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少ない経験から法則を見出し人に説く愚かさ【紫原明子 連載 #9】

誰かから受けた悩み相談に対し、自分の経験と照らし合わせて「それは◯◯だよ」と決めつける。やってしまいがちなふるまいだけれど、はたして、それは誰かの心を救っているといえる行為なのだろうか。

少ない経験から法則を見出し人に説く愚かさ【紫原明子 連載 #9】

以前、お仕事でご一緒させていただいた予防医学研究者の石川善樹さんが「人間の愚かさとは、自分の知っている少ない事例から、万人に共通する法則を見出そうとすることですね」と、キリッと爽やかにおっしゃった。

これにはもうあまりにも身に覚えがありすぎて、土下座して謝罪でもしなければならないのではという気持ちに……。

自分や友人の、たかだか一つや二つの私的な体験から「あるある」を見つけ出すのは何とも言えず楽しいし、会話の醍醐味だし、私なんてそれらから“人間ってこういうもんじゃないかな”“宇宙の真理ってこうじゃないですか?”というような、壮大な結論に紐づける作文でお金をもらったりもしている。

ただ、文章においては、そうやって見出した話を「そうそう」と、思うか「いやいや」と思うか、最終的には読む人に委ねられているというところで、なんとか大目に見ていただきたい。一方で、1対1というような、より説得力を伴うケースでは、やっぱりちょっと気をつけなくてはいけないな、と思ったのだ。

■「うちの夫、怪しいと思う?」相談への適切な対応

離婚経験者になってからというもの、本当に頻繁に「危ない夫婦の見極めのポイントは?」とか、「うちの夫、怪しいと思う?」といった相談を受けるようになった。

たとえば毎日のように帰りが深夜という夫がいたとして、夫はそれを仕事でやむを得ない会食と言っていたとして。それは本当なのかという疑いがあって。
私の経験だけ参照すればそれはクロである。私は当時、馬鹿正直にそれを仕事だと信じ込んでいたのだが、考えてみれば働くことがそんなに大して好きでもないはずの当時の夫が、ビジネス上必要なだけの真面目な会食を毎日毎日ストイックに詰め込んでいるはずがなかったのだ。

だけど当然ながら、必ずしも他のケースでも全てが同じくクロだと言い切ることはできない。東京で仕事していれば常識なんて通用しない、様々なシチュエーションが考えられる。毎晩のように仕事で会食の予定が入る人だっている。だから、当然ながらむやみに「それはクロだよ」なんて言ったりはしない。

……ただ、クロかもしれない、と疑心暗鬼になっている友人を前に、彼女はこれくらい不安で、これくらい追い詰められているんだろうな、という心情の部分について、つい無意識に、自分の体験した心情を、そのまま投影してしまうことは、残念ながらよくある。

一見相手の気持ちに寄り添っているようでも、よく考えると実はこれって結構リスキーだ。だって、実際はもっとあっけらかんとしているかもしれない。あるいは、本当はすごく不安が大きくても、なんとか少なく見積もって、気のせいだと思って乗り切ろうとしているかもしれないのだ。そこを見誤ってしまえば、相手の不安を必要以上に増長させてしまうことにだってなりかねない。

■私の体験は私だけのもので万人に共通しない

人って、不確かなものを不確かなまま抱え続けることが苦痛で仕方がない。
不安だから、こうすれば安心、と思えるような、すぐに答えになるような、明確な答えを、できれば誰かにポンと提示してほしいと思う。だけど、こと個人の人生に起こり得る事象に、万人に共通する法則なんてそうそう見つからない。私が体験して感じたことは、悲しいかな、やっぱりあくまでも私だけの経験なのだ。

だから結局のところ、勇気を出して不安を打ち明けてくれる友人たちに、答えを提示することも、気持ちに同調することも、本当の意味ではできない。残念だけど仕方がない。でも、だからって何もしないんじゃあまりにも自分が虚しいから、最近はせめてこういうふうにやるようにしている。

まず、その場では、努めてフラットに相手の話を聞く。無理に笑い飛ばそうとしたり、過剰に悲観したりもしない。ただ、その先にもし、辛いこと、嬉しいこと、何が起きようとも、最後の最後に孤独になる前には、必ず私が立ちはだかるのだと、その気概を見せておく。いつ、どんな答えが明るみに出ようと、好きなときにここに休みに来ていいんだよと、そのことだけを、十分すぎるほどの言葉や態度で、示しておくのだ。

紫原 明子

エッセイスト。1982年福岡県生。二児を育てるシングルマザー。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。『家族無計画』『りこんのこども』(cakes)、『世界は一人の女を受け止められる』(SOLO)など連載多...

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