24時間365日「お母さん」でいようとしなくていいんです【chihiRo×櫨畑敦子】
連載「お母さんはもっと自由でいい」では、ジルデコのchihiRoさんが、仕事と育児の両立を実現している女性と対談し、働くお母さんをもっと自由にするヒントを届ける企画。2回目ではシングルマザーとして0歳の女の子を友人たちと一緒に育てている櫨畑(はじはた)敦子さんにお越しいただきました。
仕事はがんばりたい。でも、家族との時間も大切にしたい。子どもがいる女性なら一度は悩んだ経験があるのではないでしょうか。
ジャズバンド「JiLL-Decoy association」(通称、ジルデコ)のボーカルを務めるchihiRoさんもそんな女性のひとり。第一線で活躍するアーティストであると同時に、家では1歳9カ月の娘さんのお母さんでもあります。
「音楽活動にもっと勤しみたいけど、家族との時間もしっかり持ちたい」。そんな葛藤を抱えています。
chihiRoさんがホスト役となり、仕事と育児の両立を実現している女性にお話を伺う連載「お母さんはもっと自由でいい」。
2回目のゲストは、シングルマザーとして0歳の女の子を友人たちと一緒に育てている櫨畑(はじはた)敦子さん。
■櫨畑敦子さん
大阪在住のシングルマザー。17歳で多嚢胞性卵巣症候群と診断され妊娠を諦めたものの、会社員を経て保育士になる過程で妊娠・出産を強く望む。「結婚しないで出産したらどういう子育てのやり方があるか?」を模索し、契約結婚やゲイカップルとの人工授精など周囲を巻き込みながら多くの実践を経て、2017年に結婚しないで出産。現在、大阪市内の路地にある古い長屋で友人たちと第一子を養育している。7月10日には、著作『ふつうの非婚出産 シングルマザー、新しい「かぞく」を生きる』を発売した。
■「お母さん」と呼ばないで
chihiRoさん(以下、chihiRo):櫨畑さんの子育てのやり方は自由で、世の中の「お母さん像」にまったくとらわれていない感じがします。
櫨畑敦子さん(以下、櫨畑):私は娘を産んだ人ではありますが、「自分がお母さんだ」という意識がほとんどありません。
「母親」は役割に過ぎないのに、多くの人は「母親」や「父親」を一生懸命に演じようとして苦しくなる。
娘のことは可愛いですし、「産みたい」と思って産んだわけですが、私はどこまでも「私」として生きています。だからいわゆる世間一般の「母親」の脚本を渡されても困ってしまう。
chihiRo:「母親の役割」という考えには深く共感します。母親業をしっかり全うできているか常に気になります。どうやったら楽になれるのでしょうか?
櫨畑:いっそのこと「お母さん」という呼び方をなくせばいいと思います。子どもを産んだからといって、24時間365日お母さんでいる必要はないはずです。「○○ちゃんのお母さん」である前に、ひとりの人間ですから。出産すると「お母さん」「○○ちゃんママ」なんて呼ばれ始めて、自分の名前で呼ばれることは一気に少なくなりますね。
■みんな先のことを考え過ぎている
chihiRo:40代独身の男友達は、「いま子どもができたとしたら、成人したときには自分は60歳になる。年齢やお金のことを考えると、産まれてくる子どもが可哀想で」と話しています。気持ちはわかるけど、先のことを考え過ぎかもよ? と言ってみたくもなる。
櫨畑:自信がなかったり、自由に動けないことが不安なのかもしれませんね。私は20年後に生きていると断言できないですし、「私の身に何かがあっても、どうにかなるだろう」くらいに考えています。
よく、子どもが大学を卒業するまでいくら必要とかいう話になりますが、そこまでするのが本当にいいことなのか、子どもがそのときに考えることで、親がどうこうするものではないように思います。
こう言うと「無責任だ!」と批判が飛んできそうな気もしなくもないですが(笑)。お金がかかるから、収入が低いからできないと言われていますが、贅沢しようと思えばできるし、しなければ工夫次第でどうにでもなります。
chihiRo:あまり過保護なのも考えものですね。
櫨畑:私は娘に対して、過剰なサービスはしないようにしています。命の危険は避けないといけませんが、痛みを味わう経験は大切だからです。
少し頭を打ったくらいで騒ぎ出すとキリがない。驚いて騒いでいる大人を見ると、子どもも戸惑って不安になってしまいます。どっしり構えて、安定感のある人間になりたいものです。
たとえば木に登って落ちたら、「今の自分の力量ではこの高さで落ちて、こんな痛みを感じるんだ」と学べるわけです。
これ自体はデンマークのスタディツアーに行った際に、「森のようちえん」で学びました。私自身が小さい頃から空手を習っていたこともあり、痛みを体感することはこれに似ています。
■困ったときは、誰かが助けてくれると気楽に構えている
