1. DRESS [ドレス]トップ
  2. 恋愛/結婚/離婚
  3. 離婚したら、まずは自分だけの城を作ろう

離婚したら、まずは自分だけの城を作ろう

離婚して初めて自分の名義で契約した家には、特別な思い入れがあると語る紫原明子さん。新しい生活の土台を作りあげる時間は、喪失と引き換えに、新たに手にする自由の尊さ、豊かさを教えてくれるのだ。

離婚したら、まずは自分だけの城を作ろう

このところ、私にしては珍しく、仕事と家事が良い調子で回っている。長く抱えていた大きな仕事がひと段落したこともあるが、それに加えて、ちょっとした断捨離をしたことも理由の一つだ。カウンターの上に山積みになっていた子どもたちの学校のプリントや仕事の書類を片づけたら、久々にカウンターがカウンターとして機能し始めた。するとそれを機に、料理の準備や片付けがぐっとスムーズに運ぶようになった。たった一箇所でもテコ入れすると、生活全体の流れが変わり、それまでいかに滞留していたかに気づかされる。生活の流れが変われば、そこで暮らす人の体調や心の持ち方も変化する。家と体はつながっている。

■現在の家に住んでいるのは運命

私はこれまでに何度も引越しをしてきたが、今の家には特別な愛着がある。というのもここは私が、前の夫と離婚するまえに、生まれて初めて私の名義で借りた家だからだ。普通、家族で住めるくらいの広さのある家を借りる場合には、前年度の収入や、保証人の有無など、信用を担保できるかどうかの審査を必要とされる場合が少なくない。その点、当時の私はまだ働き始めて1年と経っておらず、前年度の収入は微々たるもの。また、実家の両親もすでに定年退職しており無収入だったので、保証人を立てろと言われても困ってしまうところだった。けれども、この家にはそういった手順が不要で、「私の名義で借りたいんですが大丈夫ですか?」「はいはいどうぞ」という感じで、奇跡のようにスムーズにことが運んだのである。ネットの賃貸案内で見つけて、どうしてもここに住みたい!と思った家にアタックして即、契約。運命とはこのことか、と思った。

さらに言うと、この家を選んだ一番の決め手は、いわゆる原状回復義務のないところだった。壁に絵を描こうが、壁をぶち抜こうが、好きにリフォームして良いし、そのまま退去して良いということになっていたのだ。そこで私は入居に際し、床材を買って、子どもたちと自らの手でリビングの床をはり、子ども部屋やトイレや洗面所などの壁に、ペンキで色を塗った。収納が少ないところに、L字金具と板で棚を取り付けたりもした。骨は折れるが、そのぶんを差し引いてもなおあまりある達成感があった。

■離婚は断捨離の一種

というのも、思えば私は高校を卒業してすぐに結婚したので一度も一人暮らしをしたことがなく、自分だけの城を持ったことがなかった。10年以上続いた結婚生活で、決して私の趣味が尊重されないということはなかったし、むしろ大体いつも、私の好きなようにやってきたが、それでも私と、子どもたちだけで暮らす家を作る、私が世帯主となる家を作る作業というのは、それまでやってきたこととはまったく別物だった。誰かの愛をつなぎとめよう、誰かに愛される自分であろうなどということを少しも考慮せず、本来自分が好きだったテイストや、理想とする生活スタイルとだけ真摯に向き合う中で、ああ今、自分が大事にされている(自分によって)!という大きな喜びを得ることができたのだ。

夫婦の不仲というどうしようもない不調和を内包した家は、たとえばカウンターの上に積み上げられたプリントの山のように、それによって生活や、体や、心、あちこちの流れを知らず知らずのうちに滞留させている。だから結局のところ、離婚だって一つの断捨離だ。一人になること、住み慣れた家を離れることにはどうしたって不安がつきものだが、そんなときこそ新しい自分だけの城、自分だけの家作りに励もう。刷毛やドライバーを片手に、日々くたくたになるまで作業に没頭する。新しい生活の土台を作る時間が、喪失と引き換えに、新たに得られる自由がいかに尊く、豊かなものであるかを教えてくれる。

紫原 明子

エッセイスト。1982年福岡県生。二児を育てるシングルマザー。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。『家族無計画』『りこんのこども』(cakes)、『世界は一人の女を受け止められる』(SOLO)など連載多...

関連するキーワード

関連記事

Latest Article