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時間をプロデュースしてもらって遅刻癖を直したお話

自分自身の残念な癖を変えたいーーそう思い、行動を矯正するために、夫に協力してもらう中で、素直になることが大切だと知った兎村さん。遅刻のなくなった暮らしは楽しく、良い人生になったと振り返ります。

時間をプロデュースしてもらって遅刻癖を直したお話

とても恥ずかしい話をします。

私は子どものときから時間を守るのがとても苦手で、自他共に認めるひどい遅刻王でした。小学生の頃、すでに遅刻癖が始まり、高校生時代には年間の遅刻日数が100日を超えていました。

約束の時間が近づくのに用意を始めるのが遅く、毎回ほとんど間に合いません。あまりにも遅刻することに慣れてしまい、癖になってしまいました。自分の力で改善できなくなり、もはや遅刻という病気のようです。

■夫から届くデートのタイムスケジュール連絡

夫とお付き合いを始めた頃。私があまりにも毎回遅刻をするので、夫はデートに出かける前日、私へさりげなく翌日のタイムスケジュールを連絡してくるようになりました。

「明日は□時□分の電車に乗って○○で待ち合わせです。その後△△まで出かけます。寝る前に机の上に持ち物を置いておいてね」

最初、それが何を意味しているのか、さっぱりわからなかったのですが、叱られたとか、注意されたとかではなく、スケジュールとやることだけをシンプルに告げる連絡が来るから、その通りにしたという感じです。

何度か前日にスケジュール告知が来るデートをしました。映画や美術館、演劇へ行くためのデートなのですが、その公演や上演時間が何時からなのかはタイムスケジュールに記載されていません。

■ゆったり過ごすのが心地よい

夫からのタイムスケジュール通りに行動すると、待ち合わせの後に、一杯コーヒーを飲む時間が設けてあったり、ちょっと早めに着いて会場でワインを呑む余裕があったり、会場の近くの素敵な本屋さんに寄り道したり。毎回、なにかちょっといいことがオマケとして用意されています。

私はデートが楽しくなって、夫から届く前日のタイムスケジュールの告知を、ゲーム感覚でこなすようになっていきました。

不思議なもので、そんな告知デートをこなしていくうちに、夫とのデートでは遅刻をしていないと気づきました。今までは慌てて家を出て、焦って会場に着いて、落ち着かない気持ちで観劇して。なんでもギリギリ生活だったのが、デートでは落ち着いてゆったりしています。ゆったりというのが、とても心地よいのです。

■余裕がある=楽しいことを思いきり楽しめる

「今までとは何かが違うぞ」と感じ始めて、夫に聞いてみました。

「遅刻って人生を損している行動だと思うんだよね。どんなにいい人でも、ちゃんとしてそうな人でも、しょっちゅう遅刻していたら、本当はだらしない人なのかなぁって思うでしょ? それに待たせるって誰かの大事な時間を奪っているし、気持ちに余裕がなくなるよね。余裕がないと、楽しいことも楽しめなくなるんだよ」

そのとき、生まれて初めて自分が遅刻をして生きてきたことが、どれだけ恥ずかしいことなのか理解できました。

「『遅刻しちゃだめ』って言うのは簡単だけど、それで治るなら最初からしないわけで(笑)。だからとりあえず余裕があるって楽しいなって体験してほしいなと。やればできると思うよ。今までやってなかっただけなんだから」

■遅刻癖で失ってきたものに気づいた

謎が解けました。そうなんです。きっと夫は、私の変なプライドの高さや、人の話をちっとも聞かない性格をわかっていて、「遅刻はダメ」と言い聞かせても、あまり効果がないと察していたのでしょう。もし「遅刻はダメ」と注意されていたら、こじらせ女子だった私は、ひねくれて遅刻し続けていたと思います。

先入観なしで「時間に余裕があると楽しい」を経験(体験)させてくれたので、遅刻する人生ってつまらないと理解できました。言葉で教えられるのではなく、自分で気づくまで待っていてくれた感じでした。

タイムスケジュールを伝え続けてくれていたことの本当の意味が、ようやくわかりました。私は今までの人生の遅刻と、遅刻で迷惑をかけてきたたくさんの人たちに「ごめんなさい」と素直に思えました。私はずっと自分のことしか見えていなくて、人のことをちっとも考えていませんでした。誰かの大事な時間を簡単に消費していた最低な人間だったなぁ……と猛反省しました。自分が遅刻によって失ってきた「楽しかったはずの時間」が、実はたくさんあったんだと気づけました。

■1年間続けた無遅刻トレーニング

その日から、私は夫にあるお願いをしました。

とりあえず1年間。遅刻病を完治させたいので、私の仕事とプライベートのすべての予定をお知らせするので、時間の使い方をプロデュースしてほしいと。

兎村無遅刻トレーニングが始まります。打ち合わせの前日にはすべての資料を用意し、寝る前に机に並べて置く。着ていく服で悩まないように前日に用意する。目的地に着く電車は必ず1本以上余裕を持って選ぶ(目安として最寄り駅に30分前に着くようにする)。お化粧や着替えの準備の時間を40分と設定し、逆算で用意を始める。

