「本当の幸せ」は自分ひとりで得られるものじゃない【佐藤あつこ】
人間は何が幸せかを知っているのといないのとでは、人生の過ごし方が変わってくるはず……哲学的・学問的に「幸せ」の定義を明確にした4人の哲学者を取り上げ、読者の皆さんと一緒に幸せについて、ちょっとだけ真剣に考えるコラム、後編です。
■「幸せ」について、古代ギリシアまで遡って考える
前編「あなたが考える幸せって? 哲学者による「幸せ」の定義から得る生きるヒント」に引き続き、「幸せ」とはなにか? をちょっと真剣に、哲学的・学問的に追究します。
かなり自己犠牲的で、かつ正義感に溢れた人生を通じて「幸せ」な生き方をした古代ギリシアの哲学者にソクラテスという人がいます。
(古代まで一気にタイムトリップです)
ただ、「金銭をできるだけ多く自分のものにしたい」というようなことにばかり気を使っていて、恥ずかしくないのか。
評判や地位のことは気にしても、思慮と真実には気を使わず、魂をできるだけよいものにしようとしないのは恥ずかしくないのか。
ソクラテス……どこをどう読んでも正論ですね。
しかし、当時のギリシアではさまざまな事情があり、このような正論が「青年たちの心を惑わし、望ましくない行為」であるとされ、告訴、さらに死刑となってしまいます。
裁判官に反論し、罪を免れるいくつもの機会を放棄し、死刑を受け入れ、亡くなってしまったソクラテスは、自分自身の保身ではない、「正義」という選択をしたことで幸せであったのです。
つまりソクラテスにとっての幸せは「正義と道徳心」でした。
■幸せには「自己犠牲」がつきもの
ところ変わって、今度は日本。「幸せ」について、日本の哲学者はどのように捉えていたのでしょうか?
ご紹介する天野禎祐という人は1884年生まれ。今もなお、多くの議論がなされている、1890年に発表された「教育勅語」のもとに育った世代です。
当時の日本は、太平洋戦争に敗戦し、戦前の「教育勅語」や「修身」といった日本の教育の根幹をなしていた思想を失う激動の時代でした。
価値観も世界観も人生観もすべてが一晩にして変わってしまった時代――祖母がそう話していたのを覚えています。
教育が根本から変わってしまった……天野はそのような時代に教育を司る「文部大臣」になりました。
このような混乱の最中である戦後、教育を所管する大臣が哲学者であったことからも、教育、すなわち人を育てる根幹に哲学が必要な時代だったと言えるでしょう。
自己の過度の要求を制することは自己を生かす道である。
人間はそれぞれに課せられてゐる使命があり、その使命を果たすことが各人の道であり、その道を行くことが道徳だと私には考へられる
一見すると、あなたの「幸せ」を最大化させたものが社会全体の「幸せ」となる、としたベンサムとは、ずいぶん違う考え方です。
しかし、ミルの時代になると、もっと高い次元での幸せとは、量ではなく質である、という時代になりました。高い次元の幸せには自己犠牲的な精神も含まれているのでしょうか。答えはイエスです。
■結局、何をもって幸せというのか?
ベンサムからは「量の快楽」、ミルからは「質の快楽」に幸せを見出すことができます。
不正に屈せず、自らの人生を短い期間で閉じたけれど、正義と道徳を貫いた意味で幸せであった古代の哲学者ソクラテス。
哲学者・文部大臣として自己犠牲的、他者の利を唱え、教育の再興に尽くした天野貞祐。
ソクラテスは、死という苦痛を伴う正義であったことから、彼自身は幸福であったにせよ、それは最大の自己犠牲です。
同じく、天野が論じた幸福論においても、自己犠牲を伴う幸福というものが記されています。
また、ベンサムなミルの「快楽」においても、決して幸せは自己中心的な快楽ではないと繰り返し主張されました。
まったく意外にも、自分以外の他者を利するという「幸せ」のあり方を、古代ギリシアから明治時代までの4人もの有名な哲学者が主張しているのです。
人が幸せを追い求めて生きることは、私たちの毎日の行為の真ん中にあります。
つまり、その毎日の行為を「選択の連続で積み重ねた」のが人生であり、選択そのものが私たちの人生観や世界観であるのです。