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妊娠・出産を経ても、自分らしく暮らすためにーーできるのは「人事を尽くして天命を待つ」こと【母でも妻でも、私#3】

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産前産後を快適に暮らすには、とにかく入念な準備が効いてくると思っています。私は仕事を休みたくなかったから、余計にそうでした。もちろん、運によるところがとても大きい。だからこそ、私たちにできるのは丁寧な準備しかないのです。どんなふうに働きながら出産を迎え、どんなふうに子どものいる暮らしを始めたか、書きました。

妊娠・出産を経ても、自分らしく暮らすためにーーできるのは「人事を尽くして天命を待つ」こと【母でも妻でも、私#3】

■仕事を休まずに産むための工夫

「産前はぎりぎりまで、産後はできることから、ブランクを作らず仕事を続けるつもりです」と、妊娠中からずっと言っていた。本当に、お腹が大きくなりはじめる前からずっと。

一緒に働く人たちはその気持ちを理解してくれていたけれど「とはいえ、いつまでできる?」「産後はいつから取材行ける?」って話になる。

そして、誠に遺憾ながら、その質問にはっきりと答えられない。気持ち的には産む日の朝まで原稿書いてたっていいし、退院した翌日から取材に行ったっていいんだけど、いかんせんその“産む日”がわからない。出産に何日かかるかも、母子ともに健康であれるかどうかもわからない。

急に穴を開けて取引先に迷惑をかけることだけはしたくないから、そのへんの調整には本当に気を遣った。


まず、何よりも心がけたのは“正直に相談をすること”

3月17日が出産予定日だったので、年明けくらいからは依頼を受けるたびに状況を話した。それでも私に、と言っていただける場合には、とにかく前倒しで作業。当たり前だけど、余裕を持って進めていれば、うっかり途中で産まれても巻き返せる可能性が高い。

3~4月にまたがるレギュラーの仕事には、万が一に備えて代理のライターさんを手配しておいた。もちろん「私がどうしても対応できない場合のみ、こんな実績のあるライターさんに代理をお願いしてもいいでしょうか?」というご相談つき。でも、おかげでピンチヒッターを頼む場面はなかった。

仕事納めは出産前日、子宮口が2.5cm開いたままで

最後の打ち合わせは、出産2日前。子宮口が3cm開くとだいたい1週間以内に産まれるらしいのだけど、私は3月頭の検診ですでに2.5cm開いていた。そこから2週間、子宮口ひらきっぱなしで働いてたわけです(10cm開くと、赤ちゃんの頭が出てきはじめる)。

毎日作業するレギュラー案件が終わったのは、3月14日。ラストの原稿締切が3月15日。いったんすべての仕事が手から離れ、毎日「予定日までちゃんと待っててくれ~!」と言い続けていたお腹に「よし、もういいよ!」と合図を出した翌16日、我が子が生まれてきた。

仕事始めは出産当日、産院のベッドの上で

無事に子どもを産み終わってiPhoneを見たら、数日前に納品した原稿についてフィードバックが来ていた。それに対応したのが、その夜、産院のベッドの上。横では、産まれて数時間しか経っていない赤子がすやすや寝ていた。

なので、出産による仕事のブランクはなかったとも言えるし、厳密に言えば27時間くらいはあったかもしれない。ちなみに産後初の締切は、出産5日後だった。

取材復帰は、出産からちょうど1カ月後。
たまたま土曜日だったので、子どもは夫に見てもらえた。本格的な復帰に備えてベビーシッターを試したのが産後から3週間くらい経ってからだったので、もっと早く依頼があれば、さらに早く復帰した気もする。

でも、さすがにみなさん気を遣っていただいたのか、大きな依頼はなかった。

■「里帰りをしない」という選択

私の実家は滋賀県で、住まいは東京都。でも、仕事もあったし、産前産後の大変なときこそ夫と一緒にいたかったから、里帰りをしなかった。

いろんなひとに「産後は手伝ってくれるひとがいないと無理だよ」と言われまくったけれど、実際問題ひとりで育てている人だっているわけだし、無理ってことはないはず。本当にどうしようもなくなったら、徒歩20分のところに住んでいる義母に相談すればいいし、実家から母を呼んだっていい。

とりあえず、夫とふたりでやってみたいし、きっとできる、と思っていた。もちろん例によって、そのための準備も万全に整えた。

子どもが産まれてからの働き方を、夫婦で話し合う

夫の職場は理解があり、男性が数カ月の育休を取ることもさほどめずらしくない。だけど夫の育休は、私が退院してからの1週間だけにした。

だって、子どもは産まれたら、ずっといる。最初だけみっちり一緒に過ごして前後にしわ寄せがいくよりも、持続的にふたりで子育てできるほうがいい。だから私たちが選んだのは、毎日定時のワークスタイルに切り替えること。