子どもが幼稚園に通うのにする練習を、35歳のいい大人が訓練し直しているので、なかなか恥ずかしくもありますが、とにかく、この時間プロデュースを徹底してもらいました。

用意を始めるのが遅れそうになると、夫が声をかけてくれます。夫の時間プロディースを信頼して、面倒がらず、素直に行動する。これをひたすら繰り返し、身体に時間の感覚を覚え込ませました。

■遅刻癖から卒業して3年経った

打ち合わせの前、時間に余裕があるので、コーヒーショップで軽くお茶をして気持ちを落ち着かせ、打ち合わせする内容を復唱し、余計なことを言わないように言葉を頭の中で整理します。その成果か、前より打ち合わせやプレゼンがずいぶんスムーズにできるようになりました。

友だちとの飲み会も遊びも無遅刻にするために、少し早めに着いて待つようにしました。待っている時間は不思議と友だちのことを考えることができて、楽しかったです。

1年間、とにかく物理的な遅刻(電車が遅れる、会議の時間が延びるなど)以外は無遅刻を目指しました。

1年後、夫のサポートがなくても自分ひとりで用意したり出かけたりできるようになっていました。気づけば本当に1年間無遅刻が達成できました。

現在、遅刻癖が直って3年経ちます。自分の中では完治したかなと思っています。

■心の一番底の底の底が変われば、行動も変わる

行動の癖(私の場合は遅刻)というものは、心の一番深い部分の考え方がベースになっているのかもしれません。表面上だけ治そうとしても治るモノではなく、一番心の底の底の底が変わっていくから、全体に少しずつ変化してきて、最終的に行動も変わってくる。

逆に無理してでも行動を矯正して変えていくと、心の底の底の深いところがだんだん変化して隠れていた闇に光があたって本当の姿が見えてくる。人とはとても不思議で面白い生き物だなぁと思いました。

よく人は「変わりたい」と言います。今ある行動や性格や心は、何十年もかけて自分で作り上げた偉大なる癖の塊のようなものなのかもしれません。年齢を重ねると頭が固くなってくるのは、この「癖」が凝り固まってほどけなくなった状態なのかなと思います。

変わるというのは心の一番底の底の底にある、言葉では表現できないような抽象的なその人の本質的な部分が変化することなのだと思います。その人の性格や行動は、この底の底がぐるりと巡って最終的に行動として表れているのかなと。

私の遅刻癖は、心の底の底の底に隠れていた、人を大事にしない杓子定規に誤魔化しているご都合主義の自分勝手な部分が表面に浮き出てきて、遅刻という行動の形になっていたのかなと、今となっては思います。

■人生に余白が現れた

心の底の底の底にたまっている本質はなかなか見つけること・感じることは難しいので、思い切って、行動の方を大きく変えてしまうのは時として有効な「変わる」手段なのかもしれません。

遅刻癖を無理にでも矯正したことで、やはり自分以外の、自分の半径5メートルくらいも変化していきました。仕事先で前より信頼されるようになりました。友だちとの飲み会も気持ち良く参加できるようになりました。謝ることが減ったので落ち込むことも減りました。焦ることがなくなって人生のマージン(ゆとり・余白)がうっすら見えるようになりました。ゆとりが出てきて人に優しくなれました。きっと私の本質にあった自分勝手な部分が、少しずつ誰かを思いやるように変わったのだと信じています。

行動から、自分の見えなかった面を発見し、気づき変化させていくという普段と逆側からのアプローチによる変化だったと思います。この「行動の矯正」は、なかなか1人ではできなかったので、素直に「助けて下さい」と自分以外の他人(夫)に言えたことがきっかけでした。自分以外の人の言葉を信じて、素直に動いてみることで得られた新しい答えです。

■遅刻しない人生は幸せ

今回は自分の長年の遅刻癖とちゃんと向き合い「行動の矯正」という手段を遂行するために、支えてくれる人に「素直になる」ことがとても大切なことなのだと知りました。

どうしても自分の甘さや可愛さに隠されてしまっている弱さやずるさと正面向いて握手するのは気持ち良いことではないですが、握手ができれば世界は少しずつ楽しい方へ変わっていきます。自分が変わることで世界も変わっていく。見え方なのか感じ方なのか、その両方なのか。それは時と場合によりますが。

時間をプロデュースしてもらって、遅刻癖が直りました。遅刻しなくなった人生では、楽しいことを見つけやすくなります。良い人生になりました。

兎村彩野さんの記事一覧

兎村彩野

Illustrator / Art Director

1980年東京生まれ、北海道育ち。高校在学中にプロのイラストレーターとして活動を開始する。17歳でフリーランスになる。シンプルな暮らしの絵が得意。愛用の画材はドイツの万年筆「LAMY safari」。

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