52ヘルツのクジラたち/中央公論新社/町田そのこ
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小説にはビジュアルや音楽などでイメージを限定されない良さがありますが、映像化されることで原作とはまたひと味違う魅力が加わることも。連載「TheBookNook」Vol.18では、八木さんがまさに今、注目している作品をご紹介します。小説と映像作品、両者との接し方を八木さんに教えていただきました。
文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹
みなさんは、小説の映像化が発表されたとき、何を想いますか……? 本が苦手な人は映像でみたほうが楽しいと感じるかもしれませんし、原作のファンであれば映像化に期待するものも必然と大きくなります。
でも大事なのは、どちらがより面白いかではなく、原作と映像のどちらで“一番目の”感動や驚きを味わうかということかなと思うのです。もちろん、どちらを先にみたからといって、もう片方が楽しめなくなるというわけではありません。
例えば、私自身、「ハリー・ポッター」は圧倒的“原作派”です。これは映画も書籍も全てをみたうえで抱いた私個人の感想です。逆に、「ジュラシック・パーク」のように、原作を知っていても映像のほうが面白いと感じた経験もたくさんあります。
そう、原作は原作の、映像は映像の良さがあり、どちらかだけになるのはもったいないとさえ思うのです。
写真はイメージです。
今回は、そんな数ある映像化作品のなかから、あえて触れやすい、直近“2024年3月”に映像化が決まっている作品を紹介させていただきます。
もしもお気に入りの物語に出逢えたら、どうせ同じ作品だからと決めつけず、騙されたと思って原作と映像のどちらもを味わってみてください。より深い物語の世界が開けるはずです。
相対的に高い周波数で鳴くために、他の個体と対話できない孤独なクジラが存在するという……。同じように、孤独ゆえに助けを求めて仲間に声を上げている人がいる……。
この作品はドラマチックな展開のなかで描かれる主人公ふたりの壮絶な過去と起承転結の転結部分で押し寄せる衝動、そのバランスが絶妙で、一行読むたびに涙がこみあげてきます。読みきるのにとてもエネルギーのいる物語でした。与えられる側で居続けたいこと、与える側にならなければいけないこと、どちらも本当によくわかると頷きながらページを捲ります。
音にならないSOSが届くのは耳を傾けてくれる人がいるからこそ……。でもそれを信じ続けて声を出し続けるのも、その声に気づいて行動にうつすのも、本当はとても勇気のいることなのです。
暗くて救いようのない物語のなかにも透明感があり、読後はその重たさを感じないほどの爽快感が残りました。
“私を思い出してくれてありがとう”
この言葉が今でも私の頭から離れません。
現実世界に身をおいて読むと目を背けたくなるような前半ですが、主人公ふたりのためにもどうか最後まで読んでください。こんなにも苦しくて優しい物語は他にありません。本屋大賞受賞作、納得です。
本作品は比較的新しく、SNSなどでも話題になったため、タイトルに聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。正直、私も行く書店行く書店で一等地に平積みされているのを見て、その熱に押されるように文庫本を購入しました。
物語はオカルト専門のフリーライターをしている筆者が知人から購入を迷っている一軒家の不可解な間取りについて相談を受けることから始まります。インタビューをベースとした対話形式で話は進められていき、ある程度間取りの理解さえできてしまえばかなり読みやすい文体となっています。
ゾッとする……とまではいかないけれど、本当のことがずっと分からない気持ち悪さが心のなかの白い部分に少しずつ“黒”を落としていきます。ミステリー/ホラー作品として読むには個人的には物足りなさを感じましたが、重たすぎず、怖すぎず、かといって軽快すぎず。
間取りの図ひとつから読み取られるものを楽しむ謎解き/仕掛け小説と解釈すると一気に面白く感じました。騙されているのは登場人物なのか、私たち読者なのか、そのどちらもなのか。
この作品こそ映像で、より輝く作品だとも思えます。映画のなかでこの“家”がどのように実体化されるのか楽しみで仕方ありません……。
たった一行で、物語の全てがひっくり返される小説……でおなじみの本作品。なんとデビュー作というから驚きです。
この小説を分かりやすく一言で説明すると、“映像化不可能”。でもそれこそが、この物語の持ち味であり最大の魅力でもあるのです。活字のみで語られる“小説”だからこそ長く愛されてきたベストセラー。絶対に、絶対に映像化は不可能だと思っていたのですが……、なんとドラマ化されるとのこと。正直意味が分からないです。著者の綾辻行人さんもドラマ化を受け、「どうやって映像化するの? できるの?」とコメントされています。
この作品は発行された当時ですらシチュエーションも古臭いなどと言われていましたが、数多のミステリー小説を経た今でも“やっぱりこういうのが好きなんだよなあ”と何度も繰り返し此処に騙されにきたくなるのです。
いわば呪い、いや、ミステリーの教科書のような一冊。もし未読の方は、ぜひドラマを観る前に原作を読んで映像化の“不可能さ”をその目でたしかめてみてください。
いかがだったでしょうか? 映像化される際には描かれづらい場面や心情描写を自由に楽しめるのは原作小説ならではの魅力です。映像は映像、原作は原作、別々の作品として受け入れることができれば楽しみ方の幅も一気に広がります。
原作も映像も面白がったもの勝ちです。なんたって映像化される作品たちにはそれゆえの素敵な理由が隠されているのですから……。
この連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。
一冊の本から始まる「新しい物語」。
「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。
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