「大切な人を大切にできなくなっていく」Re.muse・勝友美が、走り続けることをやめた理由
ミラノ・パリコレにも立つオーダースーツ「Re.muse」代表・勝友美さん。走り続けた30代の先で、2年間どうしたらいいかわからなくなったことがあるのだそう。推進力と引き換えに落ちていく「未来をつくる力」と、意図的に止まるという選択について伺いました。
ミラノ・パリコレにも立つオーダースーツ「Re.muse」代表・勝友美。
走り続けた30代の先で、2年間どうしたらいいかわからなくなった。推進力と引き換えに落ちていく「未来をつくる力」と、意図的に止まるという選択について。
DRESSでお届けしてきた勝友美さんのインタビュー、今回は3回目です。
1記事目では、どん底からの立ち上がりと自己肯定感の手放し方を。2記事目では、完璧に見える人の“仕事以外できない”日常を伺いました。
▶︎「『成功した自覚は全くない』Re.muse・勝友美が教えてくれた、自己肯定感の手放し方」
▶︎「『仕事以外、できないんですよ』Re.muse・勝友美の、完璧に見える人の不器用な日常」
今回は、2記事目のラストで予告した「戦略的に立ち止まること」についてのお話です。
■走れているときのこと——月4回の韓国渡航など
30代の勝さんは、とにかく走り続けていました。
Re.museの定休日は月曜日です。勝さんは日曜の夜に韓国へ飛び、ホテルから一歩も外に出ないまま過ごして、月曜には帰国する。それを月に4回、繰り返していたそうです。
――え、それって、毎週ってことですか。
勝 友美さん(以下、敬称略): 「コンビニに行くような感じで。荷物もスーツケースも持たないで行ってしまうんです。セリーヌの一番ちっちゃいサイズのカバンに、パンツ1枚と、化粧はしないからちっちゃい化粧水を何個か、眼鏡を1本放り込んで。パスポートと必要なお金だけ入れて。本当にコンビニにフラッと行くみたいな感じで、Tシャツのまま韓国に行ってホテルに着いて、ご飯食べて、じゃあ日本帰ろう、みたいなのを毎週したりするんですよ」
――隣町に行くようなレベルの身軽さですよね。
勝さんがそこまでして海外へ出ていたのには、ワケがありました。移動する距離を伸ばせば、考えることの幅も一緒に広がるという考えがあったから、なのだそう。加えて、少しでも空き時間ができると、退屈に耐えられなかったといいます。
求めていたのは、圧倒されるような景色を前にして、自分がちっぽけに思える瞬間でした。視座が上がれば、それだけ挑戦もしやすくなる。30代の勝さんは、そう考えていたそうです。寝る間も惜しんで走り続けているのが、かっこよく思えた。当時の勝さんにとって、それが基準でした。
その走り方は、今年の4月にも一度戻ってきたそうです。
5時に起き、6時半に家を出て、7時から現場。朝11時から夜24時まで予定が埋まっているところへ、さらに急ぎの打ち合わせが入る。25時まで働くのがルーティンなので、寝る支度をしても頭のスイッチが切れない。2、3時間だけ寝て、また朝を迎える。
勝:「けっこう忙殺されてたんですよ、4月。ただ、それがすごく楽しくて。久しぶりに来たぞ、この楽しさ、みたいな。でもそれもまた楽しくて。病気かな、ってくらい充実しすぎて生きてるみたいな」
ここまで聞いてくると、勢いに乗っている人の景気のいい話に聞こえるかもしれません。ただ、勝さんが続けて教えてくれたのは、その勢いの裏側にあるものでした。走っているあいだは見えなくなってしまうものがある、という話です。
勝:「不安とか違和感って、走ってると掻き消せるんですよね。走っているとやった感があるから、ごまかせる」
走っていれば、やった感が残ります。だから不安があっても、そこに蓋をしたまま前に進める。ただ、蓋をしたところで不安が消えるわけではありません。だからこそ勝さんは、自分が何のために走っているのかを、そのつど確認しないといけないと考えていました。
