朗
公式サイト:https://teisha-ba.jp/
衣装クレジット
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