夫はその働き方を、産後1年半以上が経ったいまでも、地道に続けてくれている。

……という話をすると、だいたい「旦那さんが早く帰れる仕事でいいね」みたいなリアクションをされるんだけど、全然違う。夫は子どもが産まれるまで、毎日のように深夜2時とか3時まで働いていた。「早く帰れる仕事」なんじゃなくて「早く帰れる働き方」に、頑張って変えてくれたのだ。抱えている仕事量が減っているようには、見えない。

ただ、私も似たような働き方をしていたわけで、仕事のやり方を変えたのはお互い様。子どもが産まれて生活スタイルが180度変わるなら、それぞれ90度ずつ変えて、うまくやっていこうと思ったのです。

便利なサービスや道具を導入しておく

基本の買い物はAmazonと西友のネットスーパー。産院のベッドから手配して、退院してから1週間の夕食は宅配弁当にした。

我が家の新生児は意外と手がかからず、家事ができないほどではなかったけれど、産後の体は休めたほうがいいらしいから、まずは食事の支度をアウトソーシングした。お金で解決することをある程度思い切るのは、精神的にプラスだったと思う。

それから、産後に始まったことではないけれど、掃除はルンバ、洗い物は食洗機。洗濯は洗濯乾燥機&浴室乾燥で、干す手間もほとんどない。ついでに言えば、ハンガーのままクローゼットにかけているから、たたむのはタオルくらい。

家電をフル活用するために、すべての家具の脚はルンバが入れる高さにしてあるし、なるべく食洗機にかけられる食器を選ぶ。がんがん乾燥して、少しくらい縮んでもへっちゃらなお洋服を着る。家事に時間をとられるなら、産まれたばかりの子どもを眺めていたかったし、原稿を書きたかった。

夫婦ふたりとも全部できるようにする

なぜかママ業界では「完全母乳で育てるのが一番!」みたいな空気が根強いけれど、私はミルクを飲ませることにまったく抵抗がなかった。幸い、子どもはミルクも母乳も同じように、ごくごく飲む。乳頭混乱(乳首と哺乳瓶の形状や飲み方が違うことで、赤ちゃんがどちらかを嫌がる)などもなかった。ミルクなら夫とも分担できる。

とはいえ、飲んでもらわないと私の胸がぱんぱんに張ってつらいから、基本は授乳。その代わり(?)夫が家にいるときは、ほとんどすべてのおむつを替えてくれた。

■ふたりで初めてのことにチャレンジする楽しみ

里帰りをしなかったおかげで、子育てスキルを身につけていく過程が、夫婦でほとんど同じだった。一斉スタートなら、手先が器用な夫のほうがちょっと有利な気さえする。

単純に、ふたりで初めてのことにチャレンジするのが久しぶりだったから、わくわくもあった。片方しかできないタスクが増えれば、それだけ負担が偏るから、なるべくそれを避けたいという思いも強かった。実際、授乳以外で夫にできないことなんて、いまだにひとつもない。


「夫婦ふたりじゃ無理だよ」

「新生児の子育て甘く見てるよ」

とか散々言われたけれど、里帰りをしなくて困ったことはひとつもなかったし、よかったことは山ほどあった。もちろん人それぞれだけど、私にとって最初の1カ月は、3人で暮らす生活に一歩ずつ浸かっていくような、試運転の時間。だからこそ夫と苦労したかったし、できてよかったと思っている。

たぶん、そのおかげで。

息子が生まれた2016年3月のことを振り返ると、リビングに差し込む日射しがとても温かい。やわらかくて甘やかなものに3人きりで包まれて、ずっとまどろんでいるような、穏やかな空気がよみがえる。

■本当に、人事を尽くして天命を待つしかない

里帰りしないことも、仕事を続けることも、すべて予定どおりに進められたのは、完全に運が良かったからだと思っている。強い希望はあったけれど、そんなもんじゃどうすることもできない、天に任せるしかないのが妊娠・出産。

私は、お受けした仕事を滞りなく納品できるまで、たまたま元気に妊娠していられた。出産日と締切が、たまたま一本もかぶらなかった。たまたま母子ともに健康だった。たまたま産後の経過も順調で、子どももよく眠って、母乳も問題なく飲んで、作業時間が取れた。本当に、数え切れない幸運を積み重ねてきただけだ。

でも、ひとつだけ胸を張れるとしたら、人事を尽くした自信がある。
取引先とは誠実にコミュニケーションを取ってきたし、前倒しもスケジュール調整も、迷惑をかけないように細心の注意を払った。産後すぐに復帰できるよう、妊娠中からベビーシッターの登録作業を済ませていた。「ブランクをつくらずに仕事をしたい」という気持ちを、丁寧に周りへ伝え続けた。もちろん夫とも、育児や仕事について完全にすりあわせができていた。

「人事を尽くして天命を待つ」って、いい言葉ですよね。もし、同じように悩んでいる方がいるなら、その人にも良き天命があることを、心の底から祈っています。

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菅原 さくら

1987年の早生まれ。ライター/編集者/雑誌「走るひと」副編集長。 パーソナルなインタビューや対談が得意です。ライフスタイル誌や女性誌、Webメディアいろいろ、 タイアップ記事、企業PR支援、キャッチコピーなど、さまざま...

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