chihiRo:お話ししていると、櫨畑さんは自分の気持ちに素直で、行動力がありますよね! そんな人柄に惹かれてたくさんの人が集まってくるんだろうなあ。
櫨畑:私はもともとそうではありませんでしたが、いろんなきっかけがあって世界に対する態度を変えました。「身近な人が困ったら助けるし、誰かが助けてくれるんだ、世の中そんなに悪くない!」と感じ始めているんです。
だいたいの人は、助け合いたいと思っているのではないでしょうか。こんな時代だからこそ、もっと人と人とのつながりが弱くても広くつながればと思います。
「かぞくって、なんだろう?展」(櫨畑さんらが主催した展覧会。7月7日まで開催された)は、資金がない状態からスタートしています。polca(友人から資金調達をするアプリ)で募金を呼びかけ、友人たちの協力で成り立っているんですよ。中には、大阪から手伝いに来てくれる人もいます。
chihiRo:みんなが助けてくれたんですね。私、街でぐずっている赤ちゃんを見ると、あやしてあげたいな、何かしてあげたいなと思うんです。でも迷惑じゃないかと考えてしまい、なかなか行動できない。
櫨畑:「オムツ替えといて」とか「トイレに行くから抱っこしといて」みたいな感じで、してほしいことを具体的に伝えたらいいと思うんですよ。chihiRoさんみたいに、手伝いたくても遠慮してしまう人は多いから、一言言うだけで「自分は手伝っていいんだ!」と喜んでくれます。
「人を見たら泥棒と思え」のように、私たちは他人を疑うように教育されていますよね。でも、誰かを疑うことことって、疲れるんですよ。疑うことも大事ですが、冷静な判断力を身につけた上で、信頼し身を委ねることも大切です。そうなれば、子育てもしやすくなる。
■みんなで子育てすれば、負担が減る
chihiRo:人類の進化の歴史を辿ると、子どもを核家族だけで育てるのは無理があると聞いたことがあります。共同保育はそういう視点では理想的な子育てのやり方ですね! メンバーは子育て経験者が多いのでしょうか?
櫨畑:独身が多いですが、既婚者、妊娠で悩む人、子育ての終わった人も入り混じっています。赤ちゃんがいる暮らしの体験ができるので、興味が湧くみたいです。
月1回くらいの人も含めると、直接的には20人以上の人が関わってくれて、一緒に娘を育てています。これは、娘にとってもいろいろな人と接したり、親以外の拠り所を得たりとメリットも大きいと思っています。
chihiRo:展示を見てきたのですが、「おむつ大臣」とかユニークな担当があって楽しそうですね。それぞれの担当ジャンル+大臣、って命名すると、張り切ってやってくれそうですよね。
櫨畑:ほかにも、「見つめる大臣」「おふろ大臣」「そうじ大臣」などの担当があります。出産前は、子育て経験がある友人やネットの情報から「育児は大変だよ」「眠れないし自分の時間もなくなるし辛いよ」と聞かされていたので身構えていました。
でも、実際には思ったほどではなくて、想定の範囲内だったのでホッとしています。それもこれも多くの人の力添えのおかげだと思いますよ。
■お母さんが自由なのは、当たり前
chihiRo:私はDRESSの対談を通じて、子育てに対する考え方が変わってきて、前よりも自由になりつつあるなあと感じます。
夜にレコーディングがあるときは、保育園に娘を迎えに行って、そのままスタジオに連れて行くんです。追い込みの時期には、一泊したこともあります。
今までは、「親の都合で振り回して子どもが可哀想」とか「こんな場所に子どもを連れてくるの?」と思われるのが嫌だった。でも、「これはしてはダメ」という決めつけをなくしていくと、ストレスがなくなりますね。
そうそう、先日はイベントの懇親会に娘を伴って参加したのですが、ボーリング大会では娘を抱えたままボールを投げました(笑)。
櫨畑:想像するとちょっと心配ですが、いいですね! 対談名は「お母さんはもっと自由でいい」とありますが、本当はわざわざ「自由でいい」なんて、言わなくてもいい社会が理想ですよね。自由なのが当たり前ですから。
私を扱ったドキュメンタリーが少し前にテレビで放送されたところ、批判的なコメントが寄せられました。
自分が心地よいと感じる環境は、自分で作るしかありません。私にとって、人に頼る、信頼して任せるのはそのための手段なのです。自分を苦しめるのも、楽にするのも結局のところは自分自身の責任です。考え方や受け取り方によって、世界の見え方は180度変わると思います。
chihiRo:本当にその通りですね! 櫨畑さんの言葉や行動に勇気をもらいました。私ももっと自由なお母さんを目指します。
Text/薗部雄一
Photo/池田園子
いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。