言い寄る/講談社/田辺聖子
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もうすぐバレンタインデー。連載「TheBookNook」Vol.17では、チョコと一緒に味わいたい作品たちをご紹介します! 今回の八木さんセレクトは、ちょっと甘めな恋の物語です。ぜひお好みのチョコをお供に楽しんでみてください。
文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹
一年に一度のバレンタイン。皆さんの記憶にはどんなバレンタインの思い出がありますか? 私が物心ついたときには意中の相手へ想いを伝えるためにチョコレートを贈るという日本らしいバレンタインデーのスタイルが定着していましたが、時代と共にバレンタインチョコの種類も多様化しています。
皆さんは“自分チョコ ”をご存じですか ……? 別名“ご褒美チョコ”。
いつから浸透したのかわかりませんが、耳にしたことがある方も多いはず。私、この言葉が大好きなんです。嫌なことがあっても必死に歯を食いしばり、毎日を懸命に生きる自分の姿を知っているのは、他でもない自分”です。
そんな自分へ贈る「ご褒美」がチョコレートだなんて……可愛くないですか?
写真はイメージです
今回はいつも頑張る自分にご褒美チョコのような読書時間を……ということで、甘くて切なくてほろ苦い大人の恋愛小説を紹介させていただきます。
味わい深いチョコレートのように、一度読んだら忘れられない恋の物語をお楽しみください。
31歳、仕事は順調、言い寄ってくる男性も沢山いる。でも本命のあの人には言い寄られないし、言い寄れない。そんな三十路女性が主人公の今作品。親友の妊娠騒動をきっかけに、事態は思わぬ方向に向かうのですが ……。主人公の焦りや悲しみをまるで同じ空間にいるような温度感で味わえます。あえてこの物語を言葉を選ばずに表すなら、 “愛すべきクソ〇ッチ作品 ”。
理解できないはずなのに怖いほど共感できてしまい、不覚にも少女漫画を読んでいるかの如くキュンキュンしてしまいました。
関西弁で描かれた文体と相反するフランス小説のような空気間。テンポのいい会話に惑わされ楽しく読み進めていると後半、心に物凄い傷を背負わされます。
何より驚いたのは、この物語が描かれたのが昭和48年ということ。時代を感じさせぬほど感性が現代的で、それでいて日本的な湿気を少しも感じさせません。その証拠に、時空を超えて今現在 95歳となった“彼女”に何度もキュン死にさせられそうになりました。
最初から最後まで主人公に振り回され、読後は息切れさえ覚えましたが、血液と共に全身に流れ込んでくるような田辺先生の文章が本当に魅力的で、タイトルにある「言い寄る」がより一層味わい深く感じました。 誰かに “言い寄る”っていいなあ……。
成熟した女性の孤独と老いへの不安……それらが “恋”と相まってサガン氏の美しい文章で綴られていく本作品。このなんでもない「ブラームスはお好きですか?」という一句が、とつぜん広大な荒野の世界を露わに見せてくれたように思えました。
主人公の彼女が忘れていたあらゆること、避けてきたあらゆる疑問、移ろう彼女の心情の機微をベースに描かれていくパリの中産階級の恋愛模様に“全身全霊をかける恋”を真正面から突き付けられます。
恋愛小説になじみがない私としては、ストーリー展開については毒にも薬にもならないと思っていましたが、ちょっとした仕草に愛情を感じたり、相手を想ってとった行動が裏目に出たり、ときどきで目まぐるしく揺れ動く登場人物の感情の振れ幅がやけに生々しく、正直、読みながら迎える結末は安易に想像できてしまうのですが……かなり楽しめました。
迫りくる結末を横目に僅かな希望を捨てずにはいられず、“彼女”の手を取るように読みとどまる時間さえありました。たとえるなら、体全身のささくれを剝がれる直前までピリピリと引っ張られているような感覚とでもいうのでしょうか……。
多少の読みづらさはあれどハマる人はどっぷりハマれるこの世界観。読後は、ちょうどこの物語の分岐点を指示しているタイトルとその装丁を眺めながら、悲しくも美しい結末を暫く嚙み締めていました。
人間って面倒くさくて美しい……。
“忘れられない一冊の本 ”がきっかけでネットで知り合った男女。 “この人の紡ぐ言葉が好き ”という感情で繋がったふたりは次第に関係を深めていきます。会いたいと願う男性に対し、それを頑なに拒む女性……その理由が明らかになってから坂道を転がるようにグイグイと物語の世界に惹きこまれていきました。
ふたりの間に立ちはだかる問題は決して小さくはなく、それどころかことは大きくなるばかり。お互いがお互いの苦しみを100%理解できないのはどんな境遇であっても同じですし、そんなの頭では理解しているはずなんです……でも。
「ハンデなんか気にするなって言えるのはハンデがない人だけ」……良かれと思って言った言葉も受け取り手によっては鋭い刃物でしかないことがよくわかります。痛みや悩みに貴賎はないと気づいた後、ようやくお互いに言葉で向き合えたふたりに、読後、私は、“あなたも大丈夫だよ”と心ごと抱きしめてもらえたような感覚になりました。
本作は、幸せになろうと真摯にもがく恋愛小説であり、ひとりの人間としての私たち読者に向けられた成長小説でもあります。わかり得ないことをわからないなりに知ろうと努力すること、あと一歩進めば叶うかもしれない夢があること、 “聞く”と “聴く”の違い、タイトルに隠された意味 ……。
登場人物に自分の人生をなぞらえ、自分をえぐりながら、自分の核心を見つけ出せる……こんな本はなかなかありません。“私”という人間のなかに、この物語にある一つひとつ、一文字一文字を、余すことなく置いておきたいと強く願いたくなる一冊でした。
決して人に自慢できるような恋ではなくても、お互いに心から想い合い、いろいろなかたちで“愛”が成立するからこそ、大人の恋愛は面白いのです。
現実世界での恋なんてご無沙汰の人も、恋を諦めている人も、チョコレートが好きな人も嫌いな人も、物語を通して自分じゃない誰かになって新しい“恋”を始めてみてください。皆さんの読書時間がチョコレートよりも味わい深いものになりますように。
最高に贅沢なバレンタインを。
この連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。
一冊の本から始まる「新しい物語」。
「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
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