人の気持ちって、思ってたよりも重かった
謝りたい人はいますか? ひどく傷つけてしまった人や、どうしてあんな態度をとってしまったんだろうと悔やまれる人。『ごめんなさいの行方』は、そんな謝る機会を失った人たちの話をエッセイスト・生湯葉シホが聞いていく連載です。心の底から謝りたいけれどもう会えない相手との話を、なるべくそのまま書いていきます。
ええと、お店で働いてたときの話ですよね。まあはっきり言うとピンサロなんですけど。20歳くらいから1年間働いてたピンサロに、私が辞めるまでだいたい週1くらいのペースで来てくれてた人がいたんです。
■エッチなことはしなかった
お店のシステムは、お客さんが女の子を写真指名・本指名・ランダムっていう3つのなかから選べる感じでした。本指名はリピーターの人がするやつなので、初めて来るお客さんだと、写真指名かランダムのどっちか。時間も30分か45分から選べて、その時間内でお話したりイチャイチャしたりして、最後に出してもらっておしまいって流れです。
で、その人は……とっしーっていうんですけど。35歳くらいだったんじゃないかな、どっちかって言うとおとなしめの雰囲気の人でした。とっしー、初回で私を写真指名してくれたんです。でもすごく緊張してたみたいで勃たなくて、結局最後までいけなかったんですね。
お客さんって出しにきてるわけだから、いけなかった人ってリピートしてくれないことが多いんですけど、なぜかとっしーは別の日にまた指名してくれて。長いほうの45分コースを選んで、その日はもう最初から「この前楽しかったから、エッチなことしなくていいから」って言われて。
そこからだんだんたくさん来てくれるようになったんですけど、それ以降はもう一度もエッチなことしてないんですよ。
お店の人からはちゃんとしてねって言われるんで、お客さんがいいって言っても一応こっちから持ちかけたりはするんですけど、チューとかしたあたりで「お喋りしたいかも」って言われちゃって。途中からはもうお店の人も「あー、とっしーね」みたいな感じで、なにも言ってこなくなりましたね。
■介護士を辞めた理由
そもそもピンサロを選んだのは、えーっと……。新卒で始めた仕事を半年くらいで辞めちゃって、とりあえずつなぎでなにかバイトしようと思って、稼げそうだからってガールズバーの面接行ったんです。そしたら「ピンサロのほうが稼げるよ」って言われて、半信半疑で体験入店してみたら、ボーイさんとかみんなすごく優しくて。
私、高校が福祉科でひとクラスしかなくて、男子が5人しかいない環境にいたから、同世代の女の子よりも男の人と接する機会少なかったんですよね。で、チヤホヤされるし1日で1万とか持って帰れるし、味をしめたっていうか。
福祉科? あっ、そうそう、福祉科でした。新卒で介護士やってたんです。辞めちゃったのは、そうだな……ありがちだけど、理想と現実のギャップがつらかったんですかね。
私が働いてた施設が、新しくできたばっかりの老人ホームで。ゼロからのスタートだったから職員も手探り状態っていうか。たとえば入居者の方の食事のペースとかって、本当はその人ごとにちゃんと合わせたいじゃないですか。でも、限られた時間に限られた職員で終わらせないといけないから、「早く食べて」って急かすみたいになっちゃってて。
入居者の人たちって、何十年もふつうに、それこそ健常者の私たちみたいに生きてきたのに、いつの間にかひとりでトイレ行けなくなっちゃったりするわけじゃないですか。そうなったらどうしても生活の質って落ちると思うんですけど、それをちょっとでもいいからストレスなく暮らしてほしいなって思って介護士やってたんです。
でもその施設ではそういうことが全然できなくて。どうしても耐えられなくなっちゃって、半年で休職させてもらいました。親に相談したら「好きにすればいいよ」って言ってくれたから、じゃあ辞めて新しい仕事探そうかなって。
私のユニットは入居者のお年寄りが10人いたんですけど、その人たちのことは本当に好きだったんですよ。好きだったから続けたかったし、元気にしてるかなっていまでも考えたりするんですけど、うーん……。私も若かったなとか思いますよね。でも、あのときはどうしても続けられなかったなあ。
■周りがエッチなことしてるのに、私たちだけ静かにタロットカードを並べてた
そうだ、とっしーの話でしたね。ぜんぶで何回くらい会ったんだろう。だいたい週1来てくれてて半年だから、20回くらいかな……いや、でももっと会ってるような気がする。
エッチなことしなくなってから、毎回45分間ずっとおしゃべりしてました。お店、いちばん忙しいときは12時間とか連続でシフト入ってたんですけど、とっしーが来るときだけは唯一休憩できるみたいになってて。ほんと、ふつうに仲良くなっちゃったんですよね。友達って感じで。
なに話してたんだろう、でもふつうの雑談ですかね。好きな音楽の話とか、「最近面白いドラマある?」とか、「ちょっと前に猫飼ったよ」とか。あと、ワーホリでホームステイした家族がみんなすごいいい人で、いつかその人たちに恩返ししたいからまた海外行きたいんだよね、って言ってたのはすごく覚えてます。お仕事は植木職人? らしくて、近いうちに昇給の試験があるみたいな話もしてくれました。
けっこう気持ちに波があるタイプの人で、「ちょっとしんどい気分が続いたから会いに来ちゃった」みたいなことも多くて、でもそれはうれしかった。私もとっしーに、仕事の相談とかよくしてたんです。
