名探偵の掟/講談社/東野圭吾
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ときに主人公よりも存在感を放つ脇役。脇役のキャラクターが立っていると、主人公をさらに引き立てます。連載「TheBookNook」Vol.19では、脇役に着目したい作品をご紹介。ひとつの作品にさまざまな角度から接することで、読書の楽しみ方がもっと深まるでしょう。
文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹
脇役に魅了されて……。
例えばシャーロック・ホームズでいうところのワトソン君のように、主人公ではないけれど物語になくてはならない登場人物っていますよね。脇役の主人公。
その他にも物語には数回しか登場していないのに印象的な一言で物語を大きく動かしたり、ときに主人公よりも読後記憶に残っている登場人物はたくさんいます。
写真はイメージです。
主人公に心奪われつつも、「いい味出してるなあ……」と印象深く残る脇役たち。物語のキーパーソンだったり、謎を深めるストーリーの転換として登場したり、いろいろな形で物語に重要な影響を与えます。
そう、きっとどの物語も、主人公の世界線を彩る個性豊かな“脇役”たちによって完成されているのです。脇役がイキイキしていてこそ輝く物語もたくさんあります。
今回は、そんな物語を支える存在である欠かせない「脇役」に魅了される作品を紹介させていただきます。一度読んだ本も視点を変えて脇役に注目しながら読むと新たな発見があるはずです。
探偵ものでは脇役とされがちな“警部目線”で描かれた本作品。全12章+2篇の短編で構成されています。王道ミステリー……かと思いきや登場人物自身がストーリーの設定やトリックに突っ込みを入れていくという斬新なスタイル。
こんな本があると世の推理作家さんたちが苦労するのでは……と余計な心配をしてしまうほど推理小説の裏側がさなざまな目線で描かれており、さらには“読者”という存在が物語の中で認識されているため、私たち安直な読者と物書きを痛烈に皮肉ってきます。
ミステリーにおける数々のお約束やあるあるネタが多く登場するので、ミステリー作品を読んだことがあればあるほど楽しめるかもしれません。クスッと笑える展開でありながら、ラストは喉元に刃を突き付けられたかの如くヒヤリとさせられました。勢いよく言い切るなら“面白い”の一言に尽きます。
後に出版された「名探偵の呪縛」は本作の続編でありながら、作風はガラッと変わり、“本格”推理小説に対する作者・東野圭吾氏の強い想いを感じ取れます。ぜひ続けて触れてほしい2冊です。メタフィクションって面白い。
今作品は7つの物語で構成された短編集……いや、正確には6つとひとつ。最後の一篇はカーテンコールのようにこれまでの6篇から登場人物やそのモチーフが登場します。
デビュー15周年を記念して執筆された小説ですが、短編でも伊坂ワールドは全開です。正直、7年前の初読時は“連作”ではない短編に戸惑いがありました。今思えば当時は、いわゆる“伊坂幸太郎らしさ”を求めていたからだと思います。しかし、大人になって読んでみると、その多彩さに恥ずかしいほど心惹かれているから不思議です。
どの短編も面白かったのですが、読後、一番に頭に浮かんできた登場人物は“稲垣”でした。頭と体のバランスが悪く、いかにも胡散臭そうな印象に描かれる相談屋の稲垣。物語が進むにつれて稲垣の印象は随分と変わり、私の中で欠かせない脇役のひとりとなりました。
不穏な空気の物語やファンタジー、心温まるストーリーなどバラエティに富んだ物語を独特な伊坂幸太郎氏の世界観で楽しめる本作の中に、あなたのお気に入りの登場人物を見つけてみてください。
そして巻末の15年を振り返るインタビュー……これは、ファンであってもなくても必読です。セミンゴ。
余命宣告を受けた妻と過ごした日々を夫の独白で綴るこの作品。実はこの物語には登場人物に名前がありません。よく“僕”や“小生”など一人称が用いられることもありますが、それもありません。
淡々と描かれる妻と夫のやりとり。作者である山崎さんは“死”を日常のことのように軽く描きたかったそうです。
どこまでも繊細で静かな山崎さんの文章は、まるで私たち読者のすぐ目の前で喋っているかのように真っ直ぐに心に入ってきます。設定から泣かされると予想して読み始めましたが、読後に待っていたのは穏やかで新しい距離感の意識の刷新。人の数だけ丁度いい距離があり、近いことが素晴らしく、遠いことは悲しいなんて、思い込みなのかもしれない……。遠くても「美しい距離」はきっとある……ということをそっと教えてくれました。
死を前にして妻が語る死生観や因果応報には胸をうたれます。歯がゆさとも諦めとも違う、本当に、ただただ美しい距離でこの夫婦を抱きしめたくなりました。たんなるお涙の物語ではありません。大切な人がいるあなたに、ぜひ。
いかがだったでしょうか。物語が主人公だけで成り立つことはほとんどありません。特に日常を切り取ったような小説には“こんな人、いるいる”という脇役や“こんな言葉をかけてくれる人がいたら素敵だな”という脇役が登場します。
だからこそ私たち読者が自身を投影して親しみを持っていろいろな作品の世界を楽しめているのかもしれません。いつもと少しだけ視点を変えて、脇役たちに注目しながら本を読めば、一度読んだ作品も大きく印象が変わるはずです。物語をどう捉えてどう楽しむかは、いつの時代も読み手の自由。
あなたは誰目線で、楽しみますか?
この連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。
一冊の本から始まる「新しい物語」。
「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
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