勝:「このまま行ってて大丈夫なのかな、自分が思ってるようになるのかな、とか。どの瞬間のために私は今走ってるの、というところを常に明確にしないといけないと思っていて。でないと、その瞬間にたどり着かないじゃないですか」
何のために走っているのか。そこを確認しないまま走り続けたときに失われるのは、仕事の成果や評価ではありませんでした。
勝:「この選択は本当に望む未来につながっているのか。そうしないと、大切な人を大切にできなくなっていくんですよね、結局。忙しいから、今これをやってるから、で引っ張っていけるので、違和感や迷いがちょっとあっても、“前に進んでる感”で消せる。でもそれを続けていると、どこに向かっているのかわからなくなるんです」
■推進力が上がっても「未来をつくる力」は落ちていく
そんなふうに走っていると、あとになって結果が現れます。YouTubeが急成長していたときと、コレクションに出たときのことを振り返りながら、勝さんはこう話してくれました。
勝:「本当に振り返らずに30代を走りすぎて。そのしわ寄せがすごく来たな、と感じたんですよね。目の前を処理する力はどんどん上がっていくんですよ。推進力もめちゃくちゃつく。なので楽しいんですよ。物事がどんどん展開されて結果が出ていく。だけど、未来をつくる力は絶対に落ちていくんですよね」
緊急度が高いことと、重要度が高いことは別。よく言われる話です。でも走っているときは、どうしても緊急度のほうばかりを処理してしまう。
■飛び出してきた1枚を、拾えないまま走っていた
勝さんは、そのことを書類の束にたとえてくれました。
勝:「書類の束をトントンってやったときに“ピッ”て出て、なかなか収まってくれない書類ってあるじゃないですか。この1枚、ちゃんと取って読まないといけないんですよ。それをやらずに書類がどんどん分厚くなって、ガサガサになっていく。拾わないといけなかったもののはずなのに」
ややこしいのは、そんなふうに走っていても、目的地にはちゃんと着いてしまうところです。走り方が間違っているなら着かないはずなのに、着いてしまうから、問題が見えないままになる。拾えなかった1枚を抱えたままでも、チーム全員が同じ方向を向いていれば、目的地にはたどり着けます。ただし着いた時点で、拾わなかったぶんの問題が積み上がっている。しかもその問題は、外からは見えません。
勝:「なので、そうやって走っていれば、世間からは称賛されるかもしれません。すごい! 絶好調!!って。だけど私の中では、そのとき同じような感覚には立っていなかったりするんですよ」
はたから見れば、成功している人の姿としてうつっていたかもしれません。けれど本人のなかでは、これだけ走ってきたのにどうして手元がこんなにガサガサしたままなんだろうという感覚のほうが強かったと言います。
勝:「これはやばいと。目の前を処理する力と推進力はあるかもしれないけど、未来をつくる力が欠如してた」
■突貫工事でつくった道の先に積まれていたのは、瓦礫の山だった
意図的に止まりながら進んでいれば、先に道ができていって、その上を歩くことができる。でも、調子に乗っているときは、それをやらない。
勝:「突貫工事でグワーッと道をつくってる状態なんで。たどり着きました、ってなったときに、目の前に瓦礫の山が出来上がっていて、その先が見えなくなってるんですよ。あれ、私、この次どうしたらいいのって。正直2年ぐらい、どうしたらいいかわからなくなったんですよ」
それでも、止まるという選択肢はありませんでした。
勝:「会社って、半年休んだら中小企業なんて簡単に潰れると思うんですよ。赤字になるし。なので、やり続けるしかない」
ただ、そのときの「やり続ける」は、それまでとは質が違っていた。
勝:「積まれた土で目の前が見えなくなっているのに、それでも見えない中で押し続ける作業で。合ってるかわからないことをやり続ける恐怖と、同じことをしていても、気持ちがすごく疲れるんですよね」
同じ量の仕事なのに、やたら疲れる日と、そうでもない日がある。そんなこと、ないでしょうか。勝さんは、道が見えているときの感覚を、岸辺と階段のたとえで話してくれました。
勝:「疲労感が全然違う。睡眠時間を削って朝5時に起きてやらないといけない、ってなってても、道が見えて進んでるときって全く疲れないんですよ。“岸辺”に到達している状態から、階段の上にいる自分が『そこ登っちゃいなよ』って言ってるような状態なんで、楽なんですよ」
岸辺というのは、たどり着きたかった場所のこと。もうそこには着いていて、あとは目の前の階段を登るだけ。しかもその階段の上には、先に登った自分が立っていて、こっちだよと呼んでくれている。
登った先に何があるのかも、自分がそこまで行けることも、すでにわかっている。だから迷いがなく、朝5時に起きることになっても苦にならない。合っているかどうかわからないまま押し続けていたときとの違いは、そこにあります。
■停止ボタンを押すだけなのか、戦略的に止まるのか
繰り返しになりますが、当時の勝さんは止まることができませんでした。パリコレが終わるまで、YouTubeも含めて突貫工事で走り続けていた時期のことです。手を止めること自体は、やろうと思えばできたはずでした。
でも当時の勝さんにとって、止まるというのは文字どおり動きを止めるだけのことでした。ただ手を止めても、抱えている問題は何ひとつ変わらない。それなら止まる意味がない。だから走り続けたのだといいます。
勝:「それはただの停止ボタンだったんで、多分無意味だったんですよ」
しかもこれは、走っている本人が気持ちの持ちようでどうにかできる話ではありません。周りが何を言っても届かない、という話です。
勝:「普通に『今やらなきゃ』という状態で『休んだ方がいいよ』って言われても、人って休めないじゃないですか。そのとき休んだとて、休んだ分はリカバーできない。休むわけにはいかないんですよ、そのときは」
「疲れているから休む」では間に合わない。勝さんが、意図的に止まれるようになった条件として挙げたのは、視座と現実の距離でした。
勝:「今現実で起こっていることと、自分がいる場所の距離が開けば開くほど、戦略的に一時停止をして、来るべき未来に向けて一旦備えますか、みたいなやり方ができるようになったんです」
自分が今どこを走っているのかを、少し上から眺められている状態です。そこまで来て初めて、止まるという選択肢が見えてくるのだといいます。反対に、そこまで視座が上がらないまま走り続けると、止まり方そのものが変わってしまいます。
勝:「人は意図的に止まる以外の止まり方をしたら、それはただ目の前が真っ暗になってわからなくなって停止してるだけなので」
勝:「進んで進んで進んで、あれ、次どうやったらこのチャンネル伸びるんだっけ、あれ、次の策を打たないと会社やばくない、あれ、私、世間についていけてなくない、ってなったときに初めて、進めなくなって止まるんですよ」
しかも、いったんそうやって止まってしまうと、そこから元のように走れるようになるまでには、かなりの時間がかかります。
勝:「進めなくなって止まった後、本当に『よっしゃ』って思えてちゃんと走れるようになるまでは、多分、年単位かかる。私もかかったので」
だから今年のゴールデンウィーク、勝さんは自分から止まることを選びました。
勝:「止まります、と。それは多分、ちょっとした軌道修正なんですよね。休みじゃなくて。修正だったり確認だったりをしないと、次の一歩が自分のものにならないんですよね」
■意図的に休んでみたら、森の妖精みたいな人に出会った
行き先は、日光でした。
――日光、渋すぎます(笑)。
勝:「渋いんですよ。ピタッと海外に興味がなくなって、行きたいと思わなくなったんですよ。外側から発散していろいろなものを吸収しに行ってたのが、今は本当に、ぬくもりを求めているかも」