たぶん私負けず嫌いなんですよね。お客さんのことは楽しませたいし、お店のボーイさんにも信頼されたいって思ってました。ナンバーワンになりたかったから、「最近、指名増えてきていい感じだよ」とか話したりして。ほんとはお客さんに絶対しちゃいけない話だと思うんですけど、嫌なお客さんのこととか話すとめっちゃ怒ってくれたりして。そういうこと話せるっていう時点でやっぱり、ちょっと特別な存在でしたね。
あ、とっしー、なんかタロット占いできたんですよ。だから毎回、月のはじめはその月の運勢占ってくれたりして。お店のなかって完全な個室じゃなくて、ネカフェみたいに通路に沿って部屋がたくさん並んでる形なんです。だから周りの声とか丸聞こえなんですけど、周りがエッチなことしてるのに私たちだけその部屋で静かにタロットカード並べてたの、いま思うとシュールでしたよね。
■私にとっては恋愛感情ではなかった
とっしーが来てくれるようになったのと同じくらいの時期だったかな。色管理って知ってます? お店のボーイさんのひとりが、お店の女の子に恋愛感情っぽい空気を出して、それで辞めさせないようにつなぎとめるっていう手法なんですけど。ラストまで働いた帰りに送ってくれるボーイさんが、手とかつないできたりするようになったんですよ。完全に色管理されてて。
私それにまんまと引っかかっちゃったっていうか、ふつうにその人のこと好きになっちゃって。だめだよとか言われてもいや好きだししょうがないじゃん、ってアプローチしまくって、とにかくゴリ押しして、付き合うことになったんです。
それからも一応、お店では彼氏いないってことにしてました。でもある日、とっしーが「これオススメの曲だから」ってCD渡してきて、開けてみたらそのなかにLINEのIDが入ってて。
とっしーが好いてくれてるのはまあ、正直気づいてました。好きって直接言ってくるわけじゃないけど、1日に2回とか指名してくれることもあったし、「いつかきみがお店辞めたら、友達からでいいから外で会えないかな?」って聞かれたこともあったし。
その人の……とっしーのことをすごくよく思ってたのは事実なんですけど、私にとってはやっぱり恋愛感情ではまったくなかったんですよね。人として好きで、気が合って。でもやっぱりそれは言えないから、「好きな人できた?」とか聞かれても「出会いもないし全然だよー」ってずっと言ってたんです。
でも彼氏とは一緒にお店辞めて結婚したいねって言ってました。もともと、お互いに長く続ける仕事じゃないって思ってたし、彼氏がそのとき5つ上の25歳だったんですけど、人生立て直すならここしかないよねって話してて。
付き合ってるのがお店にバレたタイミングで「辞めさせてほしい」って店長に相談したんですけど、「ひと月で100万払えたら辞めていい」とか言われちゃって。でも結婚したかったし、悔しかったんで本当に100万払ったら、じゃあ辞めていいよってことになりました。
■1カ月無視したLINEのあとに
最後の出勤の日、私ナンバーワンになれてて、予約がぜんぶ埋まっちゃってたんですよ。だからとっしーお店に来れなくて。その日の夜、「いままでお疲れさま。渡したいものがあるから今度会いたい」ってLINEくれたんです。
でも私、そのLINE無視しちゃって……。いや、ふつうに会ってもよかったのかもしれないんですけど、お店辞めてからわざわざお客さんに会うって、恋愛感情なかったらそんなことしないじゃないですか。それって彼氏にも申し訳ないし、とっしーにも期待させちゃうなって思って。
だって、「友達からでいいから」って言ってくれたけど、そこからの発展を望んでるからそう言ったわけでしょ。だから、結局LINEには返信できなかった。
とっしーに対して、ずっと嘘をついてたし騙してたって思うんです。あんなに仲良くしてくれてたのに、私はずっと彼のこと裏切ってたっていう気持ちがすごくて。だから本当に勝手なんだけど、ずっとごめんなさいしたいんですよね。
LINEを1カ月くらい無視してたら、向こうから「幸せになってね」って連絡がきて。それから結局会ってないです。たまに「元気にしてる?」みたいなLINE送るんですけど、既読つかないからたぶんブロックされてる。
■友達になりたかったなぁ
とっしーに謝りたい理由って、自分でもよくわかんないです。ふつうの他のお客さんだったらまあそういうもんでしょって割り切れるんだけど。ずっといろんな話聞いてくれてたし、私もいろんな話をしてたし、占いとか、ホームステイのこととか……ぜんぶ話してくれたからそう思うのかな。
とっしーが私のこと好いてくれて、思ってたより人の気持ちって重いんだなって思いました。人に好かれたら幸せで、可愛いって言われたらうれしいって思ってたけど、本当に誰かが自分のことを好きになってくれたらしんどいこともあるなって。どうやっても気持ちに応えられないのって、すごいしんどいですね。
もう5年前のことなので、向こうも幸せになってくれてるといいなって思うんですけど、友達になりたかったなあ。私がぜんぶほんとのことを話して、絶対無理だと思うけど、もし、万が一、向こうが許してくれるならいまからでも友達になりたい。私いま子どもいるんですけど、もし向こうにもいたら、家族ぐるみで仲良くなれたらいいのにな、ってたまに思います。
Photo/ぽんず(@yuriponzuu)
1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。