りほちゃんの肌に触ってしまったことを謝りたい
連載『ごめんなさいの行方』では、心の底から謝りたいけれど、もう会うことができない相手との話をインタビューしていきます。今回は、女子高時代に嫌がる同級生の肌に触れたことを謝りたいひなこさんのお話を綴っていきます。
りほちゃんっていう同級生の話をしてもいいですか? 特別親しかった子ではないんですけど、私の高校、けっこう学年全体で仲がいい校風だったので、何人かの輪のなかでたまにりほちゃんとも話すみたいな感じで。東京の、中高一貫の女子校だったんですけど。
私りほちゃんのこと、学年でいちばんかわいい子だと思ってました。色白で目がぱっちり大きくって、アイドルみたいっていうか。顔がちょっと赤くなりやすい体質の子っているじゃないですか。りほちゃんがそうで、いつもほんのりほっぺが赤くて、それもかわいいなあって思って見てましたね。
性格的にはそんなに目立つタイプの子ではなくて、どっちかって言うと大人しくてやさしい子で。女子校特有なのかもしれないですけど、みんなたぶん「あの子かわいいな」って思って見てはいたんだけど、それで悪目立ちするみたいなことはなかったと思います。
■「りほちゃんのほっぺってすべすべしてそうだよね」
私は演劇部で、背もけっこう高いので男役とかよくやってて。目立ちたがり屋なんですよね、とりあえずでかい声出して目立つみたいなタイプで(笑)。りほちゃんは文芸部でした。中学では何度か同じクラスになったことあるんですけど、高1のときには別々のクラスで。だから接点もあんまりなかったんです。
その日……授業の中休みだったのかな。私がりほちゃんのクラスまで行って、何人かで座って喋ってて。りほちゃんの顔を見てたら急に、かわいいな、ちょっと触ってみたいって思ったんです。
女子校ってけっこう、顔を触ったり抱きついたりみたいな無遠慮なスキンシップをすぐにする子多いじゃないですか。そういうのにも慣れっこだったし、自分自身が触られるのに抵抗のないタイプだったので、「りほちゃんのほっぺってすべすべしてそうだよね」って言ったら「いや、そんなことないから」って彼女に言われて。いま思えば触られたくなさそうな空気を出してたと思うんですけど、私それを謙遜だと思っちゃって、ほっぺに手伸ばしちゃったんですよね。
そしたら、本当に予想外の手触りで、ザラッとしてて。柔らかそうな見た目とのギャップに勝手なんだけど驚いてしまって、思わず「ほんとだ」って言っちゃったんです。りほちゃんにすぐに「でしょ」って言われて、その場の空気が一瞬でピキッとしたのには気づいたんですけど、どうしていいかわからなくて。その場でとっさに謝れなくて、ちゃんとは覚えてないんですけどたしか話題が流れていって、なかったことみたいになったんですよね。
■彼女が病的に痩せていたこと
いま思い返してみると、りほちゃんってすっごく細い子だったんですけど、あきらかに病的な痩せ方をしてました。クラスが違ったから知らなかったけど、授業で長時間座っているのもしんどそうなときがあったみたいで。私は気付いてなかったけど、なんらかの健康のトラブルを抱えてるっていうのはみんななんとなくわかってたみたいです。
「ああ、だから体調が悪くて肌荒れしてたんだな、それは触られたくなかっただろうな」って。その出来事のあと、自分のなかでそういう話がぜんぶ繋がった感じがして、私なんて無神経なことをしたんだろうって思いました。
その場で謝れなかったの、どうしてだったんだろう。なんかたぶん、本人が「すべすべしてないよ」って言ってるのに自分が嘘をついて取り繕うのもおかしい、みたいな思春期っぽい潔癖さもあったのかもしれないですね。そのあと、りほちゃんとは特に気まずくなったわけではなくて、ふつうの同級生みたいな距離感に戻れて。でもそれもあって、時間が経つにつれてどんどん謝りにくくなっていっちゃいました。
高校を卒業したあとに、成人式の集まりで一度だけりほちゃんに会えたんですけど、私そのとき司会をしてたこともあってぜんぜん喋れなくて。もともと一対一で遊ぶような仲ではないから、謝るためにわざわざ誘うっていうのもおかしい気がしてずっと謝ることができなかったんです。私は大学を出たあと結婚して大阪に引っ越しちゃったので、東京に来る機会も減ってしまって。
あ、でも、フェイスブックでだけは繋がってます。あんまり更新するタイプではないけど、いまはもう結婚してお子さんもいるみたいで、元気そうにしてるのを見ると安心したりして。勝手ですよね。
■共学で受けたカルチャーショック
私、高校のときたぶん、コンプレックスとかってなかったんですよね。演劇部の男役をやってたって言いましたけど、当時ってけっこう男役カッコいいみたいな空気があって、演劇部のなかにも「私は〇〇さん派」みたいなファン文化があったんです。だから、後輩がひとりでも自分のファンになってくれたらそれが超自信になるっていうか、もうそれだけでOKみたいな感じがあって。人のコンプレックスとか、その人が触れられたくないことに気づかない鈍感さも逆にカッコいい、みたいに思ってて、たぶん。
だから、女の子の肌とか髪に関することがすごく繊細で重要なトピックだっていうのがわかってなかったんだと思うんです。高校を出て大学で初めて共学という環境に身を置いたときに、異性の目が入ってきて、ビジュアルのことを人に言及されるのがいやだって気持ちが初めてわかって。
予備校とか大学に入っていちばんカルチャーショックだったのが、男子ってめちゃめちゃ女子をビジュアルでランク分けするじゃんっていう。女子校時代って、たしかにかわいい子は「かわいい」がひとつのステータスではあるんだけど、それは何も特別なことではなくて、同じように「頭がいい」とか「面白い」もステータスになったから、必ずしもかわいくある必要ってなかったんですよ。でも、なんか共学になるとビジュアルのいい子がそれだけでめっちゃランクの上にくるじゃん、って感じちゃって。
たとえば合コンとか行っても、かわいい子はいろいろ質問されるのに自分はなにも聞かれなかったりして、すごいナチュラルに差別されてるんだけど、ヒエッ⁉ みたいな(笑)。
で、それを味わったときに、ああやっぱりりほちゃん、あのとき絶対いやだったろうなって。やっぱりすぐに謝ればよかったし、本当に申し訳ないことをしたってじわじわと思うようになって。
いまあの瞬間に戻れたら、「ほんとだ」は絶対言わないですよ。……うん、たぶん、「そんなことないよ、すべすべしてたよ」って言えると思います。でもそれより、触りたいって思っても、触らないようにしたいかな。
Photo/ぽんず(@yuriponzuu)
『ごめんなさいの行方』のバックナンバー
#1「なんであんな嘘ついちゃったんだろう」
#2「人の気持ちって、思ってたよりも重かった」
#3「最初から好きじゃなかった男の子」
1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。