宿は旅立つ日の前々日に決めたそうです。空いているところしか選べないので、すごく高いか、そうでなければ古いか。そのなかでバランスが良さそうなところを見つけて向かった。着いてみたら、妙なことが起きます。
勝:「恐ろしいぐらい、私の記憶の中にあるものがその場所にあって。壁の色とか、クッションのファブリックとか、『知ってるんだけど』と思うものがすごく多かったですね」
ベッドのブランケットも「この生地、知ってる」という生地。猫足のバスタブ、流れている音楽、水まわりの造作まで、どれもフィレンツェで見たものを思い出させる。戸棚を開けたら、自分がふだん使っているのと同じペン立てが置いてありました。
食事をしながら、勝さんはミラノコレクションやフィレンツェのことをずっと思い出していたそうです。ここは日本じゃないみたいだ、と。
そこへ、ひとりの男性が現れます。
勝:「『僕、パリのオートクチュールにいたんです』って言われたんですよ。『このホテル、僕がデザインしたんです』って」
パリのオートクチュールで、忙しいときは年に1万着以上のドレスをつくっていたという人でした。同じファッション業界で、話が通じる相手です。壁の色も、猫足のバスタブも、ファブリックも、ペン立ても同じものを持っている。このホテルは新しいのに新しくない——勝さんがそう伝えると、こう返ってきたそうです。
勝:「『それ、僕が全部、意図的にやってるんです。汲み取っていただけた』と言われて。きれいに整ったものをつくっても愛着が湧かなくて、疲れた、それで今ここにいるんです、と」
年に1万着のドレスをつくる働き方に疲れて、この場所をつくった人がいる。そこへ、走り続けて疲れた勝さんが、意図的に止まるための宿として前々日に見つけて、たまたま辿り着いていた。
休みに来たはずが、理屈で考えることをやめざるをえない出来事が続きます。
勝:「私、ここに休みに来たはずなんですけど、頭が『考えるな、感じろ』状態になって」
最後は「あなたは先駆者。そのまま進んでくださいね」と、森の妖精みたいなデザイナーさんに見送られて帰ってきたそうです。
勝:「これ何が言いたいかというと、自分の歩いてる道が正しいときって、こういうことが起こるんですよね。自分の歩いてる道が正しいとき、人生に偶然なんてないんじゃないか、って思うんですよ。私は今、正しい道を歩いてるからここに導かれたんだな、私の道はこれでいいんだ、という確認をして帰ってくることができたんですよ」
意図的に止まらなければ、この2日間は存在しなかったはずです。勝さんが少し前に「休みじゃなくて軌道修正」と話していたのは、こういうことなのでしょう。
■道を間違えているときのサインは、違和感と疲労感
最後に、ひとつだけ聞きました。間違った方向に進んでいるとき、普通の人はどう気づけばいいんでしょうか。
勝::「人って絶対に、何かしら引っかかる部分があると思うんですよ。その違和感に気づけるようにしておいた方がいい。」
そしてもうひとつ。
勝:「あと本当に、疲労感が違います。めっちゃ疲れる」
――楽しいときって、疲れないですもんね。
勝:「そう、疲れないんですよね。なので、方向を間違っていたらすごく疲れるな、というのはあると思いますね」
意図的に止まるか、進めなくなって強制的に止められる……。どうやらこのどちらかが、人にはいつか起こるのだそうです。自分から止まれば数日で済むけれど、止まらされたら年単位でかかる。
そろそろ止まったほうがいいというサインは、売上や評価ではなく、違和感と疲労感のほうから先に届きます。書類の束をトントンと揃えたときに飛び出してくる1枚も、たぶん同じものです。それを無視して拾わず走り続ければ、いずれ瓦礫の山になる。
その1枚を拾うための時間を、自分から予定に入れておく。そのためには、“意図的に止まる”ことが必要不可欠なのでしょう。
文:すす / 写真提供:勝